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death metallic girl

作者: 赤城康彦

この小説は、SF走り屋小説 (なんだそりゃ)metallic girl ―メタリック・ガール―という作品のキャラを使って遊びで書いたおまけ的なバンドもの短編です。本編と一緒に収録してましたが、独立させました。

イメージはFlyleafのI'm So Sickですか。

得物を車から楽器に、マイクにして弾ける走り屋たちをお楽しみ下さい。

こんな赤城でも、少し(ほんとに少し)、バンドじゃないですが、音楽活動の経験があったりします。担当はバスでしたねえ、はい。

人生、わからんもんす。b( ̄▽ ̄;

夜空に月が浮かぶよ。太陽の光を受けて、下界を照らすよ。でもあたしには、太陽の光は届かない。

暗闇の中でひとり小猫を抱いて、ほっつき歩くよ。

小猫はあたしの手を引っ掻き回して、噛み付いて、血まみれにしてくれるよ。

その痛みが心地よくて、あたしは小猫を強く強く抱きしめる。でも小猫は苦しみのうめきをあげて、あたしの手から逃げ出すよ。

真っ黒な真っ黒な小猫。あたしから逃げた。

小猫一匹どうすることもできない、弱いあたし。

ポケットにはナイフがあって。

ナイフで手首を切るよ。

血が噴き出して、白い壁に撒き散らされて。あたしは瞳に赤い血を映し出すよ。

月はそっぽを向いて、雲に隠れるよ。

世界は真っ黒になるよ。

真っ黒な世界で、白壁の血が蝶々になって、漆黒の空に向かって飛ぶよ。

見えない月を求めて、真っ赤な蝶々、真っ黒な空を飛ぶよ。


 町の片隅にある小さなライブハウス「COSMIC SEVEN」。

 照明も控えめな、ほの暗いステージで、少女は重金属が墜ちてくるような、打ち付けるような激しいデスメタルのサウンドに揉まれながらも、両手でマイクを握りしめて、叫びうたっている。声域もへったくれもなく、地声のままひたすら声を絞り出している。が、その声は可憐なクリーンボイスでありながらも、スクリームをたっぷりと効かせ。暗い歌詞とあいまって、聴くものの鼓膜に飛び込み、心をえぐった。

 ショートカットの前髪のところに紫のメッシュを入れて、紫のショートTシャツにブラックジーンズ、スニーカーのへそ出しルック。両手には紫のリストバンド。ショートTシャツの心臓のところには、黒い北斗七星のマークが、ほこらしげに貼り付けられている。


赤い蝶々どこいくの。

誰も待っちゃいないし、行くところなんかないよ。

それともたんぽぽ気取って風まかせに旅をして、泥の中に墜ちるの。

運の悪いたんぽぽの種は、泥の中でしおれてそのまま腐ってなくなっちゃう。赤い蝶々も、同じように泥の中でしおれて、腐って、なくなっちゃう。

それがあたしさ。

あたしも生まれる場所を、墜ちる場所を間違えて……。

泥の中で腐っちゃったんだ!


 ドラムが、ギターが、ベースが、それぞれの音と一体になって洪水のようにどっと少女の背中に打ち付ける。それはまるで背中をどついて、少女の喉からうたごえを叩き出す。

 叩き出される少女、一条香澄のうたごえはバンドのサウンドと混ざり合って、ライブハウスに集まった客たちの耳といわず腹といわず全身にぶち当たってくる。

 客たちも喉から喚き声を叩き出してサウンドとうたごえとぶつかりあい、くうを激しく揺らし、ライブハウスの壁を突き破りそうなほど破裂するように響き渡る。

 バンド「demi gods & semi devils」のメンバー、硬派兄貴って感じのドラム・源龍に、ロングヘアを揺らし、切れ長の目も鋭い姉貴って感じのギター・千葉彩女、真面目で一生懸命な好青年って感じのベース・井原貴志らは汗まみれで服がべたつくのも構わず、必死こいてそれぞれの得物からサウンドを叩き出してとどまるところを知らなかった。

 ちなみに「demi gods & semi devils」は直訳すれば半分神様と半分悪魔となり、半人半獣の守護神八人を指す仏教の言葉「天龍八部」を英訳したものだ。

 皆完全にハイになってトランス状態になり、デスメタル轟きそれはまるでサバトと化していた。

(諸天が、天鼓を撃っている。まさに『諸天撃天鼓しょてんぎゃくてんく』だな)

