47 陳現れず
翌朝、咸陽の現場に呉石は方士と新たに契約した人足を伴ってやって来た。彼の連れて来た男は好々爺然とした、見るからに気の良さそうな男であった。
セガランは二人に挨拶をした。
「おはよう、呉」
「おはようございます。セガラン様」
方士は二人がフランス語で挨拶をしたのに驚き、目を白黒させている。
「その者が、昨日陳の言っていた方士様かい?」
「左様でございます。方士様、こちらが北京から来られました、セガラン様でございます」
呉は方士にセガランを支那語で紹介した。
「私がこの現場の責任者になる、ビットル・セガランです」
それを受け、セガランも支那語で自己紹介をした。
「お初にお目に掛かります。私は方士の張泰山と申します。今回は大事な斎をお任せ頂き、感謝申し上げます」
方士の支那語をフランス語に通訳して呉がセガランに伝えた。
「私はキリスト教徒ですので、貴国の宗教には詳しくありません。更に言いますと、医者でもありますので、この国の宗教観に疎く、陳や呉に全て任せました。色々意見もありますが、皆が安心して働ける環境にするのが大切ですので、お願いしました。それでお任せして大丈夫ですか?」
呉は通訳しようとしたが、セガランの早口に彼の言葉が追い付かず、仕方なく少し端折って伝えた。
「お任せ下さい」
そう言いながら、張は現場を見回した。呉の通訳も短い。
セガランも彼に釣られて一緒に現場を見回した。特に気になる処でもあるのか? そういった類いの行為なのだろう。
「方士様、大丈夫なんですか?」
呉が張に尋ねる。
「いやあ、何でもないよ。始めて来たから、物珍しくて、辺りを見回しただけさ」
それを聞いて、「何でもない」とセガランに通訳する呉の表情から安堵するセガラン。
「何時から始めるのですか?」
呉が張に時期を尋ねると、「何時でも」と彼は返した。
「何時からでも良いと方士様は言っておられますが・・・」
「分かった。それでは陳が今いないけれども、彼と相談して進めてくれ」
「分かりました」
そう応えて直ぐに、呉はセガランに尋ねた。
「それで、親方は何処にいるんですか?」
「いや、知らないよ。何時も一緒だったから、君が知っていると思ったんだが・・・ 彼がいなくなったのか?」
呉の素っ頓狂な受け答えに、セガランが語尾を強めて尋ねたが、呉は言葉を失ったように無言であった。彼の顔は土気色になっていた。
二人のやり取りはフランス語であったが、尋常でない会話のボルテージに違和感を覚えた張が、どうしたのか、という風に彼等を見ている。
呉は暫くして昨日に於ける陳との会話を思い返し、土気色の顔が徐々に青くなっていった。「祟りの対象には二人も入る」と、陳は呉に言ったのを思い出したのだ。
呉の額に脂汗が滲み出て来た。心配した張が呉に話し掛けた。
「呉よ、顔色が悪いぞ。大丈夫なのか?」
張の言葉に何の反応も返さない呉。二人の支那語が分からないセガランは、どうなっているのか訝しむも、沈黙している。
暫しの沈黙の後、呉が口を開いた。
「セガラン様。貴方の言い付け通り、姿を消した人足の家を訪ねました。夫婦者の家では、『暗い内から仕事に出た』と女房が言っておりました。そして、独り者の家は大家や同居人もおらず、行方は分かりませんでした」
「そうか・・・」
「そして、今日は親方が来ておりません。親方は責任者ですから、必ず現場には、何はなくとも来ます。それが今はどうでしょう。親方も厲鬼に祟られ、あの世に連れていかれたのでしょうか? そうならば、早く方士様にお願いして、親方を連れ戻してもらいましょう、セガラン様」
震えながら喋る呉を見て、セガランは何も言えなかった。それを見ていた張は凡そのやり取りはフランス語であろうと、二人の表情から察しがついた。
「これは些か、急がないといけませんね。呉さんよ。早速、斎に掛かるので、手伝ってくれないかい」
張はそう言いながら、呉の肩に手をやり、呉の顔を覗き込んだ。彼の顔を見た呉は、直ぐに応じた。
「急いで親方を連れ戻そう」




