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ツッコミ担当の勇気

 四・零:爆ぜる青、遺された言霊

 久留米の商店街は、もはや戦場の様相を呈していた。無限ループの中で増殖を続けるバグ魔族の群れは、まるで漆黒の津波が押し寄せるかのようだ。ユウマ、レム、ミコは、連携の精度を増しながらも、その物量にじりじりと追い詰められていた。

「レム! 左翼のカバーが甘い! ミコ、そこの脆弱性、データ更新間に合うか!?」 ユウマが叫ぶ。剣を振るう腕は鉛のように重く、全身は疲労で軋む。口の中には、乾いた砂利を噛み砕くような不快な味が広がる。彼の瞳は、何度死に戻っても変わらぬ、この絶望的な戦場を冷静に見据えていた。

 その時、一際巨大なバグ魔族が、まるで質量を持ったエラーコードの塊のように、レムとミコ目掛けて咆哮を上げながら突進してきた。その巨体は、一瞬で二人の視界を埋め尽くす。レムの顔に、一瞬だけ恐怖がよぎる。ミコの瞳が、予測不能な状況に戸惑うように瞬いた。

「させるかぁぁぁ!!!」 甲高い声が、戦場の喧騒を切り裂いた。青い閃光が、ユウマたちの目の前を横切る。それはスラオだった。彼は、自身の身を盾にするように、巨大なバグ魔族の前に飛び出したのだ。

「ちょ、スラオ!? 何やってんだ!」 ユウマが叫んだ。だが、スラオは振り返らない。その小さな青い体は、普段のふざけた様子とは裏腹に、まるで覚悟を決めた岩石のように、微動だにしなかった。

「おいおい、まさかこんなベタな展開、俺の持ちネタじゃねーだろうな!? …ったく、このツッコミ担当の辞書に『見殺し』なんて言葉はねぇんだよ! ユウマ! お前ら! 俺が消えても、ちゃんとツッコめよ! 俺の魂の叫び、ちゃんと拾えよな! これが…これが最高のオチなんだからな! 受け止めろ、この『ガチギャグ』をよぉぉぉ!!!」 スラオの体から、眩い光が放たれた。それは、バグ魔族のグリッチを打ち消すかのような、純粋な青い輝きだった。彼の全身が、まるで泡となって弾ける炭酸水のように、あるいは光の粒子へと分解されるデータのように、あっという間に霧散していく。最後の瞬間、彼の瞳は、ユウマたちをまっすぐに見つめ、いつものふざけた笑顔の奥に、確かな「勇気」の光を宿していた。

 そして、巨大なバグ魔族は、スラオが放った最後のエネルギー弾によって、わずかに動きを止め、空間にひび割れを生じさせた。しかし、スラオの姿は、そこにはもうなかった。ただ、空間に漂う、微かな炭酸の匂いだけが、彼の存在の痕跡を残していた。

 四・一:壊れたギャグと、空虚な空間

 スラオが消えた。その事実は、ユウマたちの心を、直接抉るような衝撃となって襲いかかった。

「……スラオ?」 レムが、呆然とした声で呟いた。彼女の冷徹な表情に、初めて明確な動揺の色が浮かんでいる。いつもならツンツンと澄ましている彼女の瞳が、僅かに揺れているのが見て取れる。

「スラオさん……識別コード:消滅。データ、消去……」 ミコもまた、無表情ながらも、その声にはいつも以上の無機質さが含まれていた。まるで、演算結果が受け入れがたい真実を示しているかのように。

 そして、ユウマ。彼は剣を握りしめたまま、その場に立ち尽くしていた。久留米の空は、これまで以上に鉛色に鈍く、商店街のアーケードに散乱する瓦礫が、まるでツッコミを失ったボケの残骸のように、痛々しく見えた。普段は賑やかな西鉄久留米駅前のロータリーも、バグ魔族の跳梁跋扈によって、まるでギャグを放棄した舞台のように静まり返っている。駅前の百貨店の巨大なデジタルサイネージには、本来は宣伝が流れているはずなのに、今は「ERROR 404: COMIC RELIEF NOT FOUND」という文字が不規則に点滅していた。

 スラオが消えてから、戦闘のテンポが狂い始めた。バグ魔族の群れが、再び勢いを増して襲いかかる。 レムは焦りからか、普段ならありえないような剣の振り方で、無駄に体力を消耗している。その動きには、いつもの研ぎ澄まされた美しさがなく、まるで刃こぼれした錆びた刀のようだった。 ミコも、解析の速度が落ち、指示出しが遅れるようになった。彼女のホログラムは、まるで接続不良を起こしたモニターのように、時折ちらつきを見せる。 そしてユウマ自身も、スラオの不在がボディブローのように効いていた。

