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71 楊鬼山

 摂政王、載灃(さいほう)から下命されたリストは即日提出され、掌儀司しょうぎし理事官の(さい)道光(どうこう)はそれを確認していた。禅宗、浄土教、密教、天台宗など古来インドから伝来した宗派の阿闍梨の名前と住所、所属寺が羅列されていたが、その中に当時隆盛を極めていた居士仏教(在家の宗教家で、○○居士と称された)の(よう)文会(ぶんかい)の名前もあった。そして、彼の名の脇に、(よう)鬼山(きざん)の名が附記されていた。


 清朝末、仏教、道教、儒教の活動は停滞しており、民間信仰に基づく宗派が現れ、(ほう)と呼ばれる秘密結社を形成し拡大していた。一方で知識層は既存の宗派活動に飽き足らず、西洋、日本の仏教学者と交わり、新しい教学を学んで新風を巻き起こした。その中心人物が楊文会である。彼は多くの著作を表わし、仏教だけに捉われず、科学分野にもその力を注いだ。彼は清朝の官僚であり、李鴻章の貴下にもいた事がある開明派であったので、“戊戌の変法”に係った洋務運動派ともつながりを持っていた。


 崔は楊の名前を見て、彼しかいないと思った。摂政王は、光緒帝の洋務運動に理解を示していたからだ。戊戌の変法を潰した西太后や袁世凱と折り合いが悪かったのは、これが起因していた。

 そのような背景を思い浮かべ、崔は楊を推薦しようとし、部下に彼の意向を調査させたのだが、この頃、既に彼は体調を崩しており、運動の表舞台には立てない身体になっていた。そんな訳で崔は楊文会の脇に彼の弟子である鬼山の名を追加して、彼の代理として推薦しようとしたのだ。



 推薦文を書き上げ、崔は摂政王に奏上した。摂政王は直ぐに(てい)(えい)(たい)を召し出し、楊鬼山の事を訪ねた。

「如何に思うか」

「はい。楊文会様のお弟子ならば、申し分ないかと存じます」


「その根拠は?」

「文会様は居士仏教の第一人者でありまして、彼のお弟子ならば教学や修法は修めておると存じます。更に私は易経を修しておりますので、鬼山の僧名には春秋時代から続いております、鬼谷子流の“鬼”の字が記載されておりますので、恐らくではございますが、算命学も修していると拝察致しました」


「それは修法に役立つものなのか?」

「はい、そうでございます。修法に当たりまして、事前に卦を立てる事が出来れば、不測の事態にも対処が可能となりますので、調伏の可能性も高まりましょう」


「そうか」

「はい。古より命、卜、相によりまして吉凶を占うは必定でございます。かの諸葛亮孔明様も八門遁甲を使いまして、赤壁の戦いに勝利した歴史がございます。鬼谷先生も算命学を用いて、始皇帝の命を占断致しました。斯様に古の名君、宰相は命、卜、相の何れかの師を侍らせていた訳でございます」


「良く分かった。そのような者であれば、私の意を汲んで充分活躍してくれる、と信じよう」


「御恐れながら、修法は信ずるものではございません。必ず成功しなければ、悪鬼羅刹の類によりまして無惨な結果となりましょう。ですので、調伏は法力のある阿闍梨によってしか成し得ないものでございます。これをお間違いのなきよう、宜しくお願い申し上げます」


「分かった。すると私と鬼山とで、意思の疎通が必要になるな」

「そうでございます。殿下と一体となりまして、修しなければなりません。それこそ入我々入の境地になります事によって、境地を極める事が出来るのでございます。それには咸陽へ派遣致します前に、かの者に因果を含めませんと・・・」


「そうであるな。それは担当の崔に任せるとしよう」

「そうでございます。崔理事官にお命じになりますれば、朝廷の祭祀礼儀を取り仕切る内務府、掌儀司の所掌でございますから、自然な流れでございます」


「それで、貴様は何処で己の職責を果たす積りだ?」

「はい。殿下のお許しを得ました後、後宮を離れまして咸陽へと向かう所存でございます」


「それは私から許可しよう。それも宗人府の職責であったから、崔に伝えよう」

「ありがとうございます。唯、私の占断など必要でなければ宜しいのですが。万が一と言う事もございましょう。“念には念を入れよ” とも申しますので、私も充分な態勢でお供致します」


「そうしてくれ」


 こうして咸陽の法要は、摂政王の許可を得、厲鬼調伏の準備は進められた。法要を執行するのは廃青。

北京からは法要後の検証団として、楊鬼山。掌儀司の崔理事官、宗人府の曹理事官、そして同じく宗人府内書堂、丁学長。彼等は紫禁城から皇室専用車で現地に向かった。

 咸陽では宗人府の劉事務官と李、青龍寺復興を願う廃青、人足頭の呉が待っていた。


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