11 徐福伝説
徐福;徐芾、徐市とも。市は一に巾の字を加えた4画で、市は亠に巾の字の5画であり、異なる字体。意味としてはひざ掛け、前垂を表わす。説文に「天子朱市、諸侯赤市」とある。芾も市として通用されている。尚、徐市から徐芾に変化し、音が同じ徐福に変わったと思われます。
数日経ち、セガランは摂政王に日本への渡航を承諾する旨を伝える為、紫禁城に出仕した。摂政王は大層喜んだが、同時にセガランに新たな任務も伝えた。「東夷に渡り、徐芾の痕跡を探れ」
セガランはその命令を受けた。しかし、訪日時期は一月ずらしてもらった。彼の追い求めていたものを示す碑文の拓本が己の手元にあるので、その墳墓を確認してからでも遅くはないと判断したからだ。
数日前、劉が上司たる属官、曹に姉妹墳墓の発掘に至る経緯を説明したが、墳墓の警備を陝西省巡撫である李玉祥に依頼した旨の報告の中で、曹は李玉祥から袁世凱に情報が漏れる事を恐れた。劉は賄賂を渡したので心配いらないと説明したが、曹は安心しなかった。
今の紫禁城は、戊戌の変法が宮廷内クーデターで転覆し、権勢を誇った袁世凱が失脚してしまった。しかし袁の力は衰えたとは言え、隠然たる軍事力を保持し、何時でも返り咲くチャンスを伺っていたから、宮廷内の権力バランスは、いつ何時反対に傾くか知れない。
曹も宗人府での出世を望む一人であり、有力者の後ろ盾は是非とも欲しかったので、時勢を必死になって読んでいた。今は摂政王が貴妃(西太后)の指名に拠って権勢を誇っているが、その貴妃も前皇帝の後を追うように逝去してしまった。摂政王の権力も盤石ではないのだ。
そんな時に、矢張り陝西省の巡撫、李玉祥から紫禁城への入城打診が来た。陝西省軍を率いての入城ではなかったが、セガランの報告から間無しである。明らかに姉妹墳墓の件でやって来たのだろう。大量の袖の下を懐にしながら、厚顔無恥も甚だしい行為である。曹は事の顛末を知っていたので、宗令による監国への報告に付き合わされた。
入城を許可された李玉祥は、軍機処の軍機大臣に宗人府が陝西省巡撫に対し、何の断りもなく陝西省で発掘を行った事を越権行為であると非難した。しかし、彼は事を荒立てる事は己の本意ではないと告げ、摂政王との謁見を求めた。大臣は袁世凱の後ろ盾を持つ彼との対立を恐れ、彼の言を唯々諾々と飲んだ。
摂政王との謁見で李玉祥は、今回の調査に己も一枚噛ませろと迫った。勿論、袁世凱には内密にする事を約束して。
摂政王、醇親王載灃は権力に拘泥する人物ではなかったし、政争も求めて起こすような事もなかった、穏当な人物との評されていた。その彼が虎の威を借る李玉祥の言葉に、どのように対処したか記録は残っていないが、この件に袁世凱が口を挟む事はなかった。
宗人府、宗令が属官、曹強力を伴って摂政王への報告を言上したのは、陝西省巡撫の李が監国へ迫った後だったので、摂政王の態度は頗る酷かった。彼等の報告に根掘り葉掘り口を挟み、果ては李玉祥の言動をあたかも彼等の指金ではないか、との邪推さえした。
摂政王の憤懣遣るかたない態度に彼等は何も言えなくなり、唯々首を垂れ、平伏した。それに何時しか気付いた摂政王は、彼等への態度を改め、労いの言葉さえ掛けた。
「私の態度は褒められるものではないな、許せ」
「とんでもございません。監国様」
「今後の予定はどうする?」
「それにつきましては、陳より申し上げます。監国様からお許しが出た。其方から直に言上致せ」
「はゝ。恐れ多い事にございますが、直々にとのお言葉でございますので、言上致します。セガラン殿よりの報告は監国様もご承知かと存じますが、何はさて置き、水路の調査に掛かるのが肝要かと存じます。碑文に刻まれた文字の通りの水路でございますので、隋の鍵となるものが必ずやあると存じ上げます」
「そうであるな。先ず水路の調査か」
宗令と曹は同意するように項垂れた。
「巡撫の李が口を挟むと思うが、我慢してくれ。しかしだ。『何を探している』と聞かれたら、『隋の財宝』とだけ答えてくれ、それ以上は知らないと。良いな」
「承知致しました」
摂政王にしても、何を探しているのかはっきりとは分かっていなかった。大清国の復活に寄与するものを見つけるよう、故西太后より言付けられた以外知らないのだ、その正体を。それが財宝なのか、秘密兵器なのか。それともそれ以外の何か?




