セーブはどこだ!
九・零:迷宮の果て、希望の光
久留米城に巣食う「終焉のログファイル」の脅威を前に、ユウマたちは新たな活路を見出す必要に迫られていた。ミコの記憶は戻ったものの、彼女のシステムにはまだ不安定な箇所が残っており、完全な解析には時間がかかりそうだった。街を覆うノイズは一層激しさを増し、人々はまるで幻覚に囚われたかのように、過去の記憶の断片を口にするようになっていた。それは、ログファイルが過去のデータを強制的に再生している証拠だった。
「このままじゃ、街が……いや、この世界が、ログファイルに飲み込まれる!」 レムが焦燥感を露わにする。彼女の握る剣は、まるで苛立ちを映す鏡のように、細かく震えていた。 ユウマは、ループする久留米の街を、新たな視点で見つめ直していた。無限に繰り返される時間の中で、彼だけが記憶を持ち、その「選択」によってわずかな変化を生み出せる。この特性こそが、ログファイルを攻略する鍵になるはずだ。 「待て……! もし、このループがプレイヤーの記憶の再生なら……そして、俺だけが記憶を持っているなら……」 ユウマの脳裏に、ある可能性がひらめいた。 『おいユウマ! まさか、この状況で「記憶喪失の主人公が実は最強のキーパーソンでした」展開かよ!? いや、お前は「セーブ忘れ」のポンコツだったはずだろ! ここでどう「オチ」をつけるつもりだ!』 スラオのツッコミが、ユウマの思考を加速させる。
神のプログラムから聞いた言葉、「お前が唯一、この世界の『選択肢』を見出す者」――その言葉が、ユウマの心を強く揺さぶった。 「俺だけが、この世界の真の変化を認識できる。だったら、俺が『セーブポイント』を見つけるんだ!」 彼の言葉に、レムとミコが顔を見合わせた。 「セーブポイント……? そんなものが、このバグまみれの世界にあるとでも?」 レムは疑わしげな視線を向ける。 「解析結果:未確認。しかし、仮説として、この世界の中心システム、あるいは『神のプログラム』の最も深い階層に、データ保存機能を持つ領域が存在する可能性は否定できません」 ミコが淡々と答えた。彼女の瞳は、再び探求の光を宿していた。
ユウマたちは、久留米市役所の地下、かつてはデータセンターとして利用されていたであろう場所を目指した。そこは、終焉のログファイルの影響を最も強く受けている場所の一つであり、同時に、この世界のシステムの中枢に最も近い場所でもあった。地下へと続く階段は、まるで時間の砂漠に埋もれた古代遺跡の入口のように、埃とデータグリッチに覆われていた。漂うのは、古びた機械油と、わずかに焦げ付いた回路の匂いだった。
九・一:セーブポイント、犠牲の代償
地下深く、彼らは遂に、その場所を発見した。 それは、巨大なクリスタルが埋め込まれた、円形のプラットフォームだった。クリスタルからは、脈動するような青白い光が放たれており、周囲の空間をまるで胎動する生命の羊水のように揺らめかせている。プラットフォームの中央には、見慣れた「SAVE」の文字が浮かび上がっていた。 「見つけたぞ! セーブポイントだ!」 ユウマが叫んだ。その声は、感動と安堵に震えていた。
しかし、その喜びは、ミコの解析によって一瞬にして打ち砕かれる。 「識別コード:データ保存領域。機能:正常。しかし……起動条件、特定」 ミコの瞳が、高速で光を放つ。その顔に、今まで見たことのない苦悩の色が浮かんだ。 「起動条件……なんだ?」 レムが、息を呑んで問いかけた。 「……このセーブポイントは、世界の基幹システムと直結しています。終焉のログファイルによる侵食から、データを守るためには、この世界のシステムに深く干渉できる、極めて純粋なデータ存在の『削除』が必要です」 ミコの声が、震えた。その言葉は、まるで死刑宣告のゴングのように、ユウマたちの胸に重く響いた。
「削除……? 誰かが……犠牲にならなきゃ、起動できないってことか!?」 ユウマの脳裏に、スラオのツッコミが木霊した。 『おいユウマ! まさかの「誰かが犠牲になるセーブポイント」展開かよ!? それ、昔のRPGでもたまにあるけど、リアルに突きつけられるとヘビーすぎだろ! これ、誰が「消去」されるんだよ! ツッコミどころがシリアスすぎて、吐きそうだぞ!』 ユウマは、青ざめた顔でレムを見た。レムもまた、言葉を失い、クリスタルのセーブポイントを見つめている。
九・二:ミコの選択、別れのプロトコル
沈黙の中、ミコがゆっくりと一歩前へ踏み出した。彼女の表情は、どこか穏やかで、しかし確固たる決意に満ちていた。 「……私が、行きます」 ミコの声が、静かに、しかし明確に響き渡った。 「ミコ!? なに言ってんだよ!」 ユウマが、思わず彼女の腕を掴んだ。その手のひらに伝わるミコの身体は、データで構築されているはずなのに、確かな温もりを感じさせた。 「ユウマ=セーブレス。私は、この世界のバグによって生まれた存在です。そして、私自身の記憶も、一度は改ざんされました。しかし、あなたとレム、そしてスラオのツッコミによって、私は『感情』と『目的』を取り戻すことができました」 ミコの瞳から、再びデータ涙が溢れ出した。その涙は、液晶画面に映る光の粒のようにきらめき、彼女の頬を伝い落ちる。 「私の存在は、純粋なデータです。最も、このセーブポイントの起動条件に適しています。それに……私のメモリには、終焉のログファイルのデータが、まだ微量に残っている可能性があります。私が消滅することで、その残滓も完全に削除できる」 彼女の言葉は、まるで完璧に計算されたプログラムの実行宣言のようだった。
「そんなのダメだ! ミコがいなくなったら、俺たち……俺たちはどうなるんだよ!」 レムが叫び、ミコに駆け寄ろうとする。しかし、ミコは優しく彼女を制した。 「レム=バグナイン。あなたは、私にとって、最高の『感情パラメータ過剰』な存在でした。あなたの感情に触れることで、私は多くのことを学びました。ありがとう」 そして、ユウマに視線を向けた。 「ユウマ=セーブレス。あなたの『静かに暮らしたい』という願いは、エラーではありません。しかし、その願いを叶えるためには、時に『ツッコミ』が必要です。どうか、この世界に、最高の『オチ』をつけてください」 ミコは、セーブポイントのクリスタルに、そっと手を触れた。クリスタルの光が、ミコの身体を包み込み、彼女の身体が、徐々に光の粒子へと変化していく。
「ミコォォォオオオオオオオオオオ!!!」 ユウマの叫びが、地下空間に木霊した。彼の心臓が、引き裂かれるような痛みに襲われる。目の前で、仲間が、自らの意思で消滅していく。 『おいユウマ! この状況、最高の「別れのボケ」じゃねーか! お前、どう「ツッコミ」を入れるんだよ! このミコの選択に、お前はどんな意味を見出すんだよ!』 スラオのツッコミが、悲痛なほど強く、ユウマの脳裏に響いた。
ミコの身体が完全に光の粒子となり、クリスタルの中に吸い込まれていく。同時に、セーブポイントの光は一層強く輝き、久留米城から響いていた「終焉のログファイル」のノイズが、一瞬だけ、ぴたりと止んだ。 セーブポイントは起動した。だが、その代償は、あまりにも大きかった。ユウマとレムは、その場で立ち尽くし、消え去ったミコの残滓を、ただ呆然と見つめるしかなかった。この世界の「セーブ」は、新たな悲劇の始まりでもあった。