18 扶桑國
「東海の海中や、先にある三神山や祖洲にある不死の仙薬、果実を求めて、徐福と盧生達は日本に辿り着いたと仮定しましょう。そしてその仙薬か果実なのか知りませんが、手に入れて食しました。それが身体に悪影響を及ぼす恐れのない物で、数ヶ月が経過した。そうなると徐福としても、始皇帝に不死の仙薬か果実を献上しなければならない立場ですから、秦に帰還しなければなりません。そこで誰を秦に帰還させるか。仮に徐福の部下を派遣したとしましょう。東シナ海を東から渡航するのは大変危険な船旅です。現に倭国からの遣隋使船、遣唐使船の大半が遭難していますから、彼の部下も難破して秦国に帰還出来なかった可能性があります。ですので、数百年後に東海の亶洲で子孫が見つかったとされていますが、亶洲とは何処か? 恐らく日本だと思います。時代は下り、呉の孫権が部下に夷州と亶洲の探索を命じた事がありました。部下は夷州から現地住民を拉致して来ましたが、亶洲は遠すぎて辿り着けなかったと復命した記録が残っています。呉の首都は南京付近ですので、夷州は台湾だと比定されており、亶洲は日本と思われています。そうしますと、子孫は日本に土着した訳です。次に、登州の東方海上の孤島は何処かです。山東半島の東は朝鮮半島ですから、東海の孤島は地理的に見ても済州島でしょう。そうなりますと、徐福は日本か済州島に辿り着き、土着した可能性があります。どちらが仙界なのでしょうか?」
「沈君の今迄の説明で、済州島とする判断材料は『登州の東方海上の孤島』だけです。それに対して日本とする判断材料は、孫権の探索命令と扶桑島ですか」
「そうなりますね」
「それで日本の何処に徐福等は辿り着き、土着したのですか?」
「候補地は色々ありまして山梨県瑞穂村(現富士吉田市)、三重県新鹿村(現熊野市)、和歌山県新宮町(現新宮市)、京都府伊根村(現伊根町)、福岡県福島町(現八女市)、佐賀県金立村(現佐賀市)などが候補地になります」
「バラバラに散在していますね」
「そうですね。日本の各地に立ち寄った、との伝承があります。更に付け加えますと、清国では日本の富士山に流れ着いた、と言う説もあります」
「一体何処を探ればよいのか。私の滞在は全てを踏破する程の日程ではありません」
「そうですね。これはセガラン様に取捨選択して頂いて、そこを探索する事に致しませんか?」
「私の考えですか・・・」
「はい」
沈鐸通訳官の提案にセガランは考えた。摂政王、醇親王載灃からは徐福の痕跡を探るよう命じられたので、徐福のように仙薬、果実を求められた訳ではないが、何処を探れば良いのか皆目見当がつかない。
「私は来日して間もない上に、仙界についても知識がありません。沈君の手助けが是非にも必要です。暗中模索の状態ですので、協力をお願いします」
「そう言われましても、私は公使館の通訳官としての仕事があります。方士について詳しいだけで、何の役に立つでしょう」
「否。日本の地理さえ分からない私です。是非お願いします。何でしたら、私から公使にお話しゝて、沈君の業務としてもらえるよう取り計らいます。公使館の業務であれば大手を振って日本を巡れますから。私を助けて下さい」
「セガラン様にそこ迄言われるのでしたら、閣下の御裁可が得られましたならば、という条件でお受け致します。御裁可が得られません時には、諦めて頂く外ありませんが、それで宜しいでしょうか?」
「ありがとうございます。必ず公使の許可が下りるように手配りしますので、協力して下さい」
なんとか沈の内諾を得たセガランは直ぐに、清国の摂政王、醇親王載灃宛の手紙を書いた。来日して如何に摂政王の命が厳しいものであるかを綴り、その方面の専門家が公使館にいるので、私の助手として任命してもらいたいと、己の自尊心よりも摂政王の命を第一に考えている事を強調して書いた。
それをわざわざ公使に見せて、本国に送るよう依頼した。彼の意図を理解した公使の汪は文章を読み、沈を彼の助手として働けるよう業務任命書を新たに作成し、彼が滞在中は沈が専属の助手となる事を約束した。更に公使は、彼の手紙を外務部経由で摂政王に送るよう要請し、己の添え書きを添付した外交文書としては如何と提案した。セガランはあっさりとこれに応じた。
汪の考えは外務部に、自分には摂政王へつながる人物とのコネがある事を知らせたかったのだ。それで回りくどい手順を踏んでセガランの要望を受け入れた訳である。これが今後、彼の外務部での出世、栄達を約束してくれるものとなるのか、恐らくなるだろうと判断したからこそだ。セガランもそれには気付いていたが、自分の業務がスムースに進行するのであれば、敢えて抗う事もないと理解した。




