5 クッキーとクリスマスツリー
クリスマスが近づいている。アダーリとエルザは、うきうきしながらクリスマスツリーの飾りつけをした。私はそれを遠巻きに眺めていた。
奥さんとの勉強は続いていたけれど、私は前ほど打たれることは少なくなった。けれど、奥さんの方が私を避けているような気もした。
あの作文が、あんなに叱られた訳を、私は後から知った。私を学校に通わせず家で勉強を教える条件として、奥さんは私が解いた課題を学校に提出しているのだそうだ。お母さんのことを書いた作文はきっと学校の偉い人が喜ばないだろうかと奥さんが考えて、書き直させようとしたらしい。
それを知った時、私はなおさら悲しくなった。世界は、私とお母さんを嫌っているのだとはっきりしたから。
もうすぐクリスマスなのに、私は奥さんとまだ仲直りをしないままだった。お互いに謝ることもなく、よそよそしく接している。表向きは穏やかに見えるけれど、ふとした拍子に目が合うと。奥さんの目が冷たく尖っているのが嫌でも分かる。
ある日、奥さんが少し早めに授業を終わらせ、買い物に出かけた。私は奥さんが出かけている間に、クッキーを焼くことにした。
お菓子を作るのははじめてじゃない。お母さんが、パイやクッキーの生地の作り方を教えてくれた。材料を食料庫からもらってきて、私はせっせと生地をこねた。
焼き上がったクッキーは、一番に奥さんにあげるつもりだった。あの作文のおわびに。そして、勉強を見てもらっているお礼に。オーブンから漂う甘い匂いをかぐと、気分が明るくなった。
三十分くらい焼いた後で、オーブンからクッキーをとりだし、冷ますためにテーブルに並べた。人や星の型をぬいたクッキー。一つだけ味見にかじると、香ばしくほのかに甘い味が口いっぱいに広がった。
見事なできばえのクッキーを眺めていると、アダーリとエルザが帰ってきた。
「良い匂い! 母さん、クッキーを作っているのね」
台所にかけこんできたエルザが、私しかいないのを見て顔を引きつらせた。
「あんたが、これを作ったの?」
私はうなずいた。エルザが金切り声を上げる。
「どうして? 私たちの小麦粉で? 何のために?」
奥さんにあげるのだと答えると、エルザはテーブルの上のクッキーを、残らず払いのけ、床に落とした。遅れて台所に入ってきたアダーリが息を呑む。
「エルザ! 一体何を……」
エルザは私に向かって吐き捨てるように言った。
「あんたのクッキーなんかもらったって、母さんは喜びやしないわよ!」
私はその場から動けなかった。
「クッキーは、あたしが母さんに作ってあげるはずだったのに! お願いだから、もう、あたしから、母さんを奪わないで!!」
エルザは私を突き飛ばし、床の上に散らばったクッキーを踏みつけた。私は、悪魔のような形相のエルザから後ずさった。困ったような顔のアダーリが、私に近づく。
「ツィラ、待って……」
私はどんどん後ろに下がり、台所と居間の間に立っていたクリスマスツリーにぶつかった。アダーリとエルザが一生懸命飾った、立派なクリスマスツリーが、ゆっくりと倒れ、大きな音を立てた。ポール玉や星が何個もツリーから外れて転がっていった。枝は折れ、もみの葉がそこら中に撒き散らされた。
とんでもないことになった。私はとっさに家を飛び出し、走って逃げた。薄暗い空から雪が降っていたけれど、寒さはそれほど感じなかった。夕方の。子どもたちがあちこちで遊んでいる街の中を、あてもなく走り続けた。