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囁く家  作者: 西蜜梨瓜
1/13

1.

アメリカンホラーをイメージして書きました。

 

 

 

 オレゴンの空は灰色に沈んでいた。

 細かな霧雨がワゴンの窓を叩いている。

 パパはハンドルを握りしめ、スマホの地図に集中しつつママの話に時折頷き返している。

 私の隣に座る妹のクロエと弟のノアはゲーム画面を見ながら何やら楽しそうに笑っている。

 この狭い車の中で私だけが無表情だ。


 ――ニューヨークが懐かしい。友だちが恋しい。オレゴンになんて来たくはなかったのに。

 私はイヤホンを耳に押し付けて、そこから流れるロックに身を委ねた。

 膝を抱えて窓の外を見る。

 古びたガソリンスタンド、80年代風のダイナー、怪しげな雑貨店――どれもみな時代から取り残された様な寂しさを感じさせる。

 町に人影が見えないことが余計にその印象を強めている。


 車は山あいに近づいていき、やがて、麓に広がる大きな森が見えてきた。

 ――まさか、あの森の中に入るつもり?

 正気とは思えなかったが、パパは迷わずその道を選んだ。

 車は、鬱蒼とした森の中へと入っていく。


 舗装もされていない獣道。

 枝に打たれる車体と、雨粒の音だけが響いていた。

 やがて、小川が蜘蛛の巣のように張り巡らされた場所に辿り着く。


「パパ! 本当にこの道で合ってるの?」


「勿論だよ! もう少しで家が見えてくるぞ!」


 パパは上機嫌に答えた。

 その瞬間、唐突に視界が開ける。

 森の中に、ぽっかりと草原が広がっていた。

 そして、その中央に、一軒の古びた大きな家が、ぽつんと建っていた。

 灰色がかった薄緑の傷んだ外壁、くすんで煤けた所々に白色の名残のあるポーチは風雨に晒されてボロボロだ。

 

 私はついに我慢できず、イヤホンを外し、トゲのある声でパパに言い放った。


「パパ、もしかしてあの幽霊屋敷が私達の新居なわけ? 本気?」


 パパは車を家の前に停めながら、悪びれもせず答えた。


「そうだよ。大きくて良い家だろう? 多少傷んでるけど、手入れすればあっという間に新品さ」


 パパは車から降りるとチビたちを降ろし始めた。

 ママは呆然としつつ、気を取り直すために己の頬を叩いている。


「今からでも遅くないわママ。私だけでもニューヨークに戻らせて、お願い」


 ママは聞き分けのない子供に対する大抵の親たちがする顔付きをした。


「エミリー、何度も言ったでしょう? パパを皆で支えるって。それに家族は一人も欠けちゃだめなのよ」


 ママは家族というものに異常に執着している。私は、じわじわと苛立ち始めていた。


「私はもう16歳よ。一人でも暮らしていけるわ。それにニューヨークにはおばあちゃんだっているじゃない、何の心配もないわ!」


 私の必死の訴えに今度はパパまで口出ししてきた。


「ニューヨークは治安が悪い。たとえおばあちゃんがいたとしても駄目だ」


「じゃあ、おばあちゃんは独り暮らししてるのはいいわけ? 私が駄目でおばあちゃんがいい理由ってなんなの?」


「おばあちゃんはニューヨークを知り尽くしてるからね。一人でも暮らしていけるんだよ。それにヘルパーさんが定期的に来てくれるだろ? だからおばあちゃんは良いんだよ」パパが私の頭を撫でながら言う。


 私はその手を振り払って眉をしかめた。


「大人っていっつもそう! 自分たちの都合のいいようにばかり物事を進めたがるのよ! ママもパパも私のことなんて真剣に考えてないのよ! もうこんなの、うんざりよ!」


 私は二人から背を向けて森の中へと逆戻りした。ママとパパが何かを叫んでいるけど無視した。私の話を聞かない人たちの話を聴く義理なんてどこにもないもの。


 雨が降る薄暗い森の中へとどんどん入っていく。昼間でも薄暗いその場所は雨が降ってる今はもっと暗い。


 小川の一つにたどり着いた私はそのほとりに座り込んだ。

 川の中に手を入れると思ったより冷たかった。


 私は雨で濡れるのも構わず膝を抱えて体を丸めた。

 パパは勝手だ。ウォール街で働いていた時なんて、ちっとも家族を顧みなかったくせに。

 だからこそ、こんな理不尽が許せない。


 パパが突然画家になるなんて言い出したとき、働きすぎて頭がおかしくなったのかと思った。

 それはジョークでも何でもなくて、パパは私達が寝静まった後にひっそりと毎日絵を描いていたと知ったのは、パパの知り合いという画商の人が家に訪ねてきた時だった。

 確かにパパの絵は仕事人間が描いたとは思えないほど、感情に訴えかける素晴らしい作品ばかりだった。


 でもまさかニューヨークを離れてオレゴンに引っ越すなんて思いもしなかった。

 気付けばパパとママは私の行動を先読みしたかのように動いてた。


 通っていた高校は真っ先に退学届を出されていたし、オレゴン州サイレントクリーク高校からの入学通知書が届いたときは余りの早業に唖然とした。

 チビたちは幼すぎて全く当てにならなかった。


 私が反論する間もなく、家具は業者の手で運ばれ、残された荷物は中古のワゴン車に詰め込まれた。

 そして私たちは、ニューヨークを後にした。


 ――そして今はこんな木々ばかりの鬱蒼とした森の中で私はどうしようもない怒りを持て余している。

 じゃり、と背後から音がしたけど私は振り返らなかった。背後の気配は私の隣に来ると、そのまま私と並ぶように座った。


「こんな場所でじっとしてたら風邪を引いてしまうよエミリー」パパが穏やかに言った。


「あんなボロ屋敷にいるよりマシよ」


「うーん、それは反論できないな今は。でもパパが見違えるほど、立派な家にしてあげるから、今日は我慢してくれないか?」


「今日だけじゃなくて、ずっとでしょ」


 私が反論するとパパが笑う。


「ハハッ、そうだね。でも約束するから。あの家をエミリーが愛せるようになるように、パパが一生懸命頑張るから」


 そう言うとパパは立ち上がり、私に手を差し伸べる。「さぁ、帰ろう、我が家へ」


 私はしぶしぶ差し出された大きな手を取って立ち上がった。



 

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