6 謎の少年
気がつくと、辺りはすっかり夜になっていた。立ち止まると寒い。自分がどこから走ってきたのか、分からなかった。街の中を歩いたことはない。ずっと家の中にいたから。お父さんたち以外に知り合いもいない。
私は、道ばたに座り込んだ。周りを見れば、丘を引いて眠っているおじいさんや、固まって乾杯している少年たちが近くにいた。誰も私には目もくれない。
パンやビールの瓶を抱えた男の人たちが、自分の家に帰っていく。家の窓から子どもたちの笑い声や、温かい明かりがこぼれている。
その時私は、家を飛び出してきたことを後悔し始めていた。帰り道も分からないまま街をさまよっていたら、いつか凍えて死んでしまうかもしれない。外套も帽子もマフラーもなく外にいると、木枯らしが容赦なく私の肌を切りつけた。
見上げると、雪がゆっくりと舞い落ちるのが見える。雪はもう、地面に積もりつつあった。身震いし、もう一度上を見た時、一人の少年が誰かの家の窓から飛び降りるのが見えた。
二階の窓から軽々と降りてきた少年は、弾むような足取りで雪の上を歩いた。不思議だ。あんな高いところから降りたのに、怪我一つないなんて。
その少年は周りの家を見回していたかと思うと、急に飛び上がり、さっきとは別の家の窓を開けて中に入っていった。
私は思わず立ち上がった。少年はすぐに出てきて、さっきのように地面に降りてきた。彼が大きな袋を持っていることに、私は気がついた。
少年の後を追いかける。少年は、口笛を吹きながら、次に入る家を物色しているようだった。
私はとっさに、少年の前に躍り出た。少年は驚いて立ち止まった。私より、何歳か年上にみえる。そばかすの浮いた白い肌に、くしゃくしゃにはねた赤い髪。いきいきと輝くつりめがちの瞳。
あなたは泥棒なのかと、私は尋ねようとした。だけど怖くて、のどから声が出てこない。
少年は、つかつかと近づいてきた。
「仕事中の俺が見えるのか、お前。珍しいな。だけど、子どもの中には、たまにいるんだよな」
私は怖くなった。
「言っとくが、俺は泥棒じゃない。お前、家に帰らないのか? 親はどこにいる?」
私は自分のことよりも、相手のことが気になった。
一体何者なんだろう?
私の疑問を感じ取ったのか、彼はこう言った。
「俺は、砂男だ」
その時私がどんなに驚いたか、彼は知らないだろう。照れたように自分の髪をかき回して言い足した。
「と言っても、最近の子どもは知らないんだよな」
私は首を横に振る。知ってる。悲しいほど知ってる。砂男が何をするのか、どんな人たちなのか、誰よりもよく知ってる。
私は、若い砂男の顔をじっと見た。私の大事な友達、いつの間にか来なくなったあの年老いた砂男の面影を探した。だけど、その少年は結局、私の知らない砂男だ。
それでも、私は砂男の腕を握りしめた。何か話そうとするたびに。喉に熱いかたまりがこみ上げた。少年はやがて、私の手を優しくひきはがした。
「お前が俺に誰を重ねているのか知らないけどさ、自分以外の砂男に会ったことがほとんどないんだよ。一匹狼だから」
そう言って、砂男は空に向かって遠吠えのまねごとをしてみせた。私は思わず笑った。ポケットにあの砂の瓶を入れていたことを思い出して、そっと取り出してみせた。
「何だ、それ。誰にもらったんだ?」
少年は、砂の瓶をじっと見て、私に返してくれた。
「大事に持っとけよ。お守りになる」
私はうなずく。少年は私の名前と住所を聞き、家に送ってくれると言った。街中の地図が頭に入っているらしい。
家の前まで来た時、若い砂男はそっと私に言った。
「なあ、ツィラ。その砂な、毎晩月の光にたっぷりさらしてごらん。きっと良いことがあるから」
私は当惑した。どんな良いことがあると言うのだろう?
「ま、やってみな。月は、俺たちの神様なんだ」
そう言い残して、砂男は去って行った。私はポケットの中の瓶をしっかり握ったまま、家の中に入った。家を飛び出したことを叱られたけれど、ツリーは元通りになっていたし、奥さんは食べられなかったクッキーのお礼を私に言った。エルザが、ふくれっ面で私を睨んでいたけれど。