15 劉が導いた結論
宿舎で劉は宗人府の上司である曹に説明していた。
「ム(わたくし)はこう推測致しました。“渇きを癒す水道の円天井の下の水“によって隠されたのではなく、”水によって隠されたまゝ“ではないかと」
「お前の言っている事はどう違うのだ?」
「はい。円天井の暗渠水路の床ではなく、水路の中に隠されているのだと。理事官様、たかゞ数百年で枯れるような水源施設に隋の秘宝を隠すでしょうか。秘宝は煬帝の子孫の為、隋王朝の為に使うものです。それが百年、二百年で枯れてしまうような場所に隠せば、直ぐにでも見つかってしまうのではないでしょうか。そう考えますと、絶対に枯渇する事のない水源の中に隠せば、後世の盗人に奪われる事はないと思われませんか? 煬帝もそのように考えて埋蔵場所を決めたのだとムは推測致しました」
「儂は煬帝ではないから、分からん。それより、その場所とは?」
「この一帯で枯れる事ない水脈は、渭水しかございません。渭水の河床に“水によって隠されたまゝ”の状態で今も眠っていると思います」
「確かに、枯渇しない水脈と言えば渭水だわな。しかしだ。渭水と言っても些か広いぞ。それこそ上流から下流迄探すとなると、何年掛かるか分からん。それを調べるのがお前とセガラン殿の役目だったのではないか」
「そうでございます。その為、セガラン様は石碑の写真と拓本を色々調べたのです。その結論が、姉妹墳墓の発掘でございました。そして、玄室に隠された暗渠水路への通路が発見された事によりまして、こゝが秘宝の隠された場所と結論付け、掘り進めている処ですが、路床の下からは何も出土しておりません」
「と言う事はだ。お前達が導き出した結論は間違いだった、と言う事になるな」
「そこで、最初にご説明致しました、偈の解釈でございます」
「そこ迄言うのなら、凡その検討付けは出来ているのだろう」
「はい」
その時、部屋の扉を叩く音がした。耳を澄ませて聞くと、部下の李来仙の声であった。理事官と話している時に、間の悪い事と思いながら曹の顔を伺うと、彼は首を縦に振った。
「入れ」
声と同時に李は入室した。そして曹理事官がいる事に大層驚き、謝罪した。
「申し訳ございません。理事官様がお出でになっているとは知らず、ご容赦願います」
「構わん。急ぎの用件なのであろう。報告しなさい」
「宜しいのでしょうか?」李が劉の顔を見ながら伺いを立てた。
「理事官様のお赦しだ。話してくれ」
「それでは。実は数日前から巡撫様のお言葉を気に病んでおりました人足ですが、今朝、何か可笑しな事を言いながら、泡を吹いて亡くなったそうでございます」
「何とも痛ましい事であろうか。巡撫様も罪作りな事をしたものだ」
曹が項垂れた。劉も言葉を選んで李に話し掛ける。
「葬儀の手配は如何か?」
「家族に引き取りに来るよう伝えましたので、やって来ると思います」
「それであれば、葬儀の半分は負担してやろう」
「宜しいのですか主事様?」
「我等に出来るせめてもの慰めだ」
「分かりました。そのように取り計らいます」
李は曹に再度、謝罪して退室した。扉が閉まり、部屋は再び二人だけになった。曹は劉の発言を催促した。
「それで、そこは何処だ?」
「『何千年経とうが、枯れる事のない水脈を持つ水路』こそ、渭水でございます」
「それは分かった」
「“円天井の下の水”に隠されているのではなく、円天井の下の“水によって”隠されているのです。そうなりますと、あの暗渠水路が渭水と交わる河床しかありません。今、暗渠水路のレンガを剥がしておりますが、巡撫様にはこゝではない旨、お話し致しました。そして『早くその場所を探せ』と叱責を受けました。そこで、ムは巡撫様には知らせずに、人足を半分程暗渠水路が交わる渭水の河床を掘削させようと思いますが、如何でしょうか?」
「儂にはお前の意見を良い、悪いと判断出来る知見等ないから全て任せるが、巡撫様に知らせずに出来るのか?」
「お任せを。使う人足は半分程ですし、暗渠水路の流出口から渭水の水中に入れさせますので、見つかる事はありません。唯、水中での作業になりますので、呼気を送るホースを用意する必要があります。理事官様には、こちらの手配をお願い致します」
「分かった、手配しよう。しかし、仮に巡撫様に知られた場合の対応も考えておかねばならないな・・・」
二人が渭水での作業準備を進めていた一週間。その間に新たな人足の不審死が続いた。それが4人に達した時、人足が「孤魂の祟り」だとか、「厲鬼の呪い」だと騒ぎ出した。騒ぎは沈静せず、劉達にお祓いをするよう騒ぐ一団も出て来た。
自分達の働いている場所が墳墓の暗渠である為、溺死した者、浚渫工事の犠牲になった者など、己を祀ってくれる人がいない者は、必ず鬼となってその場に閉じ込められている、と皆が恐れを抱いていた。
迷信の一言で抑える事が出来なくなり、作業へ従事する事もお祓いが済まなければ拒否される始末であった。人足の代表と劉は話し合い、亡くなった人足を含めてお祓いをする事になった。
その時、お祓いを誰にお願いするかで人足同士の一悶着があった。仏教と道教とでは比較すると、仏教の方が高級であると思われていたからだ。法師に依頼すべきか、方士に依頼すべきか。現場近くに寺院はなかった。それに対し明朝時代に、各郷村に必ず一基の厲壇を設置する制度が確立していた。近郷に厲壇があった為、道教で法事を催す運びとなった。




