50 科儀の効果は
張は香炉に抹香を焼べ、線香を焚いて炉に立てた。揺らめく紫煙が細くではあるが天に昇って行く。
1人の道士が祭壇に積み上げられた紙銭を祭壇から取り出して、祭壇の脇に置いてある金盥に投入して火を付けた。紙がメラメラと燃え広がり、焔が立ち上がる。次々と彼は紙銭を投げ入れる。
燃え上がる炎を見ていた残りの2人は護符を手に持ち、科儀参加者一人一人にその護符を手渡し始めた。5人の人足に一人一枚を渡し終えると、呉の前に護符を持って来た。彼は恭しくそれを頂く。
呉の隣りでそれを見ていたセガランにも、道士は護符を差し出した。セガランも呉が受け取った動作を真似て、それを受け取った。
セガランは道士から渡された護符を見た。そこには文字、否漢字ではなく、上と下には線で描かれた文様があり、その文様の中心にはトンボのような生き物を描いた図が位置していた。良く見ると、羽が8枚描かれている。明らかにトンボではない。では何が描かれているのだろうか?
「呉よ」
「何でしょうか、セガラン様」
「私が貰った護符には何が書いてあるのか、分かるか?」
そう言ってセガランは自分の護符を呉に見せた。
「何でしょうね? 分かりませんわ」
「おいおい、漢字なんだろ?」
「さあ、漢字ではありませんね。但し、上と下は漢字らしいですが、儂らは読めませんから」
「そうだったな、悪かった。漢字を『習っていなかった』と、言っていたからな。忘れていたよ、すまん」
「良いんですよ、そんな事位。セガラン様と方士様以外、誰も字が読めませんから、気にしなくとも構いませんよ。でも何でしょうね、それは?」
呉は前に、陳と二人は子供の頃から働いており、学校には通った事などないとセガランに語った事があった。そして、セガランが支那人の2人に漢字を教えた過去があった。
「詳しくは分かりませんが、トンボは蚊や蜹、虻、蚋、蝗などを捕食してくれるので、農民にとって農作物を害虫から守ってくれる神兵の如きものですから、そこから来ているかも知れません」
「そうか。清国では益虫となっているのか。それで羽根が6枚なのは?」
「さあ、何でしょうね。普通は4枚ですから、それ以上の存在として、描いたのではないですか?」
「そうか・・・ ところでお前の護符はどのようなものだい?」
呉の護符に描かれているであろう図柄に興味を持ったセガランが彼の護符を見たいと伝えるが、呉はそれを拒否した。
「セガラン様、護符は道士様が我々一人一人に、直接手渡しでお授け下さったものですから。謂わば、個人のお守りになる訳です。それを他人に見せるという事は、お守りの効能を失せる事に通じますので、ご勘弁下さい」
「護符とはそういう物なのか」
「そうです。ですが、セガラン様はご安心下さい。貴方は西洋人ですし、道教の信者でもありませんから、三界公のお力も必要ないでしょう」
「脅したりすかしたりで、忙しいな」
「セガラン様は、我々に仰ったではないですか。『人は死ねば無になる』と。『死後の世界は、宗教で語られるもの』だと」
「そんな事言ったか? 言ったような、言わないような・・・」
「私の記憶も曖昧ですし、うろ覚えですからどうでしたか?」
「そう言ったか覚えていないが、それに近い事位言ったろうな・・・ 確か、医者としての立場で」
二人が話している間も、張の斎事は続いていた。
「・・・以上の事に拠り、お前達の罪状は詳らかになり、極刑に値する事を宣告した。故にお前達が前非を悔い、刑に服するのならば、十真君から大羅玉清元始天尊、大羅上清霊宝天尊、大羅太清道徳天尊に奏上文が奉られるであろうから、臣たる張として、お前達の言い分も聞き、一部は認められもしよう。ならば、その心情を斟酌し、罪一等を減じるよう伝えもしよう。その為の供物も冥銭も捧げられた。故にその命に服し、己の罪状を認め償え。此処に臣、張泰山、三界公に申し奉る・・・」
張の朗々たる声が響く中、3道士が又しても祭壇に置かれた紙銭を金盥に焼べた。炎は勢いよく燃え上がった。