 龍はスティックを振るい、ドラムからサウンドを叩き出しながら。好きな小説、蝮と呼ばれた戦国の雄、斉藤道三の生涯を描くその小説の中にあった、仏教の経文の一節をふと思い起こし。さらに今までの来し方も思い起こしていた。


「デスメタルでいくか!」

 ファミレスでメンバーが集まったとき、龍が香澄の創ったうたの歌詞を見て、言った。

「デスメタル!?」

 彩女と貴志は驚きつつも、大学ノートに書かれた香澄の歌詞を見ると、確かにデスメタルがよさそうだけど。もともとロックはしてても、そこまで激しくはなく、社会人が趣味でやってる程度だった。

 香澄はうつむき加減に、龍と彩女、貴志の話に耳を傾けている。

 彩女と貴志は、ちらりと香澄を見る。最近ボーカルとしてバンドに入ったばかりで、龍がみつけてきたのだ。が、香澄の書くうたの歌詞は、なんだかやけに暗く病んでいた。

「デスメタルか」

 貴志がぽそっとつぶやいた。これは、言外に香澄の歌詞が暗いと言っているのことはよくわかった。ちなみに、バンドの名前「demi gods & semi devils」は好きな華流ドラマのタイトルとなった、そのものずばり仏教の言葉「天龍八部」を英訳したものだ。

 貴志は華流ドラマが、というよりそのドラマに出ていたヒロイン役の女優が好きで、よく見ていたようだった。龍と彩女は華流ドラマも仏教も詳しくないが、半分神様と半分悪魔という言い方に、人間の内面を見つめるような、どこか奥深さを感じて、貴志の案を受け入れた。

 さて肝心のボーカル香澄だが、香澄はじっと成り行きに身を任せていた。と思ったら、

「なんだよ、くだんねーってんならさ、そう言えばいいじゃないか。デスメタルなんて、そんなイロモノでしかあたしのうたは表現できないってんだろ。そうさ、あたしはイロモノだよ、まともじゃねーよ!」

 と鬱屈を破裂させて吼えた。

「ふんっ。あたしだって、まともになりたいさ。でも、浮かぶのはこんなんばっかなんだよ。ちきしょう、ちきしょう。みんなであたしを馬鹿にして。こんなんなら、龍兄貴についてこなけりゃよかったよ!」

 香澄は龍といとこ同士で、昔からよく遊んだものだった。おおきくなって、香澄は龍を龍兄貴と呼ぶようになった。

 香澄は繊細で詩人的な感性をもっていたが、小さい頃いじめにあったのを機に、その感性にゆがみが生じてしまったようだ。時折、頭に様々な言葉がうかんで、脳から這い出すように喉を突いて出てくる。

 それはどれこもれも退廃的で、周囲の人たちは香澄を不気味がってさらに敬遠するという悪循環。それを見かねた龍が、最近バンドからボーカルが抜けたのでそのかわりにと、香澄をさそったのだが。 

 幸い彩女も貴志も香澄によくしてはいたが、その退廃的な歌詞には内心閉口しているようだ。

「まあまあ落ち着きなって。あんたを馬鹿になんかしないさ。龍だって、理由があってデスメタルにしたんだろ。まず話を聞いて。怒るのはそれからでもいいじゃないか」

 彩女が優しく肩を抱いて、香澄をなだめる。貴志ははらはらして龍と香澄を交互に見て。

 龍は、香澄をじっと見据えて、言った。

「ぶっちゃけ、香澄の創る歌詞は暗い。が、オレはハイテンションでいきたい。これを両立させようと思ったら、デスメタルがいいと思ったんだよ」

「でも、デスメタルなんてイロモノで、笑われちゃうんじゃない?」

 香澄は龍の言ったことにすこしは納得したようで、落ち着いてオレンジシュースをすこしすすった。が、疑問はまだいっぱい残っていて、なにか喉に詰まった感じがした。

「香澄ちゃん、なんでデスメタルがイロモノで笑われるんと思うんだい?」

 と貴志。

「だって、デスメタルってギャグでしょ? 変なメイクして、シモネタ連発するの」

「ちがうちがう、それはあくまでネタで。ほんとはそうじゃないんだよ」

「でも外国はともかく、デスメタル、というかメタルって、日本じゃあまり正しく認識されてる感じがしないけど。なんで?」

 彩女がそう言うと、貴志は「うーん」と腕を組んで、すこし考え込むと。

「そうだなあ、文化的土壌のせいかな」

 と言った。

「文化的土壌?」

「うん。ああいったのって、神への冒涜とか悪魔崇拝っぽいスタイルで。ほら、外国は思ったより宗教が根付いてるじゃん。だから、実際に悪魔信じてるどうかはともかくとして、そんなスタイルがそのまま社会への反骨精神の現れになるんだけど。日本人って宗教に無頓着な人が多いから、多くの人がかっこいいファッションか、ネタでしか受け止められないんだと思うんだ」

