20:夢の時間
少し離れたところに目を涙で潤ませた女性とその人の肩を抱く男性の姿が見える。おそらくあれがエメラの両親だろう、娘が暗い顔をしていたから楽しめるか心配していたが今のダンスをみて一安心といったところか。
「アルクちゃんやるじゃな~い!しっかりとリード出来てたわよ!」
「ステップを意識させられたのは終盤ぐらいだったし、序中盤は正直誤魔化しみたいなものだけどね」
「ダンスは楽しむのが一番、その子が楽しめたならそれが正解よ~!」
流石リリィちゃん、何が正しいかの軸が芸術の本質に置かれている。なぜ芸術が好まれるのか、楽しいからだ、美しいからだ、技術が正しいからではないのだ。
「リリィちゃんは分かってくれると思ってたよ。エメラ様、終盤はしっかりとステップが踏めていました、今度は最初からステップを意識して踊ってみますか?」
「アルク様から教えていただけるのでしたらお願いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。ある程度のリードもしますのでこれが終われば他の方とも踊れますよ」
「他の方と踊る自信はないのですが…」
「大丈夫ですよ。もし自信が足りなければ両親や他の方のダンスを見てみるのはどうですか?見るだけでも楽しいものですよ」
「わかりました…」
「リリィちゃん、というわけで本当は他の人と踊る予定だったけど次の一回だけはちょっとエメラについてダンスを教えるよ。さっきのは意識させずに俺の方で誘導した部分が大きいし」
「大丈夫よ~。エメラちゃんにもダンスを楽しめるようになってほしいもの!」
そしてもう一曲エメラと踊る。ダンスを踊れた、楽しめたという経験は苦手意識を克服させる。苦手意識なく、前向きな気持ちで臨めば曲への理解度も高かったエメラだ、予想通りちゃんとステップが踏めるようになった。
「うん、これでエメラ様も踊れますね」
「アルク様、ありがとうございます!こんな風にちゃんと踊れるようになるなんて思いませんでした!」
「エメラ様が頑張ったからですよ。他の方と踊るときは相手の動きに合わせるように動くといいでしょう、初心者の方々ですから自分の動きに集中してしまうでしょうし」
「わかりました、ただ私は十分に楽しめたので両親のダンスを見て楽しませてもらおうと思います」
「それもいいでしょう。お手本のパートナー役を務めていただきありがとうございました」
「アルク様のおかげで私も楽しく踊ることができました、本当にありがとうございました!」
一礼したエメラが両親の元へ去っていく、そちらを見るとエメラの両親が俺に会釈をするのが見えた。俺も会釈を返し、リリィちゃんの元へ戻る。
「あら、アルクちゃんおかえりなさい」
「ただいま、少し休憩したら別の人と踊るよ。いろんな人と踊るのが俺の今日の授業なんでしょ?」
「そうよ~?不慣れな人と踊って相手に合わせる、リードする経験を積むのが目的なんだから。それにほら、最初のアルクちゃんのお誘いを見て期待してる子もいるんだから、紳士として淑女の期待には応えないとね?」
言われて周りをみると同い年ぐらいの女の子たちがこちらをチラチラとみては目が合うとすぐに目をそらす。あー、まあ女の子からすれば貴族の俺は確かにそういう憧れではあるのかあ・・・。王子様に誘われるお姫様気分、そういう気持ちを味わいたいというのは世界が違っても変わらないのだろう。
「…、まあ同い年ぐらいの子でいいなら俺が休憩しなければ皆と踊れるか。」
「あら?全員と踊るの?」
「あんな期待した目を向けられて、仲間外れにされた子がいたら可哀そうでしょ」
「ふふっ、アルクちゃん、そういう優しいところ本当に素敵よ?ただ皆に甘い顔をして修羅場にならないようにね?色男?」
「これはそういうのじゃないでしょ、強いて言うならリリィちゃんの趣味に協力したいだけだよ」
「あらやだ私まで攻略対象!?」
「んなわけねーだろこのオカマ!!ふざけたこと言ってんじゃねえぞ!?」
マジ何言ってんだこいつ!?ふざけんなよ!?お前の心意気に感動して協力してあげようと思った俺の気持ちを返せ!!
