4 アダーリとエルザ
ある時、私は子ども部屋に一人でいると、上の娘のアダーリが入ってきた。彼女はお風呂上がりで、石けんの匂いがした。私は目を伏せて、お母さんの本を読むふりをした。
初めてこの家にやってきた日以来、私は彼女たちとちっとも打ち解けられていない。互いを無視しながら、居心地の悪い日々を送っていた。彼女たちが私のいる部屋に入ってくると、なるべく部屋を出ていくようにした。彼女たちも同じだった。
その時は、アダーリの視線を強く感じた。そして、彼女が息を吸い込む音がした。
「どうして、下に降りていかないの?」
私は黙っていた。下には、エルザや奥さんがいる。彼女たちの輪に入っていきたいとは思えなかった。
アダーリはつかつかと私の前に来て、激しい口調で言った。
「あなたはいつもそう。わたしたちと仲良くなる気がないのね。自分が特別だとでも思っているんでしょう!」
私はアダーリの目を避け、お母さんの本の頁をめくった。アダーリがさっと本を取り上げ、自分たちのベッドに置いた。
「わたしの目を見て、ちゃんと答えて。あなたは、私たちが嫌いなの?」
私は首を横に振った。
「嘘つき」
甲高い声がした。エルザがいつの間にか部屋にいて、私を非難する。
「あんたの勉強をみてる間、母さんがどんなに大変な思いをしているか、知ってる? 毎日たくさん問題を作って、あんたの答えにバツをつけて……。私たちと一緒にいても、母さんはあんたのことばっかり考えてる!」
私は思わず、砂の瓶を握りしめた。
「それなのに、あんたは母さんを裏切ったんでしょう! あんたが作文の紙を破いたから、母さん泣いてたんだよ!」
アダーリも静かに言った。
「そうよ。だから本当はわたしたちも、あなたが大嫌い。いなくなればいいのにといつも思ってるわ。母さんに頼まれたから、仕方なくあんたをこの家にいさせてやってるの。……そのこと、忘れないで」
アダーリはエルザをつれて部屋を出て行った。残された私は、胸に砂の瓶を抱いて、ベッドの上に丸まった。
あの家に、帰りたい。アダーリやエルザと毎日顔を合わせずに済んだら、どんなにほっとするだろう。嫌いあう私たちは、離れていた方がきっと上手くいくはずだ。
瓶を傾けると、さらさらと揺れる音がした。砂男に会いたい。この家に来てから、いつもそう思っている。
だけど今日は、別の思いが胸を満たす。奥さんが、私のせいで傷ついた。それを知って、私は苦しくなった。私のせいだ。それを家の誰もが知っていて、私をより憎むようになった。
今の私を砂男が見たら、どう思うだろう。幻滅してしまうかもしれない。お母さんもだ。けれど、あの人たちと仲直りする方法は分からない。側によるたけでも胸が苦しくて、声も出せないのに。