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月夜に  作者: 六福亭
2/18

2 歓迎されない家

 鞄一つに大切な物を詰め込んで、お父さんたちと車に乗った。運転手が大きなエンジンの音をたてて車を発進させた。後ろの席で、隣に座るお父さんは、私の手をぎゅっと握った。奥さんは私かたできるだけ体を離して、窓の向こうばかりを眺めていた。


 奥さんと私はほとんど話したことがない。お葬式の時も、お父さんが結婚相手として紹介した時も、私はほとんど挨拶ができなかった。彼女も、ただ冷たい目で私を見るばかりだった。

 

 新しい家は、私の家から遠く離れた街にあった。丸半日かけて、すっかり日が暮れた時間に私たちは車から降りた。レンガの壁の二階建ての家。庭は私の家よりも広く、いろんな草木の鉢があった。冷たい風がふきつけ、私はくしゃみをした。


 鞄を地面に置いてのびをしていると、視線を感じた。振り返ると、奥さんがじっと私を見つめていた。


 いたたまれない気分になって、慌てて鞄を持ち上げる。奥さんはつんとすました顔で、さっさと家の中に入って行った。お父さんがその後に続き、開かれた玄関から私を呼んだ。

「おいで、ツィラ。ようこそ、私たちの家へ」

 私はおそるおそる家の中に足を踏み入れた。玄関には鮮やかな赤色の花が飾られていた。居間でお父さんと奥さんたちが私を待っている。


 居間の入り口近くに私専用の小さないすがあった。お父さんに促されて、私はいすに腰かけた。そして、辺りを見渡した。


 広くて立派な部屋だった。足元の絨毯は分厚くて、細かい刺繍の模様がいっぱい。壁に備え付けられた暖炉には火が燃えていたけれど、私のところまでは暖かさが届かない。物語の本やお人形やトランプのカードが、隅の方にひっそりと固めて置いてあった。


 居間には、お父さんと奥さんと、奥さんの娘が二人いた。奥さんはとても美人だ。金色の髪の毛はちょっとの乱れもなく結い上げられているし、緑色の瞳はエメラルドのようだった。


 二人の娘に会うのは、今日が初めてた。上の娘、アダーリは十三歳。その妹のエルザは九歳。どちらも見事な金の髪だ。


 彼女たちは、私を穴があくほど見つめていた。私は、自分が着ているしわだらけのワンピースや、できそこないの三つ編みがすっかり恥ずかしくなり、うつむいた。床の木目も私を睨んでいる。


 お父さんが、私と二人の娘たちに優しく言った。

「アダーリ、エルザ、この子がツィラだ。ツィラ、アダーリとエルザだ。仲良くできるね?」

 アダーリとエルザは「はい」とお行儀良くうなずいた。だけど私は、その時何も答えられなかった。奥さんが視界の端で、すっと目を細めた。

「ツィラ、今日からあなたはアダーリたちと同じ部屋で寝るのよ。荷物を置いてきなさい」

 アダーリがさっと立ち上がり、「案内してあげる」と言った。エルザはついてこなかった。


 子ども部屋は二階にある。ぬいぐるみや本が散らばった二段ベッドと、急ごしらえらしいベッドがあった。

「二段ベッドは、わたしとエルザのもの。そっちのベッドは、あなた用」

 私は鞄をベッドの脇に置いて、中の物が壊れていないか確かめた。お母さんが大事にしていた物語の本、聖書、何枚かの服と下着。それから、割れないようにハンカチで何重にもつつんだ、砂のガラス瓶。

「それは何?」

 アダーリが、私の手の瓶をのぞき込んで言った。私は答えない。何と説明したら良いか分からなかったから。瓶の中の銀色の砂は、私の大切な宝物。いなくなった砂男が忘れていった仕事道具。だけど、他の人に話しても、決して分かってはもらえないだろう。

 砂男にもらった物は他にもあったけれど、石ころや花ばかりだったので、ここに持ってくることは許されなかった。

 私は瓶を隠すように抱きしめ、ひびが入っていないことを指先で確かめた。そして、もう一度ハンカチに包み、鞄の中にしまった。


 沈黙ばかりが続いて気詰まりな夕食が終わった後、廊下でアダーリとエルザ、そして奥さんが話しているのをたまたま聞いてしまった。

「わたしたちと口もきこうとしないのよ。せっかく仲良くしてあげようと思ったのに、お高く止まっちゃって……」

 私のことを話しているのだと気がついた時、胸が冷たくしびれるように痛んだ。

「お母さん、どうしてもあの子と一緒に住まなきゃいけないの? 今までと同じじゃだめ?」

「エルザ……」

 奥さんが優しく下の娘をたしなめた。

「あなたと同じくらいの年の女の子を、一人で好きにさせてちゃいけないのよ。自分でお金を稼ぐことはもちろんできないし、家の仕事だって一人じゃきちんとできないし、学校にも行ってなかったのよ。誰かがきちんと見張っていて、厳しくしつけないといけないの」

「それでも、あたしは嫌!」

「エルザ!」

 たまらず、私はその場から逃げ出した。子ども部屋に逃げ込んでも、言い争いの声は小さく、ずっと聞こえた。私はベッドに潜り込み、耳をふさいだ。みじめだった。


 私だって、知らない女の子と一緒に暮らすのは嫌だ。私をあの家から連れ出したのはお父さんと奥さんなのに、どうしてあんな風に冷たくするのだろう。エルザが言う通り、私だってあのままお母さんの家にいたかったのに。



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