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62 陳の異常

 蹲って苦しむ陳の様子を見たセガランは、その場で彼を仰向けに寝かせて、頭の下にはタオルを敷いて地面の冷気が伝わらないようにした。彼の身体の上に、セガランは自分の作業着を被せて彼の体温低下を防いだ。そして彼の容態を暫し観察する。両手で頭を覆い、「痛い」と連呼していた陳の様子が落ち着き、「頭痛が収まった」と言い出した。何かを感じたのか、セガランは彼に質問した。

「陳、聞こえるか? この指、何本に見える?」

「人差し指が何か?」


「だから何本に見える?」

「一本にしか見えませんよ」


 陳の答えを確認すると、セガランは陳の顔の前で指を左右に動かし、陳の眼球や瞳孔の動きを観察し、陳に告げた。

「西安の医者に診てもらえ。そして自宅で静養する事だな」

「どういう事ですか? 私は何処か悪いんですか?」


「それは分からない。分からないから医者に診てもらいなさい、と言う事だよ」

 呉は動かない二人の会話を大人しく聞いていたが、セガランの煮え切らない応えに業を煮やし、難詰気味にセガランに質問した。


「セガラン様。親方は大丈夫なんですか? 頻りに親方の眼の心配をしているようですが」

「それは、そうだろう。倒れた拍子に頭を打った可能性があるのだから、脳に異常がないか確認しなければ」


「そんなに酷いのですか?」

「それが此処では分からないから、医者で確認したいんだよ。それに身体に損傷がなくとも、頭を強打した可能性もあるから、中が心配だ」


 セガランの説明を聞いて、呉は陳の顔を見た。呉の視線が己に向けられた事で、陳は酷く動揺したようだ。

「セガラン様。私はどうすれば・・・」

「兎に角、医者に診てもらう事が先決だな。西安に知り合いの医者は居るか?」

「いえ、居りません」

 不安気に応える陳の顔は蒼白く、唇は渇き、両手は微かに震えているようにも見える。


「呉よ、お前は陳を西安の医者に連れて行ってくれ。知り合いの医者がいないのなら、代理の馮から医者を紹介してもらえるよう、劉から馮に掛け合ってもらいなさい。その後は医者の指示に従いなさい、良いね」

「はい」

 呉は全て理解したのか、あやふやな答えで応じた。陳は不安な様子を隠しもせず、セガランの言葉を聞いている。


 呉は人足に、陳をトラックの荷台迄運ぶよう命じた。人足4人で陳を担ぎ上げ、トラックに運び込まれる様を見ている多くの人足の顔からは、漠然とした焦燥感がその表情から伺えた。

「何が起こったんだ?」

 一人の人足が呟いた。その不安が全員に伝播するのに然程時間は掛からない。一様に全員、陳が荷台に乗せられ、走り去る迄見入ったように、その場に立ち尽くしていた。



 西安からもたらされた話しによると、陳はトラックの荷台の上で、西安に着く前に亡くなったと。

 呉は陳の遺体を西安郊外にある陳の自宅迄届け、葬儀の段取りを執り行って帰って来た。セガランに事の顛末を話し、その脚で陳の葬儀に出席する為、現場から去って行った。

 現場に残っていた人足とセガランは、陳と呉のいない現場で作業を進めていたが、勝手が違うのか何となくぎこちない進捗であった。


「この現場、大丈夫なのか?」一人の人足が呟く。

「何が?」応える人足。


「祟りじゃねか?」

「え?」


「親方は厲鬼に祟られたんだよ」

「そんな馬鹿な・・・ 法要で鎮められたんじゃないのか?」


「それなら何で、親方が急死するんだよ」

「だって(かしら)も一緒に堕ちたんだぜ。何で親方だけが死ぬんだよ」


「そうだよ。二人一緒に堕ちたんだぜ。二人共頭を打っていて可笑しくないのに、親方だけ頭を打つなんて、怪しいだろ」


「そうか?」

「そうさ。そうに決まってる。第一、親方は現場に来る前に賊に襲われて、身ぐるみ剥がされたんだろ」


「そう聞いたな」

「何故親方だけだよ」


「どういう意味だ?」

「だから親方は祟られていたんだよ。この現場の責任者だから、絶対そうだ」


 人足の間で、陳は厲鬼の祟りで死んだとの噂が広まった。初めは一人二人の雑談であったが、全員に伝わる頃には、現場が呪われているからだと言う者迄出てしまった。ある者は方士の法力に疑問を呈する程だ。そうなると人足の不安はセガランにも伝わり、何等かの善後策を施さなくては、作業を進める事もまゝならなくなってしまった。

 セガランにとって相談出来る人間は、呉か劉しかいなくなってしまった。それとも代理の馮に援助乞うべきか。


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