20.5:その文学少女は夢を見る
「エメラ!ダンス体験会に行くわよ!」
いつも通り、店番をしながら本を読んでいると母さんが突然わけのわからないことを言い出した。
「ダンス体験会?どうして?」
ダンスなんて貴族が社交界で行うもの、確かに私の家はこのスティング領都ステンで本屋を営める程度には裕福だ、それでも社交界に出席する機会があるような大商家というわけではない。
「男女ペアで行くとドレスとタキシードを無料で貸してくれるそうよ、家族でいけば家族みんな。エメラもお姫様みたいなドレスには興味あるでしょう?」
綺麗なドレスに興味がないと言ったら嘘になる。常日頃から色々な本を読んで過ごしている私だ、もちろん物語のお姫様に憧れる気持ちはあるし、私をいろんな世界に連れ出してくれる王子様が現れないかな、なんて思ったこともある。というかお姫様に憧れない女の子なんていないだろう。
「それは興味あるけど…、私なんかが行ってもいいのかな?」
興味はある、だがそれが私に似合うと思えない。友人からは大人しい子だと言われるし、男子たちなんて暗い奴だなと失礼な言い方をしてくる。実際私は明るい人柄をしてはいないだろう、けれどそれは他の子たちよりも落ち着いているだけであって決して暗いわけではないはずだ。…違うよね?
「私なんかって何よ、エメラは私の自慢の娘なんだから、行ってもいいに決まってるでしょ?」
「そっか…」
両親は本当に私のことを愛してくれている。ああ、今ふと思った、私のドレス以上に、両親のドレス、タキシード姿を見てみたい。いつも仲睦まじく、顔立ちもいい両親だ、きっと社交界のような煌びやかな恰好はとても似合うだろう。
「うん、じゃあ行こうかな」
「そう来なくっちゃ!これで2対1だから父さんも逆らえないわね!」
「あはは、そういうことなんだ」
家では仲睦まじい両親だが、父さんは少し恥ずかしがり屋なところがある、きっと今回のダンス体験会も恥ずかしいからと消極的だったのだろう。そこに反対させないためにも母さんは説得段階から私を巻き込んだのだろう。それに私だって父さんのタキシード姿を見てみたいのだ、母さんへの協力を惜しむ理由はない。
そしてダンス体験会当日、会場の人に案内され、私達家族はそれぞれに衣装を見繕ってもらい、母さんと私は軽くメイクを施される。いつもとは全く違う姿になった母さんに見惚れ、これは父さんも惚れ直すに違いないと確信し、その後鏡に映る自分の姿に私は目を疑った。
本当にこれが私なのだろうか、髪は綺麗にセットされ、本の読みすぎで目の下に少しできていた隈はメイクで隠され、好んで着る暗めな服と違って煌びやかに輝く白のドレスは暗いと言われる私の印象をとても明るく、まるで清純なもののように変えてくれている。
私はそんな私自身にどきどきし、こんな素敵な恰好でこれからできる体験にわくわくし、そんな素敵な恰好をした人たちに埋め尽くされた会場は、まるで想い焦がれた夢の世界に紛れ込んだようだ。
しかしそんな期待感も夢のような展望も、ステップの練習を始めてすぐ、私自身に打ち砕かれる。どれだけ集中しても、がんばっても、足がもつれてうまくステップを踏むことができない。両親だけでなく、周りも簡単に行っているのに、先ほどから練習用に流れている曲も私が大好きな騎士と姫の恋の曲なのに、どれだけ綺麗に着飾っても、どれだけ私がお姫様のようになっていても、私自身がそれを裏切る。
ああ、私は所詮暗い人間なのだ、同年代より落ち着いているだけなのだと自分を偽っても、結局本が好きな暗い奴、それが私自身なのだろう。なんて場違いな場所に来てしまったのだろうか。
「さ~て、みんな基本のステップがしっかりしてきたところで、お手本に一組踊ってもらいましょう!そ・れ・と、このお手本は淑女を誘うところも含まれてるからアルクちゃんよろしくね!」
司会のリリィちゃんがこの後に行うことを説明する、見た目は王子様のようだが心は乙女、王都劇団にて、女型の俳優として人気を博した私の憧れのトップスターだ。そんな人の催しを台無しにさせるわけにはいかない、領主様のご子息であるアルク様に間違っても選ばれるわけにはいかない、そう思った私は目を合わせないように下をみる。
だがそんな時に限って、運命というものは意地悪をするのだ、選んでほしくないのに、こういう時でなく声をかけられたなら夢のような出来事に感じられたのに、アルク様は私を選んだ。
