41 人足失踪
「セガラン様。これは何かの祟りではないでしょうか?」
呉の質問にセガランは当然ながら応えられない。それはそうであろう。劉保が言うように、西安で廃青に厲鬼調伏を依頼し、人足間に広まった祟りへの恐れを鎮めはした。しかし、セガランにとっては、僧侶の言う神も仏も悪鬼も霊魂も眼にした事はないし、法要で厲鬼が鎮められた光景を見た事もなかった。最も劉が言っていた、僧侶が諸仏を降臨させ、御仏の力によって鎮魂がなされたと喧伝していると。
「それはどうであろうか? 陳も呉の言うように悪鬼羅刹の類いによるものだと思うか?」
「はい、私も呉と同じように孤鬼、厲鬼の仕業だと思います。そうでなければ、人足が一人も姿を見せないなんて、あり得ません」
「支那人は殆んど、そう考えるんだな・・・」
「どういう事ですか?」陳が尋ねた。
「実は、西安の姉妹墳墓での作業中、人足達の中に神経を遣られた者が出たそうだ。そこの責任者が言うには、お前が今言った『厲鬼の仕業』だと言いふらす者も出て、大変だったそうだよ。最も私は彼の説明を聞いて、巡撫が人足を脅し過ぎて、人足達が怯えてしまった結果だと思うんだが。皆は、そうは思わなかった。お蔭で作業は大幅に遅れ、見通しが立たなくなってしまったそうだ」
「それで?」
「責任者は仕方なく、皆の不安を払拭するには、霊魂を鎮める法要しかないと判断して、都の偉い阿闍梨さんに頼んで、法事を行なってもらったんだと。そうしたら寝込んでいた人足達が回復して、作業が再開されたと言っていたな」
「やっぱりそうだ。親方、人足達が姿を消したもの厲鬼の仕業ですよ。こっちも法事を遣りましょう。絶対厲鬼の祟りですよ」
「そうだな。俺も呉の言う通りだと思うよ。どうですか、セガラン様」
「私には分からない。私の国では死者が祟るなどあり得ない事だからね。人が死ねば肉体は滅び、何も残らない。勿論、霊魂等は存在しない。これは医者として人の死を見て来た経験から言うんだ」
「セガラン様、それはセガラン様の世界での話しでしょ? こゝ、清国では至る処に霊魂は存在します。その中には生前の思いに縛られて、この世に、恨みつらみを残して死んだ者も多くいます。それらの霊魂は供養されず、成仏出来ないで彷徨っているんです。ですから方士様や法師様に供養して頂くのです。そうしなければ、何時迄も彼等は生者に祟るのです」
「人は弱い者である。だから何かに寄り添える対象を求める。それが宗教である、と私は思っているんだ。だからと言って、君達が弱い人間だ、と言っているんじゃないよ。一般論での話しさ。だから、私は宗教を否定はしない。君達の世界ではそれが必要であると認識されているんだから」
「良く分かりませんが、セガラン様。人足がいなくなった以上、作業をする者を集める必要があります。集める為には、厲鬼を鎮める必要があります。そうしなければ、祟られた現場にはどんなに金を積まれても、人は集まりません」
陳は呉の顔を見ながら、セガランに話した。呉も彼のいう事に相槌を打った。
「君達の言う事は分かった。しかし、法事を行なう前に、今一度、いなくなった人足達の行方を調べてくれないか? もしかしたら、金払いの良い現場に移動したかも知れないから」
「分かりました。もう一度、人足の行方を捜してみます。そして、行方知れずと分かった場合、法事はして頂けますね?」
「それは行うよ。発掘を再開しなけりゃ、ならないからな」
セガランの話しに納得したのか、陳と呉は二人で何か話し合い、呉がそのまゝそこを離れて行った。セガランはそれを黙って見ていた。恐らく、法事をしなければ、人を集める事は厳しい、と陳から言われる事を想像した。
そうなると、この支那でセガランは儒教、仏教の知り合いは一人もいない。唯一の伝手は、劉が西安で行った法要に参加した僧侶を紹介してもらうしかないか。それとも、陳か呉に頼むしかないか?
本分と関係ないのですが、お話しゝます。湯野上温泉に行ってきました、何十年振りに。大内宿を見学していた時、雪が降って来て、「初雪だ」と店の女主人が我々に言いました。そして、「初雪を見ると幸せが訪れるよ」とも付け加えたのです。翌日、隣町の不動産屋から除外申請及び農転の仕事が舞い込みました。その地方の言い伝えや伝承も信じる事が出来た次第です。人智の及ばない何かゞあるのでしょうか? 偶然にしては出来過ぎです。




