11 砂男との約束
私はまた砂男を怒らせてしまったのだろうか? そればかり気になって、翌日は何も手につかなかった。ただ夜が早く来ることばかりを念じていたけれど、同時に砂男はもう来ないのではないかと恐れてもいた。
うんざりするほど長い昼間が終わり、日が暮れてから私はもうそわそわし通しだった。早く子ども部屋に行こうとアダーリ達を急かして呆れさせ、さっさとベッドに潜り込んだ。心臓がどきどきしてたまらなく怖かった。
時計が十鳴った瞬間、私は部屋から飛び出した。今夜は月が見えなくて、雪がちらちらと降っていた。両手に息を吐いて温めながら、砂男を待つ。
足音が聞こえた。街から庭へと続く小道を、砂男が歩いてくる。
「砂男さん!」
「__こんばんは」
砂男が私の側にやってくる。
「風邪をひくといけないから、今夜は早めに家へお帰り」
「来たそばから、そんなこと言わないで!」
白い息をどんどん吐きながら、私は怒ったふりをした。
砂男が何かを差し出す。受け取ってみると、温かい岩塩だった。
「手が凍えるといけないからね」
「こういうの、どこで手に入れてくるの?」
「昨日の朝、私の家に行ってきた。そこで見つけたのだ」
砂男の家。あまり考えたことはなかったけれど、誰にでも帰る家があるのは当たり前だ。
「しばらく帰っていなかったから、ひどい有様だったけれど」
「ひどい有様って、どんな風に?」
「食料品は全て、小さな妖精達に食い荒らされていたし、金目のものはゴブリンやレプラコーンが運び出してしまっていたらしい。まあ、大して気にしてはいないが」
「ひどいことをする人がいるのね」