23:公爵領都レイア
馬車に乗ること3週間、俺たちスティング家はレイアに到着していた。道中大きな問題もなく、両親の視察姿なんかを見たが貴族らしい態度というのはああいう感じなのか。偉そうな態度、というのではなく、ただ自然に振舞うだけでその所作、品性から偉い人であると理解させるカリスマ性。厳格な父と優しい母という側面しか普段見ていない俺としてはすごく新鮮な光景だった。
せっかくの機会ということで父さんと風呂に入っていたら、俺しか入っていないと思ったサラが突撃してきたせいで父さんが母さんに〆られていたのは行程に影響も及ぼしていないし小さな問題と言っていいだろう。サラはガーランドに〆られてたし。
そして俺の訓練の成果を両親に見せる機会にも恵まれた。とある村で近くにマウントボアが出たので討伐してほしいとのことだった。マウントボアは山に住む森豚が長生きし、その間に体内に蓄積した魔力で魔物化した存在。本来森豚は臆病な性格をしているが魔物化した影響で凶暴性が増し、しっかり討伐しておかないと危険とのこと。
ただその肉はとても美味しく、その発生条件から現れるのも稀、貴族でも滅多に食べられない高級食材とのことだ。この討伐に一番ノリ気だったのはまさかの母さんだった、大好物だが金よりも流通量の問題でそうそう食べられない。楽しみの優先度がマウントボアの肉>俺の訓練成果になっていた辺りかなり好きなのだろう。
最近は魔物狩りも慣れたもので、戦闘方針に変化が出ている。最初の頃は倒すことだけを考えていたが今では倒し方を考えている。魔物毎に値段のつく素材が違い、なるべく多く稼ぐには倒し方というのは馬鹿にできない。
毛皮を残すためハンマーで討伐したマウントボアの肉はめちゃくちゃ美味かった。前世で食べたブランド豚がスーパーの安物肉に思えてしまうほどの美味さ、母さんがあそこまでノリ気になったのもわかるというものだ。
「ではアルク、私たちは公爵家に到着の挨拶をしてマウントボアの肉を渡してくる。アルクは自由にしていていいぞ」
「わかりました、ではリースと少し街中を見て回ろうと思います」
「そうか、日が落ちる前には宿に戻っておくように」
その美味すぎる肉は公爵家への土産としてもかなり喜ばれる。偶然の入手だったがサラも同行してるため氷結魔法で肉の状態も問題ない。お手柄ということでスティング家がマウントボアの肉を冒険者アルクから買い取ったという形式にしてくれた。まあ要するに今回の観光のお小遣いだ、旅行のお小遣いを渡すにも建前が必要になるのが税金を預かる人間の大変な所だろう。
「じゃあリース着いてきてもらっていい?」
「承知しました、アルク様」
リースと共にレイアの街を散策する。澄んだ川が陽光を反射し街中を輝かせる、流れる水の音は気持ちを穏やかにし、海から流れてくる潮の香りと立ち並ぶ出店が漂わせる料理の香りがこれからできる体験への期待感を否が応にも高めてくれる。
「すごく綺麗な街だね…。こんなに人がいるのに川も澄んでて街中の活気もすごい」
「本当にそうですね…。貴族にも人気の観光地というのも納得です…」
「さて、リース、ここまで街中を歩いてみてやりたいことができたよ」
「?、アルク様は何をおやりになりたいのですか?」
「これからすることはとても貴族として相応しくない、だから父様、母様と一緒に回る時にはとてもじゃないけど出来ることじゃない」
「はぁ…」
「だからリース、少し恰好を着替えて、俺たちは今から姉弟だ。今日のことは父様、母様、シルバには内緒だよ?お姉ちゃん?」
「!、承知しました!」
「姉は弟にそんな言葉使いはしないでしょ、名前もそうだな…、俺はルークでお姉ちゃんはスールってことで」
「えっと…その…わかったわ、ルーク」
「そうそうそんな感じ、じゃあとりあえず着替えないとね、スールお姉ちゃん?」
口調を改めることを躊躇ったリースだが、笑顔で見つめたら根負けして素の口調にしてくれた。近くの衣服店に入り、服を見繕う、いい商家の姉弟という設定でコーディネートしていく。普段の所作など隠しきれるものではないし、違和感のない具合に納めるためだ。
リースに選んだのは白のワンピースと花飾りのついた麦わら帽子、夏に見惚れる深層のご令嬢スタイルだ。脱いだ服は宿宛の手紙と共に宿に送ってもらう。
「じゃあ行こうか、スールお姉ちゃん」
「あんまりはしゃぎすぎないのよ?ルーク」
これで俺たちのお忍びスタイルは完璧、気兼ねなく買い食いなどの観光ができるというものだ。せっかくの観光地、貴族らしく畏まった状態でなく、ただのアルク、いや今はルークとして楽しみたいじゃないか。
ゴンドラに乗り込み、船頭に屋台が多い通りまで送ってもらう、気の良いおじちゃんであれが美味しい、これが美味しい、ここがオススメだと色々と教えてくれた。貴族の恰好ではここまで気さくに色々と教えてもらうことはできなかっただろう。
「じゃあお姉ちゃん!食べ歩きをしよう!」
「でも行儀わるくないかしら?」
「食べ歩きはね、その行儀の悪さも味わうものだよ」
「?」
シルバから厳しく育てられたリースにとって、歩きながら食べるなんて考えられない行儀の悪さだ。だがこういった場所に来て食べ歩きをしないなんて考えられない。
これは俺の持論だが、人の味覚には基本的に言われている甘味や酸味などに加えて、感情も味覚に含まれると思っている。
お祭りの味を思い浮かべて貰えればわかるだろうか、高級食材を使ってるわけでも、調理工程に手間暇かけてるわけでもない。むしろ大量生産のための安い食材、おおざっぱな味、お世辞にもよくない食材管理、そんな中で出来上がったお祭り料理はものすごく美味しい。楽しい、ワクワクする、特別感、それらがもたらす味への影響は、味覚と言っても差し支えないだろう。
リースにはそんな感情がもたらす味を楽しんでもらいたい、なにより行儀のいいリースにとっては食べ歩きの罪悪感なんかも最高のスパイスになる。
俺がやりたいと思ったこと、それはリースにもレイアを楽しんで貰いたいという日頃の恩返しなのだから。




