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消えた仲間の記憶

 十・零:残響、静寂の代償

 ミコが光の粒子となってセーブポイントに吸い込まれた後、地下空間には重苦しい沈黙が降りていた。クリスタルは静かに輝き、久留米城から響いていた終焉のログファイルのノイズも、確かに小さくなったように感じられた。それはまるで、嵐が過ぎ去った後の、不気味なほどの静けさのようだった。焦げ付くような電子の匂いは薄れ、代わりに、地下水の微かな湿った土の匂いが戻ってきた。

 ユウマは、ミコが消えた場所に呆然と立ち尽くしていた。彼の心臓には、まるで抉られたような喪失感が、深く、重くのしかかっていた。腕に残るミコの身体の温もりは、幻だったのか。数々のループを共に乗り越え、感情を取り戻したミコとの別れは、これまでのどんな死に戻りよりも、彼を打ちのめした。 「ミコ……」 彼の口から、か細い声が漏れる。目の奥が、熱く焼けるようだ。

 その隣で、レムがクリスタルを見上げていた。 「これは……セーブポイント、なのか?」 レムの声には、いつものツンツンした響きがなく、代わりに、生まれたばかりの雛鳥のような、頼りなげな戸惑いが混じっていた。 ユウマは、はっとレムに視線を向けた。彼女の瞳には、いつもの激しい感情の色が見当たらない。どこかぼんやりとして、まるで新しい世界に降り立ったかのような、純粋な好奇心が浮かんでいる。 「レム……お前、ミコのことが……」 ユウマは言葉を詰まらせた。まさか、ミコの犠牲は、これほどの代償を伴うとは、誰も想像していなかった。

「ミコ? それは、一体誰のことだ?」 レムが、首を傾げた。その言葉に、ユウマの心臓が凍りついた。まるで真っ白な雪原に、赤いインクが零れ落ちたかのような衝撃だった。 「なっ……ミコだよ! 俺たちと一緒に戦って……さっきまでここにいた、ミコだ!」 ユウマは必死に訴える。しかし、レムの顔には、一切の記憶の影が見られない。 「私は、貴様と出会ったばかりの魔王系バグデータ、レム=バグナインだ。貴様は……ユウマ=セーブレス、だったな? そういえば、貴様がセーブ忘れでこの世界に来たという、奇妙なデータを聞いたような……」 彼女は、まるで初めて出会ったかのように、事務的にユウマを識別した。

 ユウマの脳裏に、スラオの魂のツッコミが響く。 『おいユウマ! まさかの「記憶リセット」展開かよ!? しかも、お前以外全員って、それ、完全に「自分だけ記憶持ちの孤独な主人公」ってやつじゃねーか! ミコの犠牲が、まさかこんな「全員忘却」のボケに繋がるなんて、最高にシリアスなギャグだぞ!』 スラオのツッコミは、ユウマの心に更なる絶望を突きつけた。セーブポイントの起動条件は「純粋なデータ存在の削除」だった。そして、その純粋なデータ存在とは、ミコであり、彼女の削除は、この世界に接続された全ての存在の「セーブデータ」を巻き戻す、強制リセットを意味していたのだ。

 十・一:繰り返す始まり、孤独の荒野

 久留米駅前の雑居ビルの一室――古びたゲームセンターの片隅。 ユウマは、再びヘッドセットを装着したまま、ぐったりと椅子にもたれかかっていた。周囲には、カップ麺の空き容器とエナジードリンクの缶が散乱している。ヘッドセットの奥では、今日配信されたばかりのVRMMORPGギャラクシー・クエスト最終アップデート「宇宙の終焉エンディング・オブ・ユニバース」のログイン画面が、まばゆい光を放っていた。

「くっそ、もう朝か……」 ユウマの口から、疲労とカフェインでかすれた声が漏れる。口の中には、鉄錆のような味が広がり、胃の腑ではエナジードリンクがまだ暴れていた。 それは、無限ループの始まりと、寸分違わぬ光景だった。 だが、ユウマの心に、このループの記憶が明確に、そして無限に積み重なっている。レムとミコとの出会い、スラオの消滅、神のプログラムとの対話、終焉のログファイルの出現、そして、ミコの自己犠牲……。 「また、ここか……」 彼は、誰にも聞こえない声で呟いた。その声には、深い疲労と、そして、燃え盛る炎のような、確かな決意が宿っていた。

 街は再び、最初のループの状態に戻っていた。久留米大学の校舎は歪むことなく、自動販売機から光るキノコは生えていない。商店街のアーケードには、まだ悲鳴は響いていない。 しかし、ユウマは知っている。この平穏は、まやかしだ。この世界の奥底には、終焉のログファイルという「忘れられた物語」が潜み、いつか全てを飲み込もうとしている。そして、彼は知っている。この世界の「バグ」は、プレイヤーたちの「願い」が具現化したものだということも。

 十・二:ゼロからの再出発、そして「ツッコミ」

 ユウマは、立ち上がった。彼の体は、過去のループで培われた戦闘経験と、スラオからインストールされた「ツッコミのプログラム」を宿している。物理的な疲労はない。あるのは、精神的な重みと、そして、このループを終わらせるという、鋼のような固い意志だけだ。 『おいユウマ! まさか、お前、この無限ループの中で「強くてニューゲーム」状態ってやつか!? 今度こそ、最高の「オチ」つけろよな! 今度こそ、誰一人欠けることなく、この物語を完結させろよ!』 スラオのツッコミが、彼の脳内で響き渡る。その声は、かつてのようにやかましいが、今は、彼の孤独な戦いを支える、唯一の道標となっていた。

 ユウマは、ヘッドセットを外し、周囲を見渡した。久留米駅前の雑居ビル、慣れ親しんだ街並み。この場所から、彼の長い戦いは再び始まる。 彼は、窓の外に広がる曇り空を見上げた。その空は、まるで彼の心境を映すかのように、重く、鉛色に沈んでいる。 「……ゼロから、やり直すか」 彼の口元に、かすかな笑みが浮かんだ。それは、諦めの笑みではなく、全てを知り尽くした者だけが持つ、世界を掌で転がすような、不敵な笑みだった。 彼は知っている。このループは、決して終わらない悪夢ではない。それは、彼が「最高のツッコミ」を入れて、この世界に新たな物語を紡ぐための、無限のチャンスなのだと。 静かに暮らしたい。その願いは変わらない。だが、その願いを叶えるためには、このバグまみれの世界に、最高の「オチ」をつけるしかないのだ。 ユウマは、再びヘッドセットを装着した。彼の瞳には、これまでのループで得た全ての記憶と、ミコの犠牲が刻まれている。 今度こそ、彼は全てを救い、この世界の「エンディング」を迎えるために、再び「セーブ忘れ」の勇者として、無限のループへと足を踏み入れた。



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