19:騎士と姫
リリィちゃん主催のダンス体験会、開幕の挨拶が参加者のやる気を引き出し、みんなは真剣に曲に合わせて基本のステップを練習している。リリィ教の信者たちなんてそれはもう神に祈りを捧げるが如くだ。
「さ~て、みんな基本のステップがしっかりしてきたところで、お手本に一組踊ってもらいましょう!そ・れ・と、このお手本は淑女を誘うところも含まれてるからアルクちゃんよろしくね!」
「は?」
参加者全員の顔が俺に向く。こんな衆人環視の元、あのこっぱずかしい貴族語で女の子をダンスに誘わないといけないのである。普通に「じゃああなたお願いします」で誘うわけにいかなくなった。
「それはそうよぉ、着飾った女性を誘う男性のお手本なんて乙女にはできないもの。アルクちゃんならお手本として最適でしょう?」
「……」
お前ほど貴族語が似合う見た目のやつこの場にいねえだろ。しかしこうなってしまった以上貴族的に誘う以外の選択肢はない、参加者の皆さんも期待した眼差しでこちらを見ている。
「うーん、誰を誘おうか…」
誘うのに良さそうな同い年ぐらいの女の子はいるだろうか。そう思って会場を見渡していると一人の女の子が目に留まる。
他の参加者が興味を持った目で俺を見る中、その子だけは下を俯いているのだ。リリィちゃんに練習の様子を小声で聞いてみるとステップの練習があまりうまくいってなかった子らしい。それで自信がないから俯いているのだろうとのこと。
…ふむ。まあ指名されたくない気持ちはわかる。だけどなぁ、それで今日一日あの子がリリィちゃんの願い通りに楽しい一日を過ごせるかというと違うよなぁ…。うん、決めた。
「そこで俯くお嬢さん、あなたの憂いを晴らすお手伝いを私にさせてはいただけませんか?」
「えっ…」
俺はその白銀の髪の女の子に声をかける。膝をつき、下から見えたその瞳は綺麗な翡翠色をしていた。
「でも…私は一人でのステップもうまくできなくて…」
「私がお手伝いさせていただきますから大丈夫です。それにステップができる方と踊るより、あなたが笑顔になってくれた方が私は嬉しい」
女の子の顔が真っ赤になってしまった。わかるよ、このセリフこっぱずかしいよね。でもねお嬢さん、これ言う俺も恥ずかしいんだ。顔に出てないのは貴族スキルなだけなんだよ。
「えっと…それじゃあお願いします」
「お任せください、お嬢さんのお名前をお聞きしても?」
「エメラです…」
「エメラルドのような瞳にあった美しいお名前ですね、では共に中央までお願いできますか?」
「はい…」
エメラをエスコートして俺は中央へと進んでいく。俺の意図を察したリリィちゃんは嬉しそうに微笑み、一連のやりとりを見ていた女性陣はきゃあきゃあと小さく黄色い声をあげ、男性陣は尊敬の眼差しで俺を見てくる。君らそういう目でみるのはいいけど、この後君らもやらされるんだからね?リリィちゃんがお手本って言ったのはそういうことだからね?
「ではエメラ様、楽しんで踊りましょう」
「よろしくお願いします。アルク様」
「音楽が流れたらあまりステップは気にせず、転ばないようにだけ足を動かしてください」
「それでいいのですか…?」
「私がリードしますし、ダンスというのは正しく踊るよりも楽しく踊るほうが大切ですから」
エメラの手を握り、腰に手を回す。まあ予想通り緊張してるようで体がだいぶ強張っている。とりあえずこの緊張をほぐしてあげないとかなあ。
「エメラ様、本日の催しをどこでお知りに?」
「えっ、街の掲示版にあったのをお母さんが見つけて、両親に連れられてきました」
「そうだったのですか、仲睦まじいご両親なのですね」
「はい!優しい両親で、理想の夫婦なんです!」
お、家族のことが好きなのか、じゃあこの方向で話をしていけばいいだろう。エメラの意識が会話に向いたことを確認し、リリィに曲を始めてもらえるよう合図を送る。曲に合わせて動きながら、エメラとの会話を楽しんでいく。
「両親は何を営んでいらっしゃるんですか?」
「街で本屋を営んでいて、小さいころから家にある本を沢山読ませてもらいました。今日の曲になっている騎士と姫の物語なんかも大好きなんです!」
「そうなのですね。今流れているこの辺りのシーンなんかは男の私から見ても憧れますね」
「騎士となった少年が姫を助け出すシーンですね。演劇になった時なんかも一番盛り上がるところだと聞いています!」
運よく話の流れが曲に繋がってくれた、話ながらダンスを踊っていく。エメラの体にステップが染みついているわけではない、だがステップがちゃんと踏めているかなんてステップを習ったばかりの参加者にはわからない。ならば今エメラに必要なのは正しく踊れたという自信ではない、楽しく踊れたという体験だろう。
流れていく曲について、このシーンはどう感じた、どんなシーンが好きだったと話をしながらエメラの動きを誘導していく。手を引き、腰を引き寄せ、相手の体を支えれば、ある程度は相手の動きを誘導できるのだ。
「曲のこの辺りは物語では姫を守る騎士が大立ち回りするシーンでしょう?だからダンスでは男性側が大きく動き。女性がそれに付き従うよう、このような動きなるのですよ」
「ああ、それでこう足を動かすのですね」
「そうです、上手ですよ」
「アルク様が誘導してくださるおかげでとても動きやすいです!」
先の足運びを教え、物語と曲の相関を説明しながら動きを誘導してあげる。すっかりエメラは物語、曲、ダンスの関係性に夢中になり周りから見られていることなどもう覚えていない。
「そして、最後、姫が立つシーンで終わるので。私がエメラ様を誘ったときのようなポーズになって終了です!」
そう伝えてエメラをまっすぐ立たせ、俺は体の勢いを流すように、エメラの前に片膝をつき、手をエメラと握り合った状態でエメラに向かい合う。と同時、曲が終わる。
そして曲と入れ替わりに会場を包んだのは万雷の拍手だった。
「えっ!?えっ!?」
「上手く踊れていましたよ、エメラ様」
拍手の音で見られていたことを思い出したのだろう、エメラの顔が真っ赤に染まる。だがその顔は最初に見たときとは全く違う、恥ずかしいながらも嬉しさと楽しさを多分に感じられるいい表情をしていた。




