64 呉石の思い
呉石は西安郊外にある陳泰平の自宅に於いて、陳の葬儀を彼の妻や子供に成り代わって行った。そうは言っても陳の家業は祖父の代から盗人を副業としてきたので、盛大な葬儀を執り行う事は出来ない。一応、土建屋を表看板に掲げているが、付き合いは殆んどが盗人関係から始まったものである。
裏街道を歩んできた者の葬儀である以上、当局の眼に留まらない簡素な葬儀を執行するのが常だった。そうなると、陳の女房や子供は彼等の仕来りを知らないので、どの様に執行すれば良いか分からなかった為、呉がその任を買って出た、という塩梅だ。それがせめてもの陳に対する恩返しだと思って。
陳の葬儀を終え、呉は西安に向かって伸びる街道を北上した。陳の家を出ると直ぐに雑木林が点在し、その間にトウモロコシ畑がる広がる田舎道で、陳は賊に身ぐるみ剝がされたんだと思いながら呉は歩く。同じ裏稼業ながら、俺らは盗掘、彼奴らは強奪。世間から見れば同じ類いの輩と思われるが、呉はその考えを否定する。
「俺達は人様を傷付ける事はしない」
それは呉や陳が抱いていた盗人也の誇りであった。
西安に向かって進んでいると、前方から馬に跨った一団がこちらに向かって来る。見ると3騎が土煙を上げ、スピードを増して。その後にはトラックが一台付いて来ている。
けたゝましく呉の脇を一団が通り過ぎる。それ程広くない街道なので、呉は脇に避けて、一団をやり過ごした。それを追ってトラックが彼の脇を走り去る。その際、トラックの風圧を受けて、呉はヨロヨロとよろけてしまった。そして雑木林の幹に側頭部を強かに打ち付け、昏倒してしまった。視界が左右からゆっくり、暗幕を引くように閉じた。
「大丈夫だよ、呉。お前は未だ死んでいないさ」
朦朧としている意識の中、陳が現われて呉に語った。これは夢か? 呉は何も喋る事が出来ない。何か言おうとして、口を動かそうとしても言葉が出ない。
「呉よ、何も抗うな。唯、黙って俺の言う事を聞いてくれ」
呉は言葉が出ないので、仕方なく頷いた。
「俺が死んだのは、賊に殴打されて、頭の中に血が溢れたからなんだ。早くに手当てをすれば良かったんだろうが、その手当をどうすれば良いか分からなかったから、寿命が尽きたんだよ。それでお前に伝えたい事がある。良いか、良く聞けよ。あの墳墓には良からぬ霊魂が住み着いている。セガラン様が言っていた、ターロアやタネなんかじゃない。何か得体の知れないものだ。だから法要を行ってくれ。あの方士様じゃ駄目だったから、徳の高い、法力のある方にお願いしろ。俺からはそれだけしか言えない。分かったな。目が覚めたら、セガラン様と良く相談しろ・・・」
そう言うと、陳の姿は煙のように消えていった。そして呉の意識は戻った。視界は倒れた時とは反対に、中央から暗幕が左右に引かれるように開けた。フラフラしながらも木に手を付いて、己の身体を支え、二重に見えた風景に焦点が合い、くっきりと見え出した。
呉は覚束ないながらも歩みを始めた、西安に向かって。
西安から南に向かって疾走する3騎の一団、それを追うトラック、馮の部下が市内を荒らす山賊を発見して追い詰めている処に呉は出くわし、とばっちりを受けた訳だ。道は舗装されている訳でもなく、勿論真っ直ぐに広い道でもない。確かに西安城壁辺り迄は整備され利便性が良いが、此処迄来ると田舎の道と大差ない。
荷台に兵士を乗せているので、トラックは思った程スピードは出ないし、道が荒れていて、荷台の揺れがきつい。兵士は荷台に掴まりながら前方を見ている。とても発砲する状態ではない。運転手は兵士が荷台から放り出されないよう注意しながら運転し、スピードを上げようとする。
賊とトラックの距離は一向に縮まないが、広がりもしない。まるで馴れ合いの追跡劇の様だ。
どれだけ進んだのか、何時しか賊と陝西省新軍は、終南山の麓に来ていた。目の前には山々の頂きが迫っている。幾つもの尾根に向かう山道。幾筋もの山から流れ落ちる川。
馬に乗った一団は広い山道を登って行く。それはトラックでも走行出来る道を選んでいるかのようだ。
坂道になり、馬のスピードが落ちた。トラックのスピードも落ちた。しかし、坂道は踏み固められているので、路面状況は却って良い。荷台の揺れが左程なくなると、兵士は一斉に小銃を前方に向けて発砲した。発砲は出来るが、当たりはしない。大きな揺れはなくなったが、小刻みな振動は未だあるのだ。そのような状態で的に当てる技量の狙撃手がいるだろうか。




