54 夢の続き?
塔内と聞こえて来た名が小さくなり、聞こえなくなった。おもむろに陳は大海の上を漂う小舟の中にいた。見渡す限り青い海と白い波、水平線の彼方迄見るも、何もない。
陳は、これは夢の続きなのか、と思った。今朝不思議な夢を見て起き上がり、家を出て直ぐに後頭部を鈍器で殴られ気を失った。
これも夢の続きなのか? それにしてはいやに現実味があったが。夢と現実との狭間が溶け込んで、曖昧な状況なのかとも思ったが、そうなると生命の存在が気になった。もしかしたら、これは死後の世界なのではと感じ出した。現世と彼岸の間には川があり、そこを超えたら死後の世界だと聞いた事がある。
俺は一人で大海の中にいて、静かに小舟が水平線の彼方へ向かって進んでいる。勿論俺が舟を漕いでいる訳ではないが、自然と進んでいる。進む先には何がある? 天国なのか、地獄なのか?
波に乗って進む舟から見る光景は何時迄も変わらない。すると陳は自分が死んでしまったと思い始めた。
「夢から覚めたと思ったら、又夢の中」
そう考えた後、彼はこれを否定した。
「俺は起きて、家を出て賊に襲われて死んだんだ」
陳は、この考えに到った。その方が納得出来るし、流れとしては自然だ。夢が順を追って続く訳がない。そう考えると気分がほぐれ、今迄の緊張感が徐々に弛緩するのが分かった。そして肢体に意識を巡らしても、何も感じない事も分かった。
「俺は死んだんだ。この肢体から何も感じない感覚が死なのだ」
そうなれば肝も据わった。最早何もする事はない、否、出来ない。極楽へこの舟が己を運んでくれるのを待つばかりだ。
そうこうする内に、水平線に陸地が見えた。陸地が見えたと思ったら、既に舟は浜に着底している。陳は舟から降り、浜の砂を踏みしめた。素足の下からは、砂を踏む感覚が伝わって来ない。
「もう五感が失われたか」
寂しくもあったが、死んだ以上この世に未練はない、と自分を納得させる。
砂浜を歩き、浜辺から見える林に向かうと、何処からか住民が姿を現した。
「お前は誰だ?」住民の一人が尋ねた。支那語だ。
「私は陳、陝西省の者です」そう言ったのだが、相手には伝わらないらしい。頻りに首を傾げる。
「Taloa? タアロア様ですか?」
「否、私は陝西省の陳泰山です」
「タアロア様、良くお出で下さいました。住民一同歓迎致します」
「否、違う。陳です」
「タネ様はご一緒では?」
「誰ですか?」
「タアロア様お一人でいらっしゃったのですか。それは残念でした。他の島々では、お二人で行動すると聞いておりましたので」
話しが全く嚙み合わない。彼が幾ら自分は「陝西省の陳だ」と言っても、相手はタアロアと聞こえるのか? 彼には住民の言葉は支那語として聞こえて来るし、住民の言葉が未知の言葉でない事は分かる。相手の話しは理解出来るのだが、相手は自分の言葉が分からないのか? そんな事はない。支那語を話しているのに支那語を聞き取れない事などあり得ない。第一、己の名前以外は理解した返答である。すると己の発音が不味いのか、多分、南支那海の何処かの島なのだろう。それで通じる単語と通じない単語があるのだろう。陳は無理やりそう理解して、自分を納得させた。
「タアロア様。矢張りタネ様もご一緒ではありませんか」
何を言っているんだこの男は、と思ったが、他の男の視線が自分以外にも向けられているのが分かり、陳は状況が理解出来なかった。
「私共が村にご案内致します。こちらにどうぞ」
そう言って、年長の男が先導役を務めるようだ。何が何やら訳の分からない状況に置かれているが、己を歓待する気はあるらしい事は理解出来た。
しかし、己は一人なのに、何故彼等は二人と認識したのだろう? そう感じながら、ふと陳は後ろを振り向いた。
するとそこには白い霧状のものと小舟らしきものが中空に漂っていた。びっくりして腰が抜けるのかと思う程、陳は驚いた。言葉では言い表す事など出来ないようなショックが、彼を襲った。
「幾ら死んだとは言え、この驚きは何だ?」
心臓が止まるかと思ったが、もとより彼は死んでいるのだから、心臓は止まっている筈だ。彼は心臓の位置に右手を当てゝ、鼓動を確かめる仕草をしてしまった。
その場面で陳は目を覚ました。後頭部に異常な痛みを感じながら、辺りは明るい林であった。彼は失神したが気が付いたのだ。