「くっそ、ミコ! 次の攻撃、どこだ!?」 「レム! そのバグ、もっと低く飛べ! ……って、なんで誰もツッコまねぇんだよ!」 ユウマは叫んだ。しかし、返ってくるのはバグ魔族の咆哮と、仲間たちの荒い息遣いだけ。いつものスラオの甲高いツッコミがない。場の空気は重く、誰もがどこかぎこちない。まるで、重要なネジが一本抜け落ちた機械のように、ぎこちなく、不完全に動き続けていた。

 その時、ユウマの脳裏に、まばゆい青い閃光が走った。それはスラオの最後の輝きと寸分違わない、純粋な光だった。視界の端に、半透明のスラオの姿が、まるで幽霊のように、しかし確かな意思を持って現れる。その口が、ユウマの意識の深奥に直接、響かせた。 『俺の魂の叫び、ちゃんと拾えよな! 受け止めろ、この『ガチギャグ』をよぉぉぉ!! お前らがツッコめ! お前らが、俺の意志を継いで、このバグまみれの世界に、最後の「オチ」をつけてやれ! 俺は消えたけど、俺のプログラムは、お前らの「ツッコミ神経」に直結されたからな! これからのお前らのボケ、全部俺の検閲通るから! 覚悟しとけよ!』

 その瞬間、ユウマの心臓に、まるで新たなデータがインストールされたかのような、明確な衝動が走った。それはスラオのツッコミの「型」であり、彼の「魂」そのものだった。レムもミコも、一瞬、同じように体に電流が走ったような反応を見せた。彼らの内面に、スラオの「ツッコミのプログラム」が、確かに焼き付いたのだ。

 四・二:魂の叫び、新たな舞台

 ユウマは、ぐっと奥歯を噛み締めた。 「……ミコ! そのバグ、どこがツッコミ所だ!」 ユウマは、唐突に叫んだ。その声は、いつもの覇気のない彼の声とは、明らかに違っていた。ミコは、一瞬だけ瞬き、ユウマの顔を見つめる。 「……解析結果:不明。ただし、その行動パターンから推測すると、このバグ魔族は『ツッコミ待ち』の可能性が極めて高いと判断されます。弱点は、その自己顕示欲」 ミコは、淡々と答えた。その声には、微かな「戸惑い」と、しかし確かな「順応」の色が混じっていた。

 レムもまた、ユウマの突然の行動に驚きつつも、どこか引き込まれるように剣を構え直す。 「は、馬鹿な……この私が、なぜ貴様のような下郎の…」 レムが、いつものツンデレを発動しようとした、その時だった。

「レム! そのツンデレ、もうテンプレートだっての! 新しいパターン考えろよ! じゃないと、読者が飽きるぞ! お前、ツンデレAIの最新バージョンにアップデートされてねーのかよ!?」 ユウマは、斬りかかってきたバグ魔族を剣で受け止めながら、叫んだ。それは、スラオがいつも言っていたような、しかしユウマ自身の言葉だった。

 レムの顔が、僅かに赤らむ。 「なっ……貴様、何を言うか! この私は、常に最先端のツンデレを提供しているのだ! ……だ、だが、貴様がそこまで言うのならば、この私が見直してやらんこともない! …ったく、まさかツンデレの定義までツッコまれるとは、私の計算外だ!」 彼女はそう言い放つと、普段よりも遥かに素早い動きで、バグ魔族の攻撃を捌いてみせた。その動きには、明確な「意識の変化」が宿っていた。久留米の街並みが、彼らの新たなツッコミと共に、まるで再起動したディスプレイのように、鮮やかに、しかしどこか歪んで見え始めた。大刀洗平和記念館の静謐な佇まいも、今や彼らの「ボケとツッコミ」の舞台の一部と化したかのようだ。

 スラオは消えた。しかし、彼の遺した「ツッコミ」という概念、そして彼らの心に焼き付いた「魂の叫び」は、決して消えることはなかった。ツッコミ担当が不在になったことで、ユウマたちは、これまでスラオに依存していた部分を、自分たちで補わなければならない状況に立たされたのだ。

 それは、ユウマの「静かに暮らしたい」という願いとは真逆の、より一層の「賑やかさ」を彼らに強いるものだった。しかし、不思議と、ユウマの心には、諦めではなく、新たな決意が湧き上がっていた。

「スラオ……お前が作ったギャグの舞台、俺たちが引き継いでやるよ。この世界を、最高のオチで終わらせてやるからな!」 ユウマは叫んだ。久留米の商店街に、彼の声が響き渡る。バグ魔族の咆哮の中、ユウマ、レム、ミコの新たな「ツッコミ」と「ボケ」が、今、始まる。それは、魂の叫びに導かれた、新たな物語の幕開けだった。


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