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月夜に  作者: 六福亭
14/18

14 イブのお出かけ

 クリスマス・イブはもうすぐだ。雪が積もった日、学校帰りのアダーリ、エルザと出かけて、ヒイラギの葉や赤い木の実を探した。ツリーの他にクリスマスリースを三人で作る

のだ。


 明るいうちに街を歩くのは、少しどきどきする。けれど、2人は片時も私のそばを離れず、守ってくれていた。


 街を歩く人々の姿をこっそり眺めながら、私はふと思った。砂男は、昼間はどこにいて、何をしているのだろう。


 夜にああして家々を飛び回っているのだから、昼間は家で眠っているのだろうか。けれど、砂男は家が妖精達に荒らされたと言っていた。彼が新しい家を見つけられたことを祈った。


 クリスマス・イブは砂男と出かけ、クリスマスは家族と過ごすことになっている。少し前まで想像もできなかったくらい、楽しい二日間になる予感がしていた。気づかないうちに鼻歌を歌っていたらしく、エルザにからかわれた。


 私とアダーリには、他の家族に内緒にしている秘密がある。それは、こっそり書いている物語のことだ。実はアダーリにも、物語を書く密かな趣味があったらしく、私達は意気投合した。エルザや奧さんにいつか読んでもらう物語を二人で書いて、驚かせるつもりなのだ。


 アダーリだけには、私の大切な秘密__砂男のことを打ち明けた。アダーリの方が、実は妖精の世界について博識であることが分かったから。彼女は妖精の絵を描くのも好きで、想像で描いた絵をいくつも見せてくれた。私は、今度アダーリに砂男を会わせると約束した。そしていつか、二人でいろんな妖精を探しに行こうと決めた。


 クリスマス・イブの朝、家を出るために協力してくれたのもアダーリだった。私はアダーリと連れだって家を出て、庭で別れた。アダーリはアダーリで、デートの約束があったから。家族に内緒で、同じ学校の男の子と交際しているらしい。


 庭で待っていた、茶色い髪のハンサムな男の子と腕を組んで、アダーリはうきうきと歩いて行った。今日のアダーリはとてもかわいい。赤い外套に、白いふわふわの耳当てを金の髪の上からつけて、緑のワンピースを着て。お姫様みたいな装いで、私に手を振った。彼女のボーイフレンドは幸せ者だ。


 一人待つ私は少し緊張していた。朝に会うのははじめてだ。

「__おはよう」 

 私はまばたきをした。いつのまにか、砂男が目の前にいた。黒い帽子とコートを着ていた。寒いからか、薄いマフラーも。会うのがずいぶん久しぶりな気がした。

「おはよう、砂男さん!」

 砂男は微笑んだ。私の胸が後ろめたさで締めつけられる。

「ごめんなさい、あの……最近、夜に出てこなくて……」

 砂男は首を振った。

「いいんだ、ツィラ。謝る必要はないよ」

 さあ行こう、と砂男が促す。私は彼の隣を歩いた。

「仲直りできたんだね」

「うん、そうなの!」

 私は、アダーリとエルザ、奧さんと話したことをすっかり打ち明けた。

「話してみたら、難しくなかったろう」

「ええ。砂男さんの言った通りだったわ」

「そうだろうとも」

 砂男は嬉しそうだった。

「今日は、お芝居を観にいくんだっけ」

「そうだよ。外国の劇団が、広場で公演をしているんだ」

「お芝居なんて、はじめてだわ。難しい?」

「いいや。ツィラなら、楽しめるだろうよ」

 そう言いながら砂男が向かったのは、人がたくさん集まる広場だった。あちこちに食べ物の屋台が出ていて、良い匂いが漂ってきた。そして、鮮やかな虹色の巨大なテントが広場の中央にあった。


 大勢の人がテントの中に入っていく。彼らの目が私に向けられ、悪意で歪んだ気がした。けれど私が怖くなった時、砂男が私の肩を優しく叩いた。

「我々も中に入ろう」

 不思議なことに、その後は誰も私に気づかず、ぺちゃくちゃと自分達で笑い合っていた。薄暗いテントの中にぽっかりと広がる舞台があって、そこで役者がお芝居をするのだと砂男が教えてくれた。


 お芝居はとても愉快だった。砂男が買ってくれたキャンディーをかじりながら、何度も笑い転げた。砂男を横目で見ると、彼もやっぱり笑っていた。


 へんてこな仮面をかぶった役者達が最後に何度もおじぎをして、私達は精一杯拍手をした。テントを出た後は、ぶらぶらと辺りを散歩した。大きな川があったので、橋の欄干によりかかって水面を眺めた。

「面白かったかい?」

「ええ!」

「それはよかった」

 砂男は川から目をそらし、私の顔を見た。

「君の心を慰めてくれるものは、この世にたくさんあるね」

 私は顔をしかめた。

「どうして、急にそんなことを言うの?」

「いいや、大した意味はないよ」

 砂男は落ち着いて答えた。

「私の話を少し聞いてくれるかね?」

 そう前置きして、砂男は淡々と語った。

「私はずいぶん長く生きた。それこそ、イエスが馬小屋で生まれるよりも前からね。妖精の時間は、人間の時間と流れ方が違う。私よりも長く生きている者も大勢いる。__だが、妖精でも人間でも、命ある者全てに共通することがある。それは死だ。どんなに寿命が長いエルフでも、ツリーフォークでも、いずれは死ぬ。勿論、私もだ」

 私は息をのんだ。砂男の穏やかな目が怖かった。

「私は、一度死んだ。君が前に住んでいた家で。君が砂丘に飛び出した夜に」

 私はとっさに、砂男の腕をつかんだ。風に吹かれて、砂男が消えてなくなってしまう気がして。

「私には分かっていた。あの時、ちょうど寿命を迎えていたのだ。だが、一人ぼっちの君を残して死ぬのがたまらなく辛かった。この体が砂粒になる瞬間まで、君のことを思っていた」

 だが、不思議なことが起きた。

「私は君の新しい家で目を覚ました。生まれ変わったのか? いや、違う。死から蘇るという、不自然なことが起きたのだ。誰にも望まれていない出来事だった」

「砂男さん!」

 私は叫んだ。腹立たしくて、顔が熱くなった。

「誰にも望まれてないですって? どうしてそんなこと言うの? 私が願ったのよ、砂男さんに会いたいって! きっと、神様が私のお願いを叶えてくれたのよ!」

「それでも。私は君ともうそんなに長くはいられない。いてはいけないのだ。自然の定めに逆らえば、必ず大きな報いが来る。その時に君を巻き込みたくはない」

「そんな話をするために、私を連れ出したの?」

 砂男は肩をすくめた。私は彼に背を向け、ずんずんと歩き出した。

「どこへ行くんだね?」

「のどが乾いたの。何かあったかい飲み物、買ってくる!」

 猛烈に腹を立てていたので、それ以上一言も口をきかず、砂男から離れた。砂男の顔を見たら泣きだしてしまいそうだったので、絶対に振り返らない。


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