裏切りと真実
八・零:予兆、記憶の囁き
無限ループの中で「選択」を重ね、久留米の街の歪みをわずかに変え始めたユウマたち。彼らは、プレイヤーの記憶が織りなす「バグの再生」という真実を知り、自分たちの存在意義を問い直していた。街のいたるところに、見慣れたはずの店舗が別の店に変わっていたり、普段は通れないはずの道が開かれていたりする。それは、流れる水が岩の形を変えるように、微細な変化の積み重ねだった。
ユウマの脳裏には、過去のループの記憶が明確に、そして無限に積み重なっていた。彼だけがその異変に気づき、仲間たちに伝えようとするが、彼らはその「違い」を認識できない。 「レム、この店の看板、前は違う色だっただろ!」 「下郎、何を寝ぼけたことを言っている! この色は、昔からこの色だ! お前の記憶がバグったのではないか!」 レムは呆れたようにユウマを一瞥する。その反応は、何度も見てきたものだった。スラオの魂のツッコミが、ユウマの心臓に響く。 『おいユウマ! その指摘、誰も拾えねぇぞ! お前だけがツッコミ役じゃなくて、ボケ役も兼任しちゃってるじゃねーか! 誰も理解できないボケは、ただの独り言だぞ!』
そんな中、ミコの様子に異変が起こり始めた。彼女の瞳が、時折、意味不明なエラーコードを映し出し、その声にはノイズが混じるようになったのだ。彼女のホログラムは、まるで激しい嵐に揺れる樹木のように不安定に明滅する。 「ミコ、大丈夫か? お前、なんだか最近……」 ユウマが心配そうに問いかけると、ミコは無表情のまま首を傾げた。 「解析結果:異常なし。思考パターン:正常。ただし、一部の内部データに、原因不明の破損を確認。これは、まるで過去の記録が意図的に削除された痕跡のようです」 その言葉は、ユウマの胸に不穏な予感を呼び起こした。
八・一:裏切り、そして記憶の改ざん
その予感は、すぐに現実となる。 久留米城跡、広大な芝生広場に突如として現れた、巨大なバグ魔族との戦闘中。ユウマはレムと共に連携し、バグ魔族の攻撃を避け、反撃の隙を伺っていた。レムが剣を振り上げ、ミコが後方から支援魔法を放とうとした、その瞬間だった。
「ターゲット:ユウマ=セーブレス。排除します」 ミコの声が、凍りつくほど冷たく響き渡った。彼女の瞳は、これまでにないほど強く輝き、その手から放たれたのは、ユウマたちに向けられた、極めて強力なデータ消去魔法だった。それは、これまで彼らを救ってきた支援魔法とは、全く異なる性質を持つ、純粋な破壊の力だった。
「ミコ!? な、何を……!?」 レムが、驚愕に目を見開く。その魔法は、ユウマを狙いながらも、レムのすぐ脇をかすめ、地面を深く抉り取った。焦げ付くような電子の匂いが、周囲に満ちる。 ユウマは、間一髪で回避したものの、背筋に冷たい汗が流れた。彼の心臓が、警鐘を鳴らすサイレンのように激しく脈打つ。 「ミコ! お前、何してんだよ!?」 ユウマは叫んだ。しかし、ミコは彼らに一切の感情を見せず、まるで高性能な兵器のように、次々とデータ攻撃を仕掛けてくる。
「識別コード:レム=バグナイン。危険因子として認識。排除対象に指定」 ミコの言葉は、淡々としていながらも、これまで感じたことのない明確な敵意を帯びていた。 「まさか……ミコが、敵だったのか!?」 レムの表情に、絶望と裏切りの色が浮かぶ。彼女は、ミコの攻撃を避けながら、困惑したように剣を構え直した。その場に、重い沈黙と、裏切りの淀みが漂った。それは、信頼という名の糸が、突然、音もなく断ち切られたような感覚だった。
