42 碑文を調べる
ヴィトル・セガランは宿舎で今迄採取した石碑の碑文の写真、拓本を机の上に広げ、眺めていた。
何ヶ月か前迄、劉が思っていた様に、彼は支那語が読めなかった。しかし、多量の碑文の拓本を調べる過程で、何時迄も通訳に頼っていては、彼の意図する碑文を発見出来ない事は自明であった。己で碑文を解読しなければ、彼の研究は進展しないのだ。彼は短期間で支那語をある程度理解した。勿論完璧ではない。しかしながら、陳や呉に碑文の内容を彼なりに解釈して、説明出来る程には理解した。
彼の目の前で開かれている碑文の拓本が幾つかある。“諱名”と“之死而致死之不仁”の拓本もあるが、それらは端に寄せられていた。“作大淵之樂”、“作承雲之樂”、“太祖文皇帝之神道”などが並べられ、彼は一つ毎、丁寧に拡大鏡で文字を調べている。
この詩の解釈の前に、彼がこの後発表した詩から、彼が記した注釈を見てみよう。
「原始的な三賛歌。三人の摂政が名付けた、湖、霊魂、密雲は全ての記憶から消されている。
このように三賛歌は組み替えられた」
彼は詩を発表する前、既に改編された碑文であると、断じているのである。そして彼の解釈が碑文の前に記されている事が、後世彼の詩には碑文の本来解釈され得べき字句が隠されていて、そのカギを見つける事が出来れば、神秘に満ちた碑文の全容が解明されるのだと噂されている。
では進めよう。
先ず初めに、彼は“作咸地之樂”を読み込んだ。
「湖は丸い手の平の中で、天の表情をはぐらかす。
我は天を観察する為に湖の周りを詳細に調べた。
親愛なる12宮の木霊が反響する湖。
我は、耳に心地よいトーンを安定させる12点鐘を鋳造した。
動いてやまない湖、逆に流動的な天、響き良い鐘
我が力量を受けた男は、強力なる天帝の下、彼の周りに影響を及ぼす。
それ故、我は治世賛歌を名付けた、湖と」
この詩の解釈は西洋と東洋とでは異なるであろう、12星座と12支、神々の王と天帝。しかしながら、絶対主への賛歌である事には違いはないが。
次は“作大淵之樂”4行詩だ。
「深淵に面と向かい、男は顔を傾げ、敬虔な思いに浸る。
男は空洞のある洞穴の底に何を見る。地下の夜、暗闇の帝国か。
私は、己自身に首を垂れ、己の心の奥底を直視し、身震いする。
私は墜ちて行くのが感じられる、目覚めても、その夜に見たものを呼び覚ましたくない」
彼は声には出さないが、碑文を読み続け、それを母国語に置き換えてみた。するとこの碑文は現世の事象を記したものでもあるが、形而上的意味を含んでいたのが分かった。“地下の夜”、“暗闇の帝国”は紛れもなく地獄を指している。
これは彼の探していたものなのか? 摂政王の求めているものなのか? 少なくとも調査対象である事は間違いない。
更に彼は“作承雲之樂”の碑文を読み始めた。こちらも4行詩。
「厚い雲は穢れなき至高たる天帝の思いが具象化したものだ。寛大なる思いは雨粒で満ち溢れている。
別の思いは気掛かり、正義そして陰鬱な怒りを轟かす、雷雲。
我が心の広大さを受け入れるか、我が身たる雷雲に項垂れる男は天子たる我を通して古の天の思し召しを知る。
その事の為我は我が統治の賛歌をこう命名した、承雲と」
こちらは明らかに天帝や神の意志、意識、彼等の決定がもたらす現象を記したものだ。
明らかに神仙思想の世界を連想する碑文は、日本で沈から講義された秦朝での世界観であり、セガランに調査を依頼した摂政王の求めているものでもあった。
セガランは机の上に置いた碑文の拓本を一つ一つ読み込んで行った。神や真人、仙人を讃える碑文を見つけ、始皇帝の探し求めたもの、彼が求めて残したものを見出そうと。
“太祖文皇帝之神道”
この碑文は鏡文字で刻された碑文である。




