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月夜に  作者: 六福亭
6/18

6 謎の少年

 気がつくと、辺りはすっかり夜になっていた。立ち止まると寒い。自分がどこから走ってきたのか、分からなかった。街の中を歩いたことはない。ずっと家の中にいたから。お父さんたち以外に知り合いもいない。


 私は、道ばたに座り込んだ。周りを見れば、丘を引いて眠っているおじいさんや、固まって乾杯している少年たちが近くにいた。誰も私には目もくれない。


 パンやビールの瓶を抱えた男の人たちが、自分の家に帰っていく。家の窓から子どもたちの笑い声や、温かい明かりがこぼれている。


 その時私は、家を飛び出してきたことを後悔し始めていた。帰り道も分からないまま街をさまよっていたら、いつか凍えて死んでしまうかもしれない。外套も帽子もマフラーもなく外にいると、木枯らしが容赦なく私の肌を切りつけた。


 見上げると、雪がゆっくりと舞い落ちるのが見える。雪はもう、地面に積もりつつあった。身震いし、もう一度上を見た時、一人の少年が誰かの家の窓から飛び降りるのが見えた。


 二階の窓から軽々と降りてきた少年は、弾むような足取りで雪の上を歩いた。不思議だ。あんな高いところから降りたのに、怪我一つないなんて。


 その少年は周りの家を見回していたかと思うと、急に飛び上がり、さっきとは別の家の窓を開けて中に入っていった。


 私は思わず立ち上がった。少年はすぐに出てきて、さっきのように地面に降りてきた。彼が大きな袋を持っていることに、私は気がついた。


 少年の後を追いかける。少年は、口笛を吹きながら、次に入る家を物色しているようだった。


 私はとっさに、少年の前に躍り出た。少年は驚いて立ち止まった。私より、何歳か年上にみえる。そばかすの浮いた白い肌に、くしゃくしゃにはねた赤い髪。いきいきと輝くつりめがちの瞳。


 あなたは泥棒なのかと、私は尋ねようとした。だけど怖くて、のどから声が出てこない。

 少年は、つかつかと近づいてきた。

「仕事中の俺が見えるのか、お前。珍しいな。だけど、子どもの中には、たまにいるんだよな」

 私は怖くなった。

「言っとくが、俺は泥棒じゃない。お前、家に帰らないのか? 親はどこにいる?」

 私は自分のことよりも、相手のことが気になった。

 一体何者なんだろう?

 私の疑問を感じ取ったのか、彼はこう言った。

「俺は、砂男だ」

 その時私がどんなに驚いたか、彼は知らないだろう。照れたように自分の髪をかき回して言い足した。

「と言っても、最近の子どもは知らないんだよな」

 私は首を横に振る。知ってる。悲しいほど知ってる。砂男が何をするのか、どんな人たちなのか、誰よりもよく知ってる。

 私は、若い砂男の顔をじっと見た。私の大事な友達、いつの間にか来なくなったあの年老いた砂男の面影を探した。だけど、その少年は結局、私の知らない砂男だ。

 それでも、私は砂男の腕を握りしめた。何か話そうとするたびに。喉に熱いかたまりがこみ上げた。少年はやがて、私の手を優しくひきはがした。

「お前が俺に誰を重ねているのか知らないけどさ、自分以外の砂男に会ったことがほとんどないんだよ。一匹狼だから」

 そう言って、砂男は空に向かって遠吠えのまねごとをしてみせた。私は思わず笑った。ポケットにあの砂の瓶を入れていたことを思い出して、そっと取り出してみせた。

「何だ、それ。誰にもらったんだ?」

 少年は、砂の瓶をじっと見て、私に返してくれた。

「大事に持っとけよ。お守りになる」

 私はうなずく。少年は私の名前と住所を聞き、家に送ってくれると言った。街中の地図が頭に入っているらしい。


 家の前まで来た時、若い砂男はそっと私に言った。

「なあ、ツィラ。その砂な、毎晩月の光にたっぷりさらしてごらん。きっと良いことがあるから」

 私は当惑した。どんな良いことがあると言うのだろう?

「ま、やってみな。月は、俺たちの神様なんだ」

 そう言い残して、砂男は去って行った。私はポケットの中の瓶をしっかり握ったまま、家の中に入った。家を飛び出したことを叱られたけれど、ツリーは元通りになっていたし、奥さんは食べられなかったクッキーのお礼を私に言った。エルザが、ふくれっ面で私を睨んでいたけれど。



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