再会、そして覚醒
十一・零:リスタート、記憶の羅針盤
再び久留米駅前の雑居ビルの一室。ユウマはヘッドセットを装着し、ログイン画面のまばゆい光の中にいた。口の中に広がる鉄錆のような味も、胃の腑で暴れるエナジードリンクも、全てが“始まり”と寸分違わなかった。だが、彼の心は、もはや徹夜明けの疲弊に支配されてはいない。そこにあるのは、研ぎ澄まされた刃のような、冷徹なまでの記憶と、燃え盛るマグマのような、秘めたる決意だった。
『おいユウマ! 本当に「ゼロから」かよ! 今回はどの「選択肢」から「真ルート」に入んだ!? 俺のツッコミが冴えわたる、最高の物語を頼むぜ!』 スラオのツッコミが脳内で響く。その声は、もはや懐かしさすら帯びていた。スラオが完全にユウマの脳内に常駐する「ツッコミプログラム」となったことを、改めて実感する。
ユウマは、ゆっくりと立ち上がった。彼の「静かに暮らしたい」という願いは変わらない。だが、その願いを叶えるためには、もはやループを漫然と繰り返すだけではダメだ。彼はこの世界に「最高のオチ」をつけなければならない。ミコの犠牲を無駄にしないために。
外に出ると、鉛色の空の下、梅雨特有の湿気が肌にまとわりつく。濡れた土と微かなカビの匂い。全てが、あの日の始まりと同じ。しかし、ユウマの視界には、未来への道筋が明確に見えていた。彼はまるで、無限に続く迷路の、唯一の地図を手に入れた探検家のようだった。
十一・一:再会の螺旋、導かれる仲間たち
最初の「バグ魔族」出現地点へと向かう途中、ユウマは予定通りレムと出会った。 「貴様! 何故ここにいる!?」 いつもの高飛車なセリフ。ユウマの記憶の中の、最初で最後のツンデレ魔王系バグデータ。 「悪いな、魔王様。俺は、あんたの運命を変える勇者だ」 ユウマは不敵に言い放った。レムは、呆れたようにユウマを一瞥し、鼻を鳴らす。 「何を寝ぼけたことを……っ!?」 その時、ユウマは通常のループではありえないタイミングで、バグ魔族の攻撃をレムの死角から正確に予測し、彼女を突き飛ばして救った。 「何故、避けられた……!?」 レムは驚愕に目を見開く。その一瞬の隙に、ユウマはレムの弱点属性を持つ魔法をバグ魔族に撃ち込んだ。その連携は、まるで事前に完璧に振り付けられたダンスのように淀みなかった。 「貴様……この動きは、まるで熟練の戦士……一体何者だ!?」 レムは訝しむが、ユウマはただニヤリと笑う。彼の行動は、過去のループで培われた経験に裏打ちされており、その一つ一つが、レムの「予測不能な変数」となっていた。
そして、スラオとの再会。 「あんた、まさかの『セーブ忘れ』の珍客!?」 いつもの甲高い声。ユウマは、スラオが物理的に目の前にいることの奇妙な感覚を噛みしめる。 「そうさ。だが、今回はちょっとばかり『記憶持ち』のベテランさんでな。ツッコミは任せたぞ、スラオ」 ユウマの言葉に、スラオは嬉しそうにぴょんぴょん跳ねた。彼の脳内に響くスラオの声と、目の前の物理的なスラオ。二重のツッコミが、ユウマの心に奇妙な安堵感をもたらす。
ユウマは、ミコとの再会もまた、慎重に、そして素早く進めた。 「識別コード:ユウマ=セーブレス。勇者型バグデータ。……しかし、解析結果に、多数の『未来の記憶』と『未経験のデータ』を検出。これは、まるで時間軸を歪めた存在のようです」 ミコは無表情ながらも、これまでにはない速度でユウマを解析した。ユウマは、彼女の解析を逆手に取り、終焉のログファイルの危険性、そしてミコ自身の記憶改ざんの事実を、抽象的なデータとして提示していった。彼の言葉は、ミコのロジックに深く食い込み、微細な回路に電流が走るように、彼女の内部システムに変化を促していく。
