8 気詰まりな団らん
毎晩、私は眠る時間のぎりぎりまで、居間のいすに座っていた。そこには奥さんや、お父さんや、エルザやアダーリもいる。みんなはトランプやお絵かきをして遊んでいて、私はそれを見ないふりして、本を読む。
時折、四人のうちの誰かが、私をちらちらと見ていることに気がつく。けれど、彼らは誰も、私に話しかけてこようとはしない。私も、自分から話しかけにいくことはなかった。
私は怒っていた。大切な砂の瓶を取り上げようとしたお父さんに。お父さんに告げ口をしたアダーリに。私が作ったクッキーを踏みつけたエルザに。冷たい奥さんに。そして、みんなもきっと、私に怒っていた。私が居間にいるせいで、気詰まりな空気が家の中に漂っていた。そのうち誰かがこの冷たい空気に根負けして、私にずっと子ども部屋にいていいと言ってくれないかなと私は期待した。
けれど、お父さんも奥さんも根気が良い。私は相変わらず、いたくもない団らんの場にいさせられて、いらだっていた。
アダーリとエルザと一緒に二階に上がり、ベッドに入ってから、私はようやくいつもの儀式を始めることができる。鞄から取り出した砂の瓶を握りしめて、二人の寝息が聞こえてくるのを待った。エルザはわりとすぐに寝入ってくれるけれど、アダーリは月の光でこっそりと本を読んでいるらしく、彼女が眠るまではずいぶん長いこと待たなければならなかった。
時刻が真夜中にさしかかると、私はようやくベッドから身を起こす。そしてカーテンをちょっとつまんで、窓の向こうに真っ白な月が浮かんでいることを確認して、瓶を取り出した。そして、窓の側に瓶を置いた。月の光がガラスを通して投げかけた、透明な影を見ていると、やり残した宿題をちゃんと終えた時のように心が安らいだ。けれど、朝まで瓶を置いていたらみつかってしまうので、ちょっと経ったらまた瓶を鞄の中にしまいこんだ。
そうして数日経った夜のこと。いつものようにベッドから抜け出して、窓のカーテンを開くと、若い砂男が外にいた。彼は親しげに手を振っていた。私は嬉しくなって窓を開けた。砂男が入ってきて、窓にこしかけた。
「久しぶりだな」
砂男はひそやかに言った。わたしも小声であいさつした。
「元気だったか?」
私はうなずいた。本当は、あんまり元気とはいえなかった。お父さんに叱られて、砂男と会うことも禁じられて、腹が立っていたし、悲しい気分だった。けれど、彼を心配させたくはない。
それからしばらくひそひそと、楽しい話をした。彼はあちこち飛び回って仕入れた、いろんな町の冗談を聞かせてくれた。私はくすくす笑ったけれど、年老いた砂男を思い出して、胸の奥が少しだけ痛くなった。
けれど、その時、
「その人、誰なの?」
エルザのきんきんした声が、部屋いっぱいに響いた。つづいて、ベッドの上の段で眠るアダーリが、うーんと寝ぼけ声を上げた。
私はおどろいて、固まってしまった。砂男は黙ってエルザと目を合わせていた。
エルザは敵意のこもった目で砂男を睨む。彼女にも、砂男が見えているのだ。そう気がついた時、エルザが窓に近づいてきた。
エルザは砂男に向かってきっぱりと言った。
「出ていって。もう、ツィラにかまわないで!」
それからは、あっという間だった。エルザは窓辺にあった私のガラス瓶をさっと奪い、庭に投げ捨てた。私の耳に、ガラスが割れる小さくて悲しい音が届いた。
私は窓から身を乗り出し、瓶が落ちた場所を探した。けれど、二階の窓からは何も見えない。
「こんなものがあるせいで、お父さんもお母さんも心配するのよ」
エルザが威張った口調で私にそう言った。私は答えない。割れたガラスと、こぼれてしまったであろう銀の砂の行方で頭がいっぱいだった。
砂を取り戻したい。ただそれだけを考えて、私は窓から庭へ飛び降りた。