0.5:とあるメイドのお姉ちゃん
「父様!弟が欲しいです!」
8歳の私はそう父に相談した、父はスティング家で執事長をしている。スティング家はここベルデ王国にて伯爵位を賜っている家で内政を担当している。昔からスティング家の方々は私を可愛がってくれていて、私も将来はメイドとしてこの家のために働くのだろうと子供ながらに、それが当然のことであるように感じていた。
「弟か、それなら少し速いがリースもメイド見習いとして働きはじめるか?」
「?、なぜ弟でメイドなのですか?」
聞けば先日の魔道具による検査でもうすぐ産まれるシルク様の子供が男の子だと判明したそうだ。メイドとして将来働くにしても赤ちゃんのお世話をした経験があるかどうかは結構変わってくる。ならばせっかく新しく赤ちゃんが産まれるタイミング、見習いメイドとして働くには速すぎるが貴重な機会を逃したくもない。専属の従者候補としても年近く、小さいころから共にいた方が信頼関係が築けるだろうとの判断だ。
その日からシルバ父様にメイドとしての基礎を叩きこまれた。赤ちゃんが産まれてくるまでそう時間も残されていない。メイドとしての教育に赤ちゃんのお世話のやり方を学び、ついにその日がやってきた。
「ああ…、シルク、よく頑張ってくれたな」
「カイル…、アルクは元気に産まれてくれましたよ…」
いつもは厳格な姿を見せるカイル様が、赤ちゃんを産んだばかりのシルク様を労わっている。そのシルク様の腕に抱かれた赤ちゃん、アルク様は産声を上げて泣き疲れたのだろう、今では穏やかにすやすやと眠っている。
落ち着いたところでアルク様を預かり、用意されたベビーベッドにアルク様を寝かせる。スティング家跡取りのエリック様が産まれた時には私はまだ4歳、なにかあってはならないのである程度大きくなるまでは会わせてもらうことはできなかった。
つまり首も座らない赤ちゃんに会うのはこれが初めてだ、頬をつついてみるとぷにぷにとしてて柔らかい。当然だし、知識として知ってはいたが手も、足も同じ人間と思えないぐらいに小さい。産まれたばかりの赤ちゃんというのはこんなにも小さいものなのかと、実感として、守られなければ生きていけない、そんな弱弱しさが強く心に刻まれる。
本当にこの子は生きていけるのだろうか、そんな不安さえ覚えながらアルク様のいろんなところを触ってみる。そうして手を触れた時、ぎゅっと、アルク様の手が私の指先を握った。その力は本当にこの弱弱しい赤ちゃんが出せるものなのかと思うほど強く、しかしまるで私に縋っているかのように頼りなかった。
ああ、そうなのだ、この子は守られなければ生きていけないのではない、私が守らなければ生きていけないのだ。子供心に、それが私達が出会った意味だと、私が弟を欲しいと思った意味だと理解した。
その日から、アルク様の専属候補からアルク様の専属となるため、父にメイドとしての勉強時間を増やしてもらった。だからと言ってアルク様のお世話の時間を減らすなんてもってのほかだ、夜泣きのお世話もしなければならない。当然お世話をするのは私だけではないが、1日の時間において食事とお風呂などの最低限の時間を除いてすべての時間はアルク様のお世話と私の勉強時間に費やされた。
「リースちゃんは本当にアルくんのことが好きねー」
「私はアルク様の専属になりますから、私がアルク様のことを好きなのは当然です」
「あらあら」
シルク様が授乳をしている間、私はよくシルク様の話相手を務める。私はアルク様の専属になるのだ、お姉ちゃんとしてしっかりとお世話するのだ、だからシルク様には安心してもらって大丈夫だと、子供らしい自信と、決意でもってシルク様にお伝えする。
そんな忙しくも充実した日々を過ごすこと3年、私は11歳になり、アルク様の専属メイドとなった。アルク様もあと1年もすれば物心つくだろう、そのころには専属は傍にいた方がよいだろうとの判断で私が専属に選ばれた。
当然、まだ11歳に過ぎない私が選ばれた理由にはスティング家の方々のご厚意、父シルバの娘に対する甘さがあるのは間違いない。だが屋敷の使用人たち、私の職場仲間たちはまるで自分のことのように喜んでくれた。まだメイドとしての技術は拙く、子供の力では出来ることも多くない。それでもみんなは私が頑張った3年間を見てくれていた。私がアルク様の専属に相応しいと認めてくれていた。
そして今、私はアルク様の専属メイドとして、お部屋の前に立つ。私が守らなければならない、私がお支えしなければならない。それは子供心に抱いた決意から、みんなに期待される役割へと変化した。私はそれを果たさなければならない、その重圧は私には重く、しかしそれを望んだ私には心地よい重さだ。
意を決してその扉をノックする。
「アルク様。朝になります、もうお目覚めでしょうか」
アルク様は既に起きていたようで、入室の許可を頂く。部屋に入るとそこでは鏡の前で自分の姿を確認しているアルク様がいた。
要件と、今日の予定をお伝えする。アルク様はきょとんとした顔で私のことを見つめている。
「アルク様?私の顔に何かついていますか?」
朝の身だしなみはしっかりとしたはずだが緊張でなにか見落としてしまったのだろうか、そのような状態で主の前に姿を現すなど初日から専属メイドとして失態を犯してしまったかもしれない。
「ううん!なんでもないよ!お手伝いお願い、お姉ちゃん!」
「!!、はい!お姉ちゃんにお任せください!」
アルク様がお姉ちゃんと初めて呼んでくれた。私が専属になることは昨日のうちに伝えられている、その関係が変わることで呼び方を変えてくれたのだろうか。
私の名前はリース、アルク・スティング様の専属メイドでお姉ちゃんだ。




