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4 ヴィットル・セガラン

 男の名前はヴィットル・セガラン。未だ清国に来て日が浅く、支那語が喋れなかったし、漢字も読めなかった。全てを通訳に頼っていたが、陝西省の咸陽市に着く頃には、日常会話で意思疎通する程には上達した。


 彼はフランスの海軍医官であったが、詩人、作家、探検家でもあった。その彼が清国からペスト対策で招聘を受けたのだが、清の国内で遺構調査に携わっている事は、一部の者しか知らない。その彼であるが、清国には妻と妹を伴って赴任した。しかし、調査は長期に渡っていたが、妻の帯同は清国政府によって拒否された。彼は妻と妹を北京に残す事が心配で、政府に要請して、二ヶ月に一度北京に戻る事が許された。その滞在は数週間に及び、彼と妻及び妹にとって、異国に住むストレスを癒す手段になった。


「我が愛しい妻。僕は今中国の中央部にある街で調査をしています。漢時代なのか晋の時代なのか分かりませんが、その墳墓は三姉妹のものらしいです。政府の要請で余り詳しくお知らせ出来ませんが、病気や怪我もせずに働いていますので、安心して下さい。北京には我が友人、ジャン・ラルティーグもいます。何かあれば彼に連絡して下さい。遠く離れても私の愛は変わりません。心を込めて、ヴィットルより」

 このような手紙を彼は幾通となく妻に送っていた。この時代に検閲などはなく、好きにものが書ける彼ではあったが、一応政府の仕事である為、全容は知らせられなかった。その為、彼の妻は彼が清国のスパイとして働いているのではないか、との疑念を抱く事もあった。



 彼は西安の跑三姉妹墳墓の調査に赴いた時、漢字が表意文字であり、それだけで意味をなすものである事に思い至り、これより彼は報告書にも漢字を用いるようになった。それは鏡文字に迄至る意味を探る


「劉君。この碑の拓本を採ってくれ」

「はい。セガラン様」

 姉妹墳墓の前で、彼は北京から派遣された支那人に墓碑の拓本を依頼した。その墳墓は入口が9割方、土に埋まっていた。わずかに見える石積みの天井は綺麗に揃えられている。そしてその埋まった入口を人足として雇った現地の者が鍬等で掘り起こしている。

 一時間程で入口の全容が現れた。逆U字型の入り口は、大人二人が通れる位の幅があった。入口に降りた人足が入口内部の土を掻き出し、徐々に内部に進む道が現れる。更に人足が降りて、掘り返された土を蓑に入れて外に運び出した。更に二人が降りて作業に加わった。そうして入口から墳墓の内部が見られるようになった。


「おゝい、中の様子はどうだ?」

 セガランが墳墓の中で掘り進んでいる人足に声を掛けた。

「未だ何もありません。旦那さん」


「分かった。もし何か有ったら知らせてくれ」

「分かりました。旦那さん」


 それから数時間経ち、その日の作業は終了した。入口から掘り進められた墳墓からは何も発見されていない。


 墳墓の発掘調査はその後2日程続き、ようやく玄室が現れた。石組みの石棺が一つ発見された。その知らせを受けて、セガランも玄室の中に入った。慎重に石棺の上蓋を開けたが、石棺の中には何もなかった。どうやら盗掘されたらしい。若しくは誰も埋葬されていなかったか?

 彼は玄室の中を見回した。手持ちの明かりだけでは十分な光量がなく、はっきり識別出来なかったが、壁の事業面が一部均一ではなく、攪乱されていた。そこから彼はこの墓が高貴な者の墓で、副葬品も金銀、玉等が埋葬されていたのだろうと推測した。その後の経緯は言わずと知れた、盗掘である。恐らく、事業面が攪乱された処から侵入して副葬品を持ち去った。それがどの様な物で、どれ程の価値がある物なのか、彼には分からなかった。しかし、その埋葬品に拠って盗掘者が生活出来る程に価値のある物迄は想像出来た。


「これは盗まれたな」

 彼の隣で、この墳墓に最初に入った呉石が呟いた。それを聞いて、彼も自分の推論の傍証であろうと思った。

「盗掘されたと思って間違いないかね」


「そうです、旦那さん。大概の墳墓では攪乱された個所から入り込み、中の物を全て持ち去る。地元の人間の仕業ですよ」



 宿舎にしている西安市の家で、彼は今日の報告書を書いていた。毎度の事ながら、墳墓の中は何もない。盗掘されたと記載するだけだ。それに添付する拓本は未だ劉から提出されていない。


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