34 袁世凱登場 3
袁はその丸顔の頬を膨らませ、劉の語る己への賛辞を音楽の如く聞きながら、うんうんと頷いた。心地良い評価を聞きながら、鼻の穴を膨らませて、劉に応えた。
「俺の事を宗人府でも評価してくれていたとは、嬉しいものだな。何処の者であれ、正当に評価されたとなると、それに応えなければ男ではない。劉君、望みはないかね。大概の事なら俺が何とかしよう」
「畏れ多い事でございます。袁閣下のお言葉、子々孫々に至る迄伝えたく思います」
「うんうん」
「それで、この度のご視察は如何様な事でしょうか?」
「それはだな・・・」
そう言いながら、袁は馮の顔を見遣った。馮は袁の視線に耐え切れず、首を垂れた。
「こいつらが何やら裏で動いて、良からぬ企みをしていると、親切な部下が教えてくれたのさ」
袁の視線の先にいる馮の顔を劉も見た。袁の一言一言に怯え、慄く様は今迄の彼からは想像出来ない姿だった。
「ズバリ言おう。隋朝の財宝探索はどうなっているのかい?」
「その事につきましては李巡撫閣下にもお話し致しましたように、今暫く掛かりそうでございます」
「具体的には?」
「李閣下の脅しがなければ、一月程で目途が立つのですが、人足が怯えまして、人手が足りません」
「ほう。李は人足を脅していたのか」
袁の言葉に敏感に反応した馮が躊躇いがちに答えた。
「閣下、申し訳ございません。私もご再考を促したのですが、どうしてもと・・・」
「彼奴らしい事だ。それでどれ位遅延しているんだい」
「丸一月停滞致しました。逃げ出したり、可笑しくなった人足も出まして、阿闍梨様にお願いして、法要迄執り行いました」
「それは大変だったろう」
「ですので、人足への対応を考えて頂ければ、後一月あれば結果をお知らせ出来ると思います」
「分かった。足りない員数は君の方で補充しなさい。そうすれば一月で終わるんだね?」
「恐らくですが」
「馮副官」
「はい」
「聞いていた通りだ。劉君の希望通り進めなさい、君の責任でな」
「了解致しました、閣下」
「それでは成果を期待しているよ」
「はい。閣下のお蔭で、人足達も安心して仕事に掛かれると思います。ありがとうございました」
「それから、君の報告は誰に上げているんだい?」
「理事官の曹強力様でございます」
「曹理事官か。それならば、陝西省巡撫の李は、この件から手を引き、副官の馮が担当する事になったので、君からこの事を伝えてくれ」
「私から伝えまして宜しいのでしょうか?」
訝しげに馮の顔を見ながら、劉が伺いを立てたが、馮は無言のまゝだった。仕方なく劉は袁に向き直り、首を垂れた。
「『覚書は有効だから、安心してくれ』と伝えてもらいたい。摂政王と陝西省とで折半する割合も変えない」
袁は満面の笑みを浮かべ、劉に話した。自分を罷免した摂政王に対する気持ちを抑えて、覚書の履行を約束した彼の心境は那辺にあるか分からないが、少なくとも納得した訳ではないだろう。
「分かりました。曹にはそのように伝えますので、何卒今後共宜しくお願い致します」
「俺は、俺の味方には大層信頼されている。それは俺が今迄、大清帝国の為のみに行動し、決して清朝に背かなかったからだ。無論、清朝への忠誠心があるからだが、これは今後も続くだろう。と言う事はだ、俺はそれを他人にも同じように求めているのだ。“他利則自利、自利則他利”この言葉が俺は好きなんだよ」
黙って聞いていた劉は、少し心配になった。全面的にこの男を信頼して良いものなのか? 敵味方で態度を一変させる、と言っているようなものだ。今行っている二重発掘を伝えて良いものだろうか? もしもそれを隠していたら、どうなるのだろうか? 今の体制は李玉祥の威圧的な命令から、皆を守る為に考えた手法だ。もし袁世凱が李と真逆の男なら信用しても良いのでは?
少なくとも宮廷で耳にした袁の評判は悪くはなかったと言うより、良かった部類に入る。しかし、大事な事を俺一人で決めて良いのだろうか? 彼の思考は千々に乱れ、肯定と否定を往復するばかり。決断出来ない己を恨めしく思い、己の弱さを色々と考えると、思考が一向に進まない事に気付かされた。彼は逡巡していた。
袁は一向に応えない劉を見遣った。その視線を感じ、劉は権力に阿った。
「ご安心下さい」