「はぁ…、もうここにいてもしょうがないし行ってくるよ」
「ちゃんとエメラちゃんにやったみたいに誘ってあげるのよ?それも含めて皆期待してるんだから」
「わかってるよ、恥ずかしいけど慣れるための練習と思ってやってくる」
そう言ってその場をはなれ、同い年ぐらいの子がいるところに向かう。流石に自分で男の子を連れてきてるような子を誘うのは違うだろう、家族連れで来たと思われる子を誘うことにする。というか俺に期待するような目を向けてたのそういう子ばかりだし。
「白百合のように可憐なお嬢さん、私と一曲踊っていただけますか?」
「っ!はいっ!」
一人の子を誘うと周りの子がきゃあきゃあと声を上げる。しかし誘われた子は凄く嬉しそうな顔をしているし、俺に求められているのはやはりこういうことなのだろう。まあ領主の息子として領民に夢の時間を与えるぐらいはしようじゃないか。
誘う、踊る、誘う、踊る、誘う、踊る。期待されている以上、恥ずかしいなんて思ってられない。俺はただ優男スマイルで相手を誘い、優男ムーヴでエスコートし、優男ダンスで相手をリードする機械と化すのだ。
しかし俺が誘うと皆とても喜んでくれる。喜ばせるために物語のような台詞を意識しているとはいえ、こうも喜んでもらえると機械と化した俺にも感じ入るものがある。コレガ・・・ココロ・・・?
「アルクちゃん、本当に皆と踊ったわねぇ」
最後のダンスが終わり、合流した俺にリリィちゃんが話しかけてくる。
「まあ体力はガーランドに最初に鍛えられたし、俺の練習でもあるわけだしね」
「そういうことじゃないんだけど、気疲れとかしなかった?」
「終了時間が迫るほどに私は誘われないのかな?って顔になっていく子たち見たら気疲れとか感じてられないでしょ…」
「ふふっ!それもそうね」
最後に誘った子なんて安心して少し泣いてたもの。いや本当に適当な順番で誘ってただけだから許してほしい、ちゃんと相手のいない子は全員誘ったし。
「アルク様!」
「エメラ?どうしたの?」
参加者の退場を見守っていると着替えを済ませたエメラがこちらに向かってきた。体験会も終わったため、流石に年のあまり変わらないエメラに敬語を使うわけにはいかない。
「本日のお礼を伝えたかったのですが…、アルク様?その口調は?」
「ああ、体験会中はどうしてもお手本として貴族らしさを演じないといけなかったからね。今の俺が素の俺かな」
「そうですか…演じて…」
体験会中は俺はホストでエメラはゲスト、女の子に夢の時間を楽しませるというリリィちゃんの目的もありその時間はエメラたちにお姫さまのように接した。だがその時間も終わった今、俺たちは貴族と平民として接さなければならない。その辺の関係が緩い国ではあるが、貴族が年の変わらない平民に敬語を使うのもあまりよろしくない。
「まあお手本だからね。ああでも」
「?」
「口調は演じてたけど話した内容は本心だよ。口調と内容、どっちも演技できるほど貴族しぐさは慣れてないからねえ」
「えっと…それは誘っていただいた時に仰っていたこともですか?」
「そうだね。あの時エメラだけが暗い顔をしていたから、なんとか笑ってもらいたいなと思って誘ったんだ」
「そ、そうですか…」
エメラが照れてしまった。ああ、確かに貴族感覚だと俺は普通のことを言っただけだが、前世の感覚だと今俺結構恥ずかしいこと言ったな。
「そうだ、エメラ、お礼を伝えにきたって言ってたよね?」
「えっ、あっ、はい!今日はありがとうございました!」
恥ずかしいことを言ったと自覚したならその話題は流すに限る。さっさと方向転換するのだ。
「うん、ありがたく思ってくれたならさ、今度オススメの本教えてよ、休日にでもお邪魔するからさ」
「えっ、アルク様が家に来てくださるのですか!?」
「本は好きなんだけど小さいころから訓練漬けであまり読めてないからね。少ない時間で読む本を選ぶのに、エメラのオススメなら安心かなって」
「は、はい!両親にも伝えておきますのでぜひお越しください!」
「うん、よろしく。じゃあエメラ、またね」
「…!はい!アルク様、また!」
そう言ってエメラは両親の元に去っていく、エメラの本屋は受付の者にでも聞けば場所がわかるだろう。
「アルクちゃん、いいの?エメラちゃん確実にアルクちゃんに惚れてるわよ」
まあ、あそこまであからさまで気付かないほど俺も鈍感じゃない。他の子と踊ってる時もチラチラ見てきてたし。
「んー、まあどうするか悩んだんだけどさ、話してた感じエメラは頭いいし、距離感間違えなければ自分で整理つけるでしょ。俺も読書友達一人ぐらいは欲しいし。必要があればちゃんと話すよ」
「そ、まあアルクちゃんがそれでいいならいいわ。変な期待だけは持たせないようにね?ちゃんと憧れで終わらせるようにするのよ?」
「わかってるよ、女の子をもてあそぶ趣味なんてないし」
今日は沢山の子に夢の時間を過ごさせた、エメラはその夢が他よりも少しだけいい夢だったのだ。本来なら今日が終われば夢はおしまい、皆は夢から覚めて日常に戻っていく。
でもまあいいじゃないか、沢山の夢のうち一つぐらい、その後に続く物語があっても。




