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38 帰国に向けて

 石井外務次官との会談を終えた3日後、大清帝国特命全権公使、汪大燓(おうだいしょう)は、セガランと彼に随行していた沈鐸(ちんたく)通訳官より、訪問地から帰京した旨の口頭報告を受けた。

 要約すると、三重県、新鹿(あたしか)村(現熊野市)や和歌山県新宮町(現新宮市)は3千人以上の男女が移住して生活するには地理的条件が悪く、態々土着する蓋然性がない。山梨県、瑞穂(みずほ)(むら)(現富士吉田市)の立地条件は、海外東経に「湯気の沸き立つ谷間の上の山に扶桑樹が植生している」と記述されている状況と類似しており、可能性はこちらが高いと思われる、であろうか。そこから、沈の仮説である、蚕が扶桑樹の実ではないかとの解釈も受けた。

 汪にとっては専門外の事であり、己の興味対象外の事でもあったので、適当に相槌を打って聞いていた。彼からは二人の不在時に、日本の外務省と徐福記念碑の顕彰式を合同で開催する方向で話しが進んでいる事を伝えた。


 一通りの報告が終わり、沈が執務室に戻り、公使執務室には汪とセガランの二人だけになった。

「セガラン殿、帰国は何時になるのでしょうか?」

「一週間は休みを頂いて、妻と妹とで久し振りに過ごしたいと思います。その後直ぐに帰国する予定です」


「それが宜しいでしょうね。我が国と違う風習の国で過ごすのも一興ですから」

「そうです。清国と日本では随分と違う事を今回の訪問で実感致しました」


「それはどのような?

「先ず、移動手段の違いです。清国は鉄道や自動車の旅が快適でしたが、日本はそれに比べますと些か落ちます」


「嬉しい事を仰る。日本との戦争に負けて以降、清朝の衰退は目を覆う程酷い物でしたから、摂政王殿下がお聞きになれば、涙を流して喜ばれる事でしょう」

「次に都会と田舎の格差が日本は著しいですね。清国も酷かったが、日本はもっと劣悪な地域がありました。今回訪れた和歌山等は特にそうでしたね」


「そうですか、そうですか」

「しかし、日本は何処に行っても国民の民度が高い国だと知りました」


「それは我が国と比較して、と言う事でしょうか?」

「清国を侮蔑する意図は毛頭ありませんが、比較になりません。はっきり申し上げれば、我がフランス共和国よりも民度は高いと感じました。共和国の貴族の教養と言えば、それは高いものがあります。しかし、一般庶民の民度は低く、これはどうしようもありません。欧州のどの国の民衆よりも洗練された住民でした。比較出来る国と言うと、ミクロネシアの民衆が上げられるでしょうね」


「それ程の国民でしたか・・・ それは言い換えますと、徐福が連れて来た秦の男女が優秀であったと言う証左ですね」

「そうですね。古代の支那は、世界に冠たる国家でしたから」


「そうです。秦よりも更に遡る事、何世紀でしょうか? 夏王朝の文化も伝わっておりますから」

 汪は一時の至福に浸った。日清戦争に敗れ、東アジアの盟主から各国の植民地に成り果てた現状を一時でも忘れ、支那の栄光を想う時間をセガランからもらったからだろう。その顔には喜びが見えた。


「それで、帰国為されたならば、摂政王殿下に報告をなされると思いますが」

「はい。その予定です」


「それでしたら、私からの報告書もお預け致しますので、殿下に奏上願いたいのですが」

「それは外交文書ではないのですね?」


「はい。外務部には別に報告致しますが、お頼みしたいのは、直接殿下に報告すべきものでして、所管が外務部で取り扱うのに相応しくないと判断致しました。それに恐らく殿下にも係わるであろう、と思われますので」

「それは私が拝見しても宜しいものですか?」


「いえ、これは清朝政府に係る問題でして」

「分かりました。謹んでお受け致します」


 そうして一週間後、セガラン一行は、横浜から上海に向かって帰国した。


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