39 仙薬の正体
セガランは15日間の日本での滞在から帰って来た。山梨と三重、和歌山の三ヶ所の調査ではあったが、沈鐸と言う通訳官に案内されて視察した事は、彼にとって神仙思想に触れた新鮮な体験であったろう。彼にとって、初めて知る東洋の神秘学であったのは確かだ。以後の彼の著作には神秘学の要素が所々、滲み出ている作品があるからだ。
帰国して間無しに、彼は報告に上がった。紫禁城東側にある東華門より外朝に入り、外朝三殿と呼ばれる、清朝が政治を執り行う太和殿で摂政王、醇親王載灃に謁見した。
「セガラン殿、短い間でしたが静養出来ましたか?」
「ありがとうございました。久し振りに妻や妹とゆっくり過ごす事が出来ました。殿下のご配慮に感謝申し上げます」
「ご家族と過ごされるのが一番の静養ですね。私も家族と一緒の時は、ストレスから解放されて、ゆったりと時を過ごせます」
「殿下はご家庭を大事になさると伺っております」
「私の考えは、この国では少数派です。大半の者が仕事か友人との付き合いに時間を割いて、家族と共に過ごす時間など持ちませんからね」
「どちらかと言うと、殿下のお考えは西洋の考えに通じる処がありますので、とても親近感が湧きます」
「西洋的な面が見える訳ですね」
「はい」
「感謝します。さて、報告を聞きましょう」
摂政王が世間話から本題に入り、セガランは認めた報告書を殿下付きの宦官に渡した。宦官は恭しく押し抱きながら、摂政王に取り次いだ。一通り目を通すと、摂政王はセガランに尋ねた。
「この報告書によりますと、仮に徐福が日本に辿り着いたとしたら、富士の裾野の可能性が高く、その他の土地は集団移住に適していない、と解釈して宜しいのですか?」
「そう考えました。三千人以上の集団移住ですので、それなりに開けた土地が必要になります。紀伊半島は集団移住するには厳しい状況でした。又九州地方も私に随行した者が申しますには、居住には適しているものゝ、農作物の栽培に適した肥沃な地ではないと教えてくれました。この者中々有能でして、滞在中は大変重宝しました」
「そうでしたか。前の手紙に書いてあった公使館の通訳官ですね」
「はい。彼は神仙思想に精通しておりまして、仙薬の新たな解釈を私に披露してくれました。彼が言うには『養神芝や棗は当時の資料に記載されてはいるが、当時の認識であって、存在を確認した訳ではない』と」
「それについては私も知識がありませんので、何と申し上げて良いやら」
「それは私も同様でございます」
「それでは評価の仕様がありませんが・・・」
「そうですか・・・ 後、こうも言っておりました。『不二の地は海外東経に“湯気の沸き立つ谷間の上の山に扶桑樹が植生している”と記述されている状況と類似している』と。彼が言うには『扶桑樹とは桑の木であり、扶桑樹の実は蚕である』と。そして、これは私も確認致しましたが、不二のすそ野には桑畑が広がっており、養蚕が盛んな地でありました。『扶桑樹の実が何故蚕なのか?』と問いました処、『“扶”は腹這う、傍らとの意味で、禮記に“扶服救之”、淮南子に“去高木而巣扶枝”と記述があり、扶桑は桑に腹這うもの、又は桑の傍らの蚕という解釈が出来る』と教えてくれました」
「ほゝう、初耳です。根拠は?」
「彼が言うには『支那では古代より、蚕の繭から絹を生産し、医薬にも利用していた。冬虫夏草として有名な漢方薬がそれであり、蚕沙は鎮痛、鎮静に優れ、不老不死の仙薬と見做された』と」
「確かにそうです。冬虫夏草、蚕沙は漢方薬として有名ですし、効能も確かです。それを称して仙薬と解するとは、その者と一度会ってみたいですね」
「お会いになれば殿下も彼の有能さが分かると思います」
「了解しました。蓬莱山の仙薬は冬虫夏草、蚕沙であった、と」
「はい」
「ありがとうございました。暫しお休みになった後、又西安での発掘に従事して頂きたい」
「承りました。後一点、公使の汪大燓閣下からこれを預かりました」
そう言うとセガランは、脇に置いていた手紙を再び宦官に渡し、宦官が摂政王に取り次いだ。
汪からの手紙を見た摂政王は、セガランに尋ねた。
「これは外務部にも出されましたか?」
「いえ、閣下より『直接奏上してくれ』と言われまして、この一通のみでございます。外交文書は、公使として公式ルートで、外務部に提出するとの事でした」
「そうですか。本当にありがとうございました」
そう言うと、摂政王は宦官に目配せした。宦官は謁見が終了した事を悟り、セガランの退出を促し、セガランは摂政王の許を辞した。そして、彼の太和殿からの退出を確認した宦官の報告を受け、摂政王は外務部尚書、梁敦彦と軍機大臣の鹿伝霖を呼び寄せるよう伝えた。
宦官から「軍機大臣は鹿伝霖だけか」と問われ、摂政王は他の軍機大臣を指名しなかった。何故かと言えば、他のメンバーには、袁世凱の息が掛かった者がいたから。
来週は友人と温泉に行きますので、週1回の更新に成ります。悪しからず。