しかしアルク様は言ったのだ、踊れる相手と踊るよりも私が笑顔になってくれた方が嬉しいと、なんて優しい人なんだろう。もしかしたらこの王子様は私が踊れるようになるような魔法を知っているのかもしれない。それにこんな優しい王子様に誘って貰えた幸運を、他の人に譲りたくない、ついさっき選ばれるわけにいかないと思った私の心は、そんな卑しいワガママで上書きされてしまった。
結論として、王子様は魔法を使えた。私は足を動かしただけ、それもどう動かすかを意識することはなく、王子様と大好きな騎士と姫の物語について話しながら、体を委ねていただけだ。王子様はうまく踊れなくて引きこもっていた私を、物語の王子様のように煌びやかな社交界に連れ出してくれたのだ。
最後のほうだけ、王子様はステップを教えてくれた、そしてそのステップは、私が昔から慣れ親しみ、頭の中に浮かんでいた物語の情景と繋がっていく。ああ、そうなんだ、このシーンだからこういう動きをしているんだ。ダンスのステップを知るのは今日が初めてだが、その動きならば幾度も幾度も頭の中に思い浮かべた。騎士に守られ、決して騎士の邪魔にならないように、決して愛する人から離れないようにとする健気な姫のステップだ。
そうしてダンスが終わり、ついさっきまで存在を忘れていた参加者たちが拍手でもって私を迎えてくれる。ああ、私はこの会場にいていいんだ、そう思えた。そしてそんな魔法をこの王子様はかけてくれたのだ。
今一度、今度は最初のステップから王子様に教わり一通りを踊ってみる、最初から最後まで、しっかりとステップを踏んで踊ることができた。もうこれ以上は誰とも踊りたくない、王子様に握ってもらった手を、抱き寄せてもらった腰を、他の男性に触らせたくない。
そう思った私は両親のもとに戻った後は両親や他の参加者を見て楽しむ、時折男性がダンスに誘ってくれたが、お手本として踊ったことで疲れてしまったと言ってお断りをする。少し失礼かもしれないが、相手もお手本の時を見ているので納得して下がってくれる。
楽しそうに踊る両親はとても綺麗だった。参加を決めた時に見たいと思った光景は、今の私には今日の経験のおまけ程度のものになっていた。
そうして夢の時間を楽しんだ後、楽しかったダンス体験会は終わりを告げる、最後に私は、夢の終わりを惜しむように、夢の時間に別れを告げるように、王子様にお礼を伝えにいく。
「エメラ?どうしたの?」
ダンスの時と違う王子様の口調が気になった。この人は王子様ではなかったのだろうか。どうやらダンス中は王子様を演じていたそうだ、そうか、だから私なんかにも優しくしてくれたのか。
「ああでも、口調は演じてたけど話した内容は本心だよ。口調と内容、どっちも演技できるほど貴族しぐさは慣れてないからねえ」
あの時、私を誘う時に行った言葉は本心だと言う、つまり私に笑ってほしいというのも、私の瞳をエメラルドのようだと言ってくれたことも、それに似合う美しい名前だと言ってくれたことも、全部全部本心であると。
ああ、私の目は夢に眩んで真っすぐアルク様を見れていなかったのだろう、この人が王子様じゃなかったわけではないのだ、アルク様が王子様なのだ。
そんなアルク様に夢を見させていただいてからしばらく、私は今日も本を読みながら店番をする。友人や男の子達からは少し明るくなったねと言われた。私はあまり変わらないと思うのだが少し笑うことは増えたかもしれない。…隈が気になって夜更かしをしなくなったのは内緒だ。
「エメラー、この前の本読み終わったんだけど、似たような話でオススメあるー?」
そう言ってアルク様が店に入ってきた。あれ以降、アルク様はたまにうちに来ては本を買っていく、そして私のオススメを聞いてくるので私もオススメできるようもっと多くの本を読んでおかなければならない。
「それでしたらこの本がオススメですよ、アルク様、読み終わられた本はどうでしたか?」
そう言って、私達は本の感想を語り合う。アルク様へのオススメを決める基準にするのはもちろんだが、アルク様と少しでも長く話していたいという気持ちが大きいのは否定できない。
私のこの気持ちは一時の夢だということは分かっている。アルク様は貴族で私は平民、本が好きな貴族と本が好きな本屋の娘、ただ本を通じて、ダンスという物語を通じてたまたま繋がった読書仲間に過ぎない。それでも、もう少しだけ、あと少しだけ、夢の続きの物語を見たいと思うぐらいのワガママは、許されてもいい…よね…?




