61 秦の遺構 2
翌日も石棺の掘り下げ作業が続けられた。地表から既に2mは掘り下げられたゞろうか。人足達の姿は、離れた場所からは全く確認出来ない。見えるのはトラックや滑車が組まれた櫓と、その周りにいる数人の男だけが、地上で視認出来るものだった。後はトウモロコシ畑と雑木林だけである。
「底が見えたぞ」
或る人足が大声で叫んだ。呉が歩み寄り、それを確認する。石棺の基底部だろう。呉はセクションを確認しながら、納得したように陳に底が見えた事を報告した。陳は石棺の底に丸太を数本入れて、移動させるよう彼に指示した。
0.9×0.9×2mの石棺がトラックに繋げられたロープで移動された。その下は? 何もなかった。
同じ作業が続けられ、12の石棺の中4本目を移動させた時、明らかにそこだけ色の違う土が表われた。
呉は人足にそこを掘り下げるよう命じた。人足が0.9×0.9mを10cm、20cmと掘り下げ、30cm程掘り下げた時、その穴の底が陥没して、人足がその穴に落下した。作業を監視していた呉が急いで人足を助け出そうと駆け寄り、首が土に埋まる寸前に人足の服を掴み、引き戻そうとした。それを見ていた陳やその他の人足も駆け寄り、彼の手助けをする。何とか数人の力で肩迄土に埋没した人足を引き上げた。
セガランも心配そうに彼等の救出作業を見守っている。徐々に引き上げられる人足を見て、何処にも怪我がなさそうに見え、セガランは安堵する。
「何があった」
人足の無事を確認した後、セガランは陳に訪ねた。
「セガラン様。どうも石棺の下に、未だ何かの遺構がありますね。一部の地盤が陥没したようで、空洞があるように思えます。自然に出来たものなのか、そうでないのか、未だ確認出来ません」
「そうか」
セガランは少考した、このまゝ掘り進めるべきなのか。不測の事態を想定すると、人足達の安全を考慮に入れなければならないが、作業が大幅に遅れる可能性もある。管理者として如何にすべきか逡巡するも、彼は決断した。
「陳。悪いが作業は続けてくれ。余り時間を取られたくない。殿下への報告もあるし、何等かの成果が欲しいんだ」
「分かりました」
陳は傍らにいる呉と何やら話し込み、呉が軽く頭を下げた。二人の顔からは不安も不満の表情も見えない。かと言って、納得した顔にもセガランには見えなかった。彼が作業と人足の安全を天秤に掛け、作業を優先した指示を出した事に、二人には何か含むものがあるのだろう。セガランはそう考えた。それでも任された仕事に対する責任から応じた姿勢は、彼に対する認識を少しは変えたのかも知れない。
とまれ、作業は奨めなければならない以上、個人の感情は脇に寄せなければならない。二人は陥没した穴を覗き込んだ。そう深くはないが、土は柔らかそうに見える。陳は手を伸ばし、陥没した土を手に取り、土質を調べた。
今迄の層土は粘質交じりであったが、この土には粘質性の土丹塊がなく、比較的砂質上のものと彼には思えた。
その様に考察していた処、彼と呉の居る場所の土が陥没した穴に向かって少し流れ込んでいるのが陳には見えた。それが徐々に増える。
「不味い」そう思った瞬間、二人の地盤が再び陥没した。粒質の細かい砂質の土が舞い上がり、二人の姿を覆い尽くした。
慌てゝ近くの人足が駆け寄り、二人を救出しようと集まった。舞い上がった砂が落ち切る前に彼等は二人を確認した。初めに陥没した穴を中心に直径3mの穴が新たに出現し、二人はその穴に落ちていた。穴の深さは3m程。
一人の人足が気を回し、ロープをすり鉢状の穴に投げ入れた。陳と呉は慌てる事なく初めに陳が、次いで呉がロープを頼りに穴から這い上がって来た。
セガランはホッとした。人足の安全よりも、作業を優先した指示を出したばかりだったから。
急いでセガランも発掘中のグリットに降りて来た。そして人足の機転により助けられた陳と呉に近付き、無事を確かめる。二人に怪我などの異常は何処にもなかった。人足と陳、そして呉の三人が陥没した穴に落ちたが、誰もケガする事なく、無事であった。セガランは神に感謝した。無神論者ではないセガランだが、医療の現場で数多の死者を診る事で、何時しか神の存在に疑義を感じるようになっていたが、今は三人の無事が神の御業かと感謝する面持ちであろう。
「良かった。本当に良かった」
セガランは二人の身体に手をやり、無事を喜んだ。
「ご心配をお掛けして申し訳ございません。空洞があるとは思ていましたが・・・」陳がセガランに頭を下げた。
「セガラン様、申し訳ございませんでした」呉も頭を下げた。
「二人が無事であったゞけで良いんだ」
セガランは二人と交互に握手をし、二人の無事を喜んだ。
その最中、陳が頭を抱えて苦しみ出した。
「痛い、頭が痛い。割れるように頭が痛い」
そう言うと、陳は頭を両手で覆い、その場に蹲ってしまった。




