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廻る季節に急かされて

五月の点数

作者: 雪傘 吹雪

 春の風は既に消え失せ、暑さが部屋を蝕む時節。


 中間テストを終え、今日がその返却日だ。


 先生が次々と名前を読んでいく。私の名簿は15番。もうそろそろ呼ばれる頃である。


筒井(つつい)


 名前を呼ばれる、心臓がドキッとなる。前から2番目の席だと教卓までの距離が近く、尚更焦りが生まれる。


 立ち上がり、重たく一歩一歩を踏み込む。あぁ、どうか、このまま辿り着けなくなってくれ。この間を無限の距離にしてくれ。


 しかし、そんな儚き願いは決して届かない。


 もう、先生の前に立っている。


 先生が私を見る目はどこか冷たい。


 無言で手を差し出し、受け取る。そのまま、前だけを見て席に戻る。


 世界史は大分、得意な方だ。


 自信がある訳ではないけど、ある程度取れている、そう願う。願うしかない。


 裏返していた解答用紙のコピーをひっくり返す。右下に点数が記入されている筈。ここまで来ても、やっぱり確認するのが苦しい。


 無意識の内に半目になりながらも、数字を目視する。


 72点


 はぁ……。小さく吐息が零れる。


 悪くない。多分、悪くは無い。


 頑張ったとかは一切ない。宿題以外、勉強しなくても、授業を上の空で受けてもこの点数が取れる。


 傍から見れば羨ましいだろう。けど、実際はそんな事無い。


 何もしないし、出来ないのに、周りから過度な期待をされる。


「お前ならもっと出来るだろう」


「お前ならまだ上を目指せる」


 出来ないよ。目指せないよ。目指せ訳無いよ!!


 努力してないから目指せないよ、高みを。しないし、するつもりが無い。


 だって、努力しても幸せになれないじゃんか。良い大学に入って、良い大学に入って、良い給料を得て、良い人と結婚して、良い子供を育てて、良い老後を過ごす。


 そんなん幸せじゃない。


 私にとってそんなものは幸せなんかじゃない。


 幸福だという鎖に縛り付けられて、幸せな振りをして生きて行く。それだけに過ぎない。


 じゃあ、私にとっての幸せって何?


 分からない。


 漫画を読む事?絵を描く事?曲を聴く事?ゲームを遊ぶ事?


 たしかに、幸せかもしれない。


 でも、それが生きる理由にはなっていない。


 それだけの理由で生きようとは思えない。


 ただ、それは死なない理由。


 それがあるから、私は死なない。辛い朝を迎えても、生きている、惰性で。


 必死で勉強したって、死なない理由すら増えるとは思わない。むしろ、死ぬ理由ばっかりが増えていく。


 親は求める。成績を。


 72点を取ったって、どうせ「もっと出来た」って言われる。


 納得出来る部分はある。28点を取り逃がしたのは私の落ち度だ。


 けど、そうじゃなくて。


 頑張ってはいないけど、それでも、自分で掴んだ72点。


 叱っても良いから、ちょっとだけで良いから、褒めて欲しい。認めて欲しい。「ちゃんと取れたね」と言って欲しい。


 好物の肉じゃがなんか作らなくても良いけど、頭を撫でて欲しい。


 72も取ったのに、そんなに強く怒らないで欲しい。


 どうか、私が掴んだ72点も見て欲しい。出来ない所ばっか見ないで欲しい。


 気付けば、私の目からは涙が溢れていた。

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