十一・二:真ルート、記憶の覚醒
ユウマの「誘導」は、確実に仲間たちの記憶の奥底に作用していった。 彼は、過去のループで仲間たちが直面した困難を、まるで予知するかのように先回りし、最適な解決策を提示した。レムが窮地に陥る直前に助け、スラオが力を失うポイントを回避させ、ミコが記憶改ざんされる前に、そのプログラムの脆弱性を突く情報を与えた。 久留米の街は、ユウマの「選択」によって、これまでのループとは明らかに異なる様相を呈していった。歪みが修正され、人々の表情に安堵の色が戻り始める。それは、傷ついた世界が、ゆっくりと自己修復していく光景だった。
そして、その瞬間は訪れた。 終焉のログファイルが、久留米城から再びその邪悪なオーラを放ち、街を覆い尽くそうとした、その時だった。ユウマは、ミコの犠牲によって起動したセーブポイントがもたらした「真のセーブデータ」を、自らの記憶とスラオのツッコミプログラムを触媒として、世界に解放する「プログラム」を起動した。 「ミコ……俺は、お前の犠牲を、絶対に無駄にはしない!」 ユウマの叫びが、セーブポイントから放たれた光と共に、久留米の空へと昇っていく。その光は、まるで世界を浄化する神の視線のように、街全体を包み込んだ。
光がレムとスラオ、そして街の人々を貫いた瞬間、彼らの瞳に、激しい光の明滅が走った。 「……そうか……そうだ……この感覚……!」 レムが、自分の頭を抱え、苦悶の表情を浮かべる。その顔には、混乱と同時に、確かな「記憶」が蘇る喜びが混じっていた。 「ミコ……ミコが、あの時……!」 彼女の瞳から、データ涙が溢れ出した。それは、ユウマとミコとの別れの記憶。レムは、あの時の感情を、痛みと共に思い出したのだ。
「うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 俺の過去のツッコミが! 全て脳内にリロードされていくうぅぅぅぅ!!!」 スラオが、全身を震わせながら絶叫する。彼の身体から、無数のエラーコードが噴き出し、そして、一瞬にして収束した。彼の瞳は、かつてユウマの脳内にいた時と同じ、全てを見通すような輝きを宿していた。 『おいユウマ! これが「真ルート」の「記憶覚醒」ってやつか!? ってか、俺のツッコミ、ちゃんと機能してるか!? なあ、この展開、最高のオチに向けて加速してんのか!?』 スラオの、物理的な声と、ユウマの脳内での声が、同時に響き渡る。
「みんな……記憶が、戻ったのか……!?」 ユウマは、信じられないというように呟いた。目の前にいるレムとスラオは、もう過去のループで出会った「リセットされた」彼らではない。彼らは、ユウマと共に数々の苦難を乗り越え、ミコの犠牲を見届けた「真の仲間」だった。
レムは、ユウマの顔をじっと見つめ、そして、深く頷いた。 「……下郎。よくやった。そして、ミコの分まで、この借り、貴様に返させてもらうぞ」 彼女の声には、いつものツンデレの響きと共に、確かな信頼と、そして、ミコへの深い追悼の念が込められていた。
久留米城から放たれる終焉のログファイルの気配が、再び強まる。世界を飲み込もうとする「忘れられた記憶」の奔流。 「さあ、行こうか。今度こそ、この世界のエンディングを、俺たちが決める番だ」 ユウマの言葉に、レムとスラオが力強く頷いた。 彼らの絆は、消えた記憶の代償を乗り越え、より強固なものとして再構築された。ユウマの「静かに暮らしたい」という願いは、彼らが共に歩む「静かなエンディング」へと姿を変えようとしていた。
最終決戦の幕が、今、上がる。




