21 護摩供
法事の日となった。廃青は姉妹墳墓の前に大壇を設けて法具を配置し、護摩壇も組まれるばかりになっている。
赤茶けてはいるが、良く身体に馴染んでいる法衣を身にまとい、同じく草臥れた袈裟を首から垂らし、精神統一をして入我我入の境地に入っているように傍からは見える。彼を見守る人足達は、初めて見る法要が珍しいらしく、一言も発せずに食い入るように廃青の動静を見守る。
護摩壇の前で廃青の行法が始まった。李が彼の背後に位置している。恐らく助手として控えているのだろう。
廃青は塗香を右手の親指と人差し指で摘み、左手の平に乗せ、両手で揉み手をするように擦り付けた。それによって己の全身が清められ、自性仏心を自らのものとすべく唱えた。
「戒、定、慧、解脱、解脱知見の五分法身を磨耀す」
そして五体投地の壇前普礼で、三拝した。
「オン、サラバ、タターガタ―、ハンナマンナ、ノウキャロミ」
彼の目の先には大日如来の曼荼羅が掲げられている。
加持香水、加持供物、開経偈、表白、般若心経と続き、五悔、発菩提心、三昧耶戒、五大願が次々と唱えられた。それら全てが流れる音楽のように、淀みなく観衆の耳に入って来た。心地良いリズムが人足にとっては、気持ちを高める導入部と言った処か。
法衣の中で、廃青は頻りに両手を動かしているのが見える。彼の唱える真言に合わせて、様々な印契を結んでいるのだろう。結界を築く地界金剛橛、金剛墻と続き、護摩壇の周りに結界が出来た。
次に彼は道場観、大虚空蔵と進んで本尊を迎える準備を進めた。本尊を迎えて本尊と僧は融合し、大日如来と一体となる観想に拠って入我我入の境地に達する。
すると数多の諸仏諸尊を迎え、応接の時となる。天空から黄金の慈雨が降り注ぎ、大日如来が中空に五色の雲に鎮座して降臨する。その後諸仏、諸尊の降臨が続き、地上に仏界が出現した訳である。しかし、その光景は劉、李及び人足達が目にする事は出来なかった。全て廃青のイメージの中、彼にしか存在しない仏界であった。
護摩木を景気良く焚き上げて、供物を諸仏に提供し、厲鬼調伏法を修する。護摩木が護摩壇に投下され、火勢が強くなり、廃青の顔からは玉のような汗が滴り落ちている。傍から見ても火傷しそうな位、炎の勢いが強い。タオルで拭いても拭い切れない様な汗が吹き出て来る。
幾度となく真言を唱えながら、護摩木と供物を後ろの李から受け取り、護摩壇に投入する廃青。
「オン、アビラウンケン、バザラダトバン。オン、アビラウンケン、バザラダトバン。オン、アビラウンケン、バザラダトバン」
密教は後期に行法が完成された教えであり、大衆部から派生した大乗仏教に多くの信者を奪われ、一般信者獲得の手段として、上座部が確立した護摩行はシステムとして進行管理されているので、人足達が廃青の一挙手一投足、一言一句を真剣に観ている様から、隆盛になった理由が推測される。
厲鬼調伏の為、大日如来の化身、不動明王を降臨させなければならない。
「ノウマク、サンマンダ、バーザランダン、センダン、マーキャロシャーダ、ソワタヤ、ウンタラタ、カンマン。ノウマク、サンマンダ、バーザランダン、センダン、マーキャロシャーダ、ソワタヤ、ウンタラタ、カンマン」
不動明王の憤怒の炎で厲鬼を焼き滅ぼし、転生させて己の眷属として従える事により、人への祟りを鎮める手法が厲鬼調伏法である。廃青はそれを人足全てに見せる事によって、彼等が不動明王によって守護されている、という安心感を眼に見える形で示した。
人足達の気迷いもこれでなくなるだろう、と劉は安心した。巡撫の脅し、厲鬼の祟り、孤魂の障りも不動明王の炎で消滅する。全て丸く収まる。渭水の作業に取り掛かる事が出来る満足感から、劉は安堵の表情を浮かべた。
護摩壇には段木と香油、供物が次々に投入される。木の燃えた後に残るタール臭が、鼻にツーンと伝わる。廃青の法衣は前部が乾燥しているのに、背面部は汗でびっしょりとなっている。彼の助手として護摩木と香油及び供物を廃青に手渡す李も、汗まみれになりながら必死に手伝っている。
それを見つめる劉や人足達も護摩行に参加しているのだ。例えそれが自己保身であろうが、彼等は廃青と共に護摩供を修しているのだ。護摩壇からは、天空にめらめらと昇る火焔が揺れている。炎を包むように白煙も昇って行く。それが途中で炎に変わる様は、護摩行の見どころなのだろう。千差万別の趣きがある。ある時は廃青に挑む厲鬼のように火焔は襲い掛かり、ある時は不動明王に踏みつけられる羅刹のように廃青から逃げ惑う火焔。
護摩法要が終わり、諸仏諸尊が天空に戻って行く。供応に満足して帰天して行くのだ。全てを見終わった劉にとって、その法要は萬金に値するものだった。法力云々は分からないが、法要を最後迄見守った人足達からは、何も発せられなかった。
劉は護摩壇から降りて来る廃青を見た。その顔には疲れが、はっきりと表れている。中年の男が、まるで初老の人間になったように、疲れた顔をしている。劉は彼に近付いて感謝の言葉を言わなければ、と焦った。それが己の義務であるかのように。




