57 海洋民族 3
「丁度良いから、その事について話そう。南支那や台湾の人が舟に乗って南太平洋の島々に移り住んだ。それがゲルマン民族の移動と同じように、モンゴロイドの移動と言われているのさ。それが5千年から3千年前に起こった。この事を伝えているのか知らないが、南太平洋の国々の神は、海の彼方から来たと伝承されている。主要神のタアロアは海神とも解釈されているのだが、史記に書かれている始皇帝の伝説に、海神に石橋の建設を依頼した文章があるね」
「在ります。始皇帝は海神をも使役する、偉大な皇帝であったと言われていますから」
「始皇帝は海神を知っていたと言う事は、タアロアも海神である為太平洋、南支那海、東支那海何処にでも現れると言う事ではないか?」
「セガラン様は、海神は塔洛阿であると仰る訳すか?」
「そうとは言わないが、可能性はあるだろ?」
「私は学がないので分かりません」
「呉はどう思う?」
「私も無学ですが、先程のセガラン様が説明為された神農、伏義の時代に、我等支那民族が東海の三神山を目指して、世界の果て迄辿り着いた事は、山海経にも記載されております事から事実ですので、塔洛阿も始皇帝が使役したに違いありません」
「おいおい、随分熱が入っているな」
「親方、我等民族の歴史を西洋の偉い学者である、セガラン様が絶賛されているのですよ。これ程愉快な事がありますか? 義和団事件で西洋に屈服し、日清戦争では東夷に敗れ、東北ではロシアに首を垂れ、今の清国に先が見えない時、過去の栄光を蘇らせ、未来の世界にそれを伝え、漢民族の栄誉を復興させましょう」
呉は珍しく熱の入った話しをした。セガランも陳も呆気に取られ、呉の話しを静かに聞いていた。
「呉よ。何時から、反清復明になったんだ?」
呉は陳の言葉に直ぐに反応した。
「滅相もない。そんな恐ろしい運動には加担しませんし、そのような考えもありませんよ。第一、私は親方と同じ立場ですよ」
「冗談だよ。同じ盗人仲間なんだから、それは良く知っているよ。馬耳東風、受け流してくれ」
「親方、冗談はなしですぜ。今は物騒な世ですから、官憲に眼を付けられたらお終いですよ」
「そうだな、済まん」
陳が手を挙げて謝罪の意を示すジェスチャーを見て、セガランが口を挟んだ。
「そろそろ良いかな? 先程の話しの続きなのだが、タアロアは神話として伝わっているので、現実に存在した始皇帝と同じものと解釈してはいけない。だから『かも知れない』位に考えてくれ。5千年前と紀元前220年とじゃ、時代が違い過ぎるじゃないか」
「セガラン様の仰る通りですね。始皇帝は実在しましたが、海神との関係は伝説ですから、幾ら史記に書かれていたとしても、鵜吞みには出来ませんね、違うかい、呉」
「セガラン様と親方からそう言われたら素直に従うしかないじゃありませんか」
「呉、勘違いするなよ。私が言っているのは、事実と伝説は史記に書かれていても判別つかない。文章を解釈する人の立場に拠って、異なる事もあると言いたいのさ」
「セガラン様の仰る事ですから、そうでしょうね。学がないから判断なんか出来ませんよ」
「それじゃ困るんだがな」と言いながら陳が茶化した。
「何時迄もこういう話しをしていても先に進まないから、結論から言おう。君の見た夢は、君の抑圧意識が解放されて表層意識に浮かび上がって来たもので、南太平洋へ小舟で渡る行為は、君の一族の始祖が広東から南太平洋、南太平洋から広東へと往復していた過去の記憶が何らかの理由でタガが外れて現れた結果だ。島民との会話が支那語だったのも日常で使用している為、ストレスなく使えるからさ。そして、タアロアだが、これは夢を見る前に、呉と法要の話しをしていた事に関係しているね。鎮める対象の厲鬼を直接出現させるのは君にとして恐怖、ストレスだったのだろう。それで別のものに置き換えたという訳さ」
「凄いですね。私の見た夢にはそんな訳があったんですか」
「恐らく、だがね」
「それで、私の後ろに見えた、白波と小舟は?」
セガランは言葉に詰まった。
次回2作は、前作品の後日談を投稿しますので、休みます。




