3.
町に出るともう雨は止んでいた。
それなのに人影がない。まるでゴーストタウンみたいだ。
パパは地図アプリに目を凝らしながら、小さなスーパーマーケットの前に車を停めた。『コッコマート』と古びた看板に書かれていた。
車から降りてスーパーマーケットに入ると、小さいけど色んな食材やら調味料やらお菓子やらで棚が埋め尽くされている。
私はパパが見ていない隙にリーシーズをカートに入れた。労働の対価としては十分じゃないけど仕方ない。
パパはカラカラとカートを押しながら首をひねる。
「いくら土曜日だからって、人がいなさすぎないか?」パパが小声で私に言ってきた。
「さぁね。本当は誰もこの町にいないのかもね。ゴーストタウンだったりして」私が返すとパパが眉をしかめる。
買い物リストにある物を一通りカートに入れ終えると私達はレジに向かった。
レジには太った中年女性が店のロゴマークが印字されているエプロンを着て、警戒するようにこちらをジロジロと見つめてきた。あまり気分の良いものじゃない。
「こんにちは、今日ここに引っ越してきたんだ。まだ町に慣れてなくてね。どこかオススメの店とかあるかな?」
パパは人当たりの良い笑顔で尋ねたが、女性はバーコードを読み取りながら嫌そうな顔をした。
「この町に早く馴染みたくてね」パパは人好きする笑みを浮かべて言った。
レジの女性はボソリと「ディクシーダイナーなら……そこそこ食べれる」とようやく言葉を発した。
「ディクシーダイナーか! それは楽しみだ。今度家族で行ってみるよ、貴重な情報ありがとう」
財布からクレジットカードを店員に渡し店員は機械にカードを通すと無言でカードを返した。店から出ようとした時、背後から独り言のように店員が言った。
「あの呪われた家に住むなんて正気じゃないわ」
パパと私は凍りついた。だけどパパは先に店を出ていくから、私も後を追った。
車に戻ると、紙袋からリーシーズを取り出して一口かじった。チョコの甘さとピーナッツバターの塩気が絶妙に絡み合って美味しい。
何でもないふりをしながらお菓子を頬張りながらパパを見ると、今度は地図アプリを開かずにそのまま森へと向かった。
私は我慢できずに先ほどの女性の言葉を口に出していた。
「呪われた家ってどういうこと? あの人は私達の住んでる家を知ってるわけないはずよ? 今日来たばかりなのに」
パパも引っかかっていたのか、首を傾げながら頭を掻きむしっている。
「ガスの修理業者から話を聞いたのかもしれないよ。ほら、こういう小さな町は情報が回るのが早いってよく言うだろ?」
「それでも人の家を呪われた家なんて普通言わないわ。ねぇパパ、あの家で何かあったの? 買うときに何か聞かなかったわけ?」
私が詰め寄るとパパは困ったように首を振った。
「妙な話なんて聞かなかったよ。町から離れた場所にあるのと森の中にあるってことで値段が安かったのは事実だけど、そんな非科学的なことなんて聞いた覚えがないよ」パパが困ったように言う。
呪われた家なんてあるわけないわ。幽霊なんて存在しない。そうよ、パパが言ったように非科学的なことなんてありえない。
――だけど、どうしてこんなに胸がざわつくんだろう。心の奥深く、もっと原始的な部分が私に何かを訴えてる気がした。
※アメリカで大人気のチョコレート菓子。中にピーナッツバターが入っている。