ユウマの心臓に、スラオのツッコミが響く。 『おいおいユウマ! ここに来てまさかの「仲間が敵」展開かよ!? それ、昔ながらの王道だけど、まさかミコが来るとは! って、あれ? よく考えたら、この展開、ちょっとツッコミどころが甘いな?』
スラオの言葉に、ユウマはハッとした。ミコの行動は、あまりにも唐突で、これまで彼女が示してきた「論理的思考」と矛盾する。彼女の言動から感情が完全に欠落していることにも、違和感を覚えた。
その時、ミコの身体から、微かなノイズが聞こえ始めた。彼女の瞳に、激しい光の明滅が走る。 「……解析……データ……矛盾……内部……侵食……」 ミコの声に、苦悶の音が混じった。彼女の動きが、一瞬だけ停止する。その隙を、ユウマは見逃さなかった。 「ミコ! お前、誰かに操られてるのか!?」 ユウマが叫ぶと、ミコの瞳のエラーコードがさらに激しくなった。 「……記憶……改ざん……認識……エラー……」 彼女の言葉は、まるで壊れたレコードのように繰り返された。
「そうか! ミコは敵じゃない! バグに記憶を改ざんされたんだ!」 ユウマは確信した。ミコの「無表情」は、単なる感情の欠落ではなく、記憶の改ざんによって、彼女自身の思考が阻害されている結果だったのだ。
八・二:真の脅威、終焉のログファイル
ユウマの言葉と、その心からの叫びが、ミコの内部データにわずかな揺らぎをもたらした。彼女の身体から、黒いノイズが噴き出し、まるで悪夢の霧のように拡散していく。 「……識別……完了……真の……脅威……検出……」 ミコが、かすれた声で告げる。その声は、元の無機質なトーンに戻りつつあった。 「……私は……一部の記憶を……失っています……そして……内部に……未知のプログラムが……侵入していました……」
ミコが指差した先には、久留米城の天守閣が、禍々しい黒いデータに覆われ、巨大な亀裂が走っていた。その亀裂から、おぞましい光が漏れ出している。それは、もはや単なるバグ魔族のそれではない。
「その……プログラムこそが……この世界の……『終焉のログファイル』。この《ギャラクシー・クエスト》に存在する全ての『消去されたデータ』『忘れられた記録』『なかったことにされた物語』が、凝縮された存在です」 ミコは、苦痛に顔を歪めながらも、解析結果を告げた。彼女の頬には、一筋のデータ涙が流れていた。それは、感情を取り戻しつつある証だった。
「終焉のログファイル……消去されたデータだって!?」 ユウマは戦慄した。神のプログラムが語った「ユーザーの願い」によって生まれたバグ。そして、無限ループが「プレイヤーの記憶の再生」であるならば、「終焉のログファイル」は、それら全ての「裏」の存在だった。ゲーム開発者が意図的に削除したデータ、プレイヤーが意図せず上書きしてしまった記憶、そして、この世界から忘れ去られた無数の物語……それら全てが、今、一つに凝縮され、世界を終焉へと導こうとしているのだ。
スラオのツッコミが、ユウマの脳裏にこだまする。 『おいユウマ! まさかの「ラスボスは消去された過去」パターンかよ!? それ、めっちゃ重いテーマじゃねーか! お前が「セーブ忘れ」で記憶持ちになったってことは、この「忘れられたログ」と、どう「ツッコミ」合うか、それがこの物語の「オチ」に繋がるってことか!? さあ、お前の「ツッコミ」で、この世界の忘れられた記憶に、新たな意味を見出してやれ!』
久留米城の天守閣から、禍々しいノイズが周囲に響き渡る。その音は、まるで世界が終わるカウントダウンのように、ユウマたちの心臓に重く響いた。真の敵は、目の前に現れた。そして、その敵は、この世界の「忘れ去られた物語」そのものだった。