「難しいことを言うねえ、あんたは」

 貴志の言ったことに、彩女は口を尖らせ突っ込み、香澄は「へえ~」と感心している。メタルやロックは、反骨精神を旨とするが、所かわれば品かわるで、その表現も国や地域によっては伝わりづらく、メタルはそれが顕著に出ている、と貴志は分析するのであった。

「まあその真偽のほどはともかくとして」

(真偽のほどって……)

 このまま話させるとさらに難しい話になりそうなので、龍はそれを打ち切り。話の腰を折られた貴志は、苦笑しコーヒーをすすってごまかす。

「仏教信じてないのに、仏教の言葉をバンドの名前にするオレらって、確かに日本人だなあ」

 と、名付け親(?)の貴志をちらりと見やって、龍は自分たちを皮肉った。そもそも音楽のジャンル分けは、なかなか難しいもので、そう簡単には決め付けられない。貴志は気まずそうに無言でコーヒーをすすり、彩女はおかしそうに、くくく、と小さく笑う。香澄は気を使って、気付かないふりをし、貴志に微笑んでいる。龍はそんな香澄を見て、ふっと微笑んだ。

 それから一言、

「とにかく、やってみよう。それで駄目だったら、また考えよう」

 となったのであった。

 

 で、今演奏しているこの夜の時間が、香澄をボーカルに加えた新生「demi gods & semi devils」の初陣となったのである。

 夜空には満月が浮かび、星たちも瞬き、千切れ千切れの雲が月光に照らされながら、宙を泳いでいっている。

 ライブは思ったより盛り上がり、ステージで必死にサウンドを叩き出す龍と彩女に貴志、そして香澄がむしろそれに驚きびびったくらいだ。が、そこでひるみを見せて縮こまるわけにはいかない。

 ライブは戦いだ。楽器や音やメンバーや客といった色々なものや、自分自身とも。

 彩女はギターを弾きながら、香澄の後姿をちらっと見やった。小柄で細いその後姿からは想像もできないほど、香澄の声は炸裂している。盛り上がる客を前にしても、すこしもひるむところがない。

(たいしたタマだよ) 

 ネクラだと思っていたのが、なかなかどうして。ステージに出るうえでは肝っ玉が何よりも肝要になってくる。いくら上手いといっても、肝心のステージで縮み上がってしまえば元も子もない。

 うたうほどにテンションは上がり、彩女も負けてはいられないという気持ちになり。弾き出すギターサウンドは唸りを上げ、咆哮し。

 貴志のベースも唸りを上げて、ドラムとギターのサウンドを押し上げ香澄にぶつける。

 一体となったサウンドとボーカルはそこのけの勢いで破裂して弾け、ライブハウス中にぶちまけられ。ぶちまけられた客はバンドのサウンドと香澄のボーカルに引っ張られるようにもろ手をあげて、喚声轟く。

 

泥の中で腐乱死体になった赤い蝶々は、泥まみれで土にかえるよ。

墓なんかないさ。

みんなそこを踏みつけて通り過ぎていくだけさ。

誰も、そこで赤い蝶々が死んだなんて知らない。

太陽の日差しも月の光も届かない、あたしの赤い蝶々なんか、光を受ける人には見られやしない。

見えやしないんだ!

見えてたって、見えないって言うんだ。

だって、見たくないから、あたしの赤い蝶々なんか。見たくないから、見えないって言うんだ!


 バンドのサウンドを押しのけるように、香澄絶叫。

 どっ、と喚声があがって。

 「demi gods & semi devils」を飲み込もうとする。飲み込まれまいとバンドのメンバーは、香澄はサウンドとうたごえをぶつけかえす。ライブはその応酬で、みんな活き活きと音をぶつけあっていた。

(デスメタルがアライブメタルになっちまった)

 龍は気力と体力を振り絞って目一杯ドラムを叩きながら、歯を食いしばってそう皮肉った。


おわり

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