29 外務省の思惑
外務省の石井事務次官は徐福の碑の立地を考えた。単独で建立されている事はないだろう。恐らく、神社か寺社の境内地、将又境外地か? すると所管は内務省の神社局になる。
神社局の局長は井上友一で、石井の3年次下、東大法科の後輩であった。電話で井上に汪公使の依頼を告げ、国内移動及び参拝の許可を求めた。井上は両県の県庁及び警察並びに陸軍省に連絡し、了承を得た後連絡すると言って電話を切った。
石井は訝った。軍の兵舎や施設がある地域でもあるまいに、と思いながら受話器を置いた。
数日後、神社局の許可が下り、石井はとある料亭に汪大清帝国特命全権公使を招待した。
「ようこそお出で下さいました、閣下」
「次官のご招待光栄でございます」
「過日申し出頂きました徐福の碑の参拝、神社局の内諾が得られましたので、直接閣下にお知らせしようと思いまして、ご連絡した次第です」
「そうでしたか。ありがとうございました。内務省の許可がこんなに早く下りる事、次官のお蔭でございます。感謝致します」
「これも閣下の私に対する友情へ、幾ばくかでも応えたいという私の気持ちの表われでございます」
「その話しはもう10年も前の事ですよ」
「それがなければ、私は今こうして国家の為、忠誠を尽くす事など出来ませんでした」
「そのお気持ちだけで十分でございます」
石井の話した事は、外務省でも話題にした義和団事件のどさくさ紛れに起こった新軍の暴発であった。
「数日後には内務省から文書で通知が行きますので、ご覧願います」
「はい。それで本日は如何様なご相談ですか?」
にこやかな微笑を浮かべ、親しみの湧くトーンで話していた石井は、語調を抑えて話した。
「あの節にお話し致しました、梁敦彦外務部尚書閣下の後任です」
「あの時にも話しましたが、未だ不確定でして・・・」
「では言い方を替えましょう。閣下はどのように動くお積もりですか?」
「それは如何なる意味ですか?」
「閣下、こゝは貴方と私の二人だけ。忌憚のないご意見を伺いたいのです」
「そう言われましても・・・」
「ご安心下さい。外務省は一丸となって閣下をお支え致します」
「それは?」
「私が単独で動いている訳ではなく、省として閣下にお会いしているのです。無論大臣も承知しております」
「小村大臣閣下も承知と」
「はい」
汪は暫し瞑目し、そして口を開いた。
「今、大清帝国の外交は、保守派に取って代わられました。袁世凱閣下が下野し、孝定景皇后陛下に拠って推戴された醇親王載灃殿下が政府を主導していますので、難しいですね」
「それは摂政王が退陣すれば、閣下の目もあると言う事ですね」
「それが可能ならばですが」
「閣下が土産を持って北京に帰れば、次の尚書の可能性があります」
「土産とは?」
「私の考えはこうです。徐福は始皇帝の命に拠って、倭国に文化と技術及び多くの種子をもたらし、土着した帰化人です。倭国は彼の功績を石碑に刻し、長く讃えました。日本帝国と大清帝国は謂わば兄弟国です。過去には兄弟喧嘩もありましたが、お互いを助け合う行動もありました。例えて言うなら、兄弟喧嘩によって本家の権威が失墜し、外国勢力が蚕食して来た状態です」
「認めたくはありませんが、確かに」
「そこで舎弟は、皇帝たる兄の権威復権に手を貸そうと考えました。それには親日派の方々に協力して頂き、我が国の者が皇帝の摂政に就任し、国の運営に携われば、国力は否が応でも増す事でしょう」
汪は黙って石井の考えを聞いていたが、彼が「皇帝の摂政」と言った瞬間、顔を顰めた。石井はそれを見過ごさなかった。
「私の表現が穏当ではありませんでした。大清帝国と日本帝国の連携を目指したいのです。将来の同盟と解釈して下さい。その為には閣下が駐在中に徐福碑の顕彰式を両国で共同開催し、互いの友情を内外に示す事が出来れば、大きなアドバンテージとなるでしょう。その為の協力は惜しみません」
「そう言われましても・・・」
「では新情報を提供致しましょう。今我が国はロシアと友好関係にある事はご存じですね」
「はい」
「満州と朝鮮に於ける互いの権益が尊重されさえすれば、この関係を維持しようと考えているのが我々の立場です。しかし内務省は南満州の権益だけに満足せず、北満州にも進出すべきとの考えです。この違いは、日露戦争の評価の違いが所以なのです。我が国は単独で継戦する力はありませんでした。ポーツマス条約を受諾した背景にはこの力不足があったからです。しかしながら、国内では軟弱外交との誹りを受け、我々の立場は悪化しました。この機を狙って内務省が権益を拡大しようと画策しているのです。ですので、我々も立場を強化すべきと思い、積極的に内外の諸問題に係ろうと舵を切りつゝあるのです」
「それで私を大清帝国に於ける旗頭にしたい、という訳ですか」
「閣下だけではありません。他にも協力を仰ぐ方もおります」
「すると私は、その駒の一つですか・・・」




