65 セガランと劉そして呉
その日の中に、呉はセガランが泊っている西安の宿舎を訪ねた。セガランは部屋で、宗人府の事務官、劉保と何やら話し込んでいる処であった。
「セガラン様、劉様。陳親方の葬儀は、無事執り行われました。これで親方も迷う事なく極楽に行けるでしょう」
「呉よ。忙しい処、陳の葬儀迄係わってくれて感謝する。彼の家族はどうだった?」
セガランが代表して呉に陳の葬儀執行に謝意を伝えた。
「家族には、俺達の仕事内容をそれとなく伝えました。最初は驚いていましたが、その内納得したのでしょう。涙を流して親方の遺体に縋っていました。恐らく、子供が親方の後を継いで、この稼業を取り仕切るでしょう」
呉はホッとしたのか、家族の今後について迄喋り出した。
「お前が仕切らないのか?」セガランが怪訝な顔で尋ねた。
「私はこの稼業を親方から誘われて始めた者です。親方のように何代も続けていた訳ではありませんから、その方面の伝手はそれ程多くありません。仮に取り仕切った処で、今の現場の者達ならば大丈夫ですが、これ以上手を広げるとなると、世間も広くありませんから」
「そうなのか。私にとってはどうでも良いが、人足の方は大丈夫なんだな?」
「そこの処はお任せ下さい。何が何でもこの仕事だけは、やり遂げて見せます」
「えらい気合だな。宜しく頼むよ」
「その件について、ご相談がございます」
「何だね」
「実は、親方が俺の夢枕に現れて、『あの墳墓には悪霊が憑りついているから、お祓いをしてくれ』と言うんです。どう思われます?」
「お祓いなら、お前の知り合いに頼んでやった筈だが」
劉が口を挟んだ。
「そうなんですが・・・ 親方が言うには『あの方士には法力がない』と言っていたんです」
「法力ねえ・・・」
セガランがため息交じりに応えると、劉が質問した。
「確か、張泰山道士だったよな」
「はい」
「傍から見ても、普度は立派だったけどな・・・」
「それは、私もそう思います。ですが、親方にとっては、法力のない方士様だったのでしょう。ですから、悪霊が涅槃に辿り着けなかったのだと思います」
「そう言われてもね・・・」
そう言いながら、劉はセガランの顔を見た。劉の視線を視野に入れると、セガランはおもむろに話し出した。
「私には法力がある、ないは分かりません。どう思いますか、劉君」
「はい。私も門外漢ですので詳しくは分かりませんが、確か、姉妹墳墓の法要を執り行った廃青阿闍梨は、『護摩壇の中から火龍が表われた。地に潜む魑魅魍魎を焼き尽くし、天界へ転生させる御仏の尊いお姿が現形した。厲鬼、孤魂を火龍の火焔で浄化し、御仏の道を歩ませる、御仏の御心を感じ云々』と言っていたような」
「その坊様は法力があると」
「それは分かりません。私には、それを確かめる術がありませんので。ですから、その阿闍梨様が言われた言葉を思い浮かべ、恐らく法力があるのではないかと推測した次第です」
「劉様はその阿闍梨様をご存じなのですね」呉が尋ねた。
「あゝ。現場の雰囲気が極度に悪くなった時、人足の多くが法要を要求した事があったんだ。私には法師様への伝手がなく、悲嘆に暮れていたら、偶然にも廃青様と出会い、お願い出来た次第さ」
「正しく御仏のお導きですね」
「そうかのかね?」
「そうですとも。御仏のお導きにより、法力のある法師様に今一度、法要をお願いする事は可能でしょうか?」
呉の懇願するような口調に、劉は暫し考えこんだが、直ぐに応えた。
「大丈夫だ」
「本当ですか?」
「あゝ。寺院の再建待ちだから、頼めば応じてくれるさ」
「良かったな、呉」
セガランが呉を慰めた。呉は夢に現れた陳が、悪霊によって成仏出来ない事を己に伝えたくて、現れたのだと思っていたから、陳の成仏が可能となる法要を開けると知り、感涙に咽んだ。
セガランは劉に、法要を主催出来るのか確認した。劉の答えは可であった。その言葉に呉は泣いた。そして廃青による厲鬼寂滅法要の許可は、北京より受けなければならない。
劉は宗人府に電報で法要の実施を報告し、詳細を追加文章で求められた。法要は許可を受けた後の3日、と決められた。




