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7 諱名

 ヴィットル・セガランは2週間の休暇を過ごすと、北京から西安に戻って来た。勿論、(りゅう)()も彼の帰る1週間前に帰って来た。

 彼は帰京前に依頼した図面の作製及び石碑の写真並びに拓本の記録を持って来させ、全てに目を通した。その中に彼の興味を引くものがあった。“諱名”と陰刻された碑の拓本である。彼は宿舎として借り上げていた家の中で、自分用に宛がわれていた部屋から劉を呼んだ。


「劉君、私の部屋に来てくれ」

 廊下でそう呼ぶと、直ぐに劉がやって来た。

「何でしょうか、セガラン様」

 そう言いながら劉はセガランの部屋にやって来た。


「この拓本に何が刻されているのか教えてくれ」

「どの拓本ですか?」

 劉の質問にセガランが諱名と刻まれた拓本を見せた。


「それですか。見せて頂きます。これはセガラン様が北京にお戻りになる前に採ったものですね。“諱名”と刻まれておりますね」

「どう言う意味なんだい?」


諱名(きめい)と読みまして、名を言うを忌み嫌うと言う意味です。孟子に『諱名不諱姓、姓所同也、名所獨也』とあります。名を言うを忌み嫌い、姓は忌み嫌わず、姓は同所なり、名は獨処なり。個人名を言う事は遠慮しなさい。一族名は言っても良いよと言う文章です」

「個人名は口にしてはいけないが、家名は大丈夫と」


「はい」

「分かりました。全体では、何と刻まれているのですか?」


「本当の名前は、回廊を金メッキで飾る処にはない、行状を詳らかにする処にもない、人民が悔しさを打ち砕く処にもない。本当の名前は、宮殿の中で読まれるものではない、同様に庭園でも、洞窟でもない、しかし、私が渇きを癒す水道の円天井の下の水によって隠されたまゝである・・・ 続けますか?」

「ありがとう。私が期待していたものと違うな。結構です」


「他に有りますか?」

「これも教えてくれ」


「どれですか・・・ これですね、何々。“之死而致死之不仁”ですか。死に至るは、而して死に到る、これ仁にしかず」

「どう言う意味だね?」


「人への慈しみの心がない者は生きられない、と言う事です」

「分かりました。では本文を教えてくれ」


「友よ、我が吸血鬼になれ、そして毎晩取り乱さず、急がず、我が心臓の熱き酒で己を満たせ。と刻まれております」

「これを劉君はどう解釈するかね?」


「私ですか?」

「そう、参考に聞かせてくれ」


「慈しみの心がない者は人外に身をやつす。即ち厲鬼れいきに成り下がる、ですね。吸血鬼に成り下がる者ですね」

「矢張り、そう解釈するのが自然だね」


「そう思いますが」

「ありがとう。もう良いよ、部屋に戻って良いよ」


「それでは失礼します」

 そう言うと、劉はセガランの部屋から出て行った。そしてセガランは、もう一度“諱名”と“之死而致死之不仁”の拓本を見比べた。


「これは北京の求めていた物の一つだろう。そしてもう一つは私の求めていた物だろう。そうなると、明日からの調査は、暗渠水路などの確認から始めなければならないな。秦や隋時代の渭水からの水路を確認しなければならないか」



 劉は自室に戻って考えた。諱名は明らかに紫禁城の求めている物だろう。眼に見えない。水路の水の下に隠されている諱名は、恐らく財宝の手掛かりになるものだ。その可能性があるから、セガラン殿は俺に何が刻まれているのか、確認したかったのだ。幾ら日常会話が話せるようになっても、漢字が読める訳でなし。俺がいなかったら、手も足も出ない状況にある事位、分かっただろう。

 そうなると、属官様に報告しなければならないな。直ぐにでも行きたいが、遺構を確認しなければ、唯の画餅に過ぎない。先ずは明日以降、遺構の確認作業があるから、それを待ってからだ。

 その前に、今一度あの拓本の全文を読まなければいけないか。そうしなければセガラン殿だけが知る事となり、俺は埒外に置かれるからな。そうなると、彼に正直に全文を約して上げなくとも良いのではないか? 私だけが知っていれば属官様に報告が出来るのだから、そうしよう。だが、待てよ。セガラン殿が定期報告で北京に戻り、俺の通訳の通り報告したら、矛盾が生じてしまう。それは不味いぞ。仕方ない。セガラン殿にも正確に通訳しておこう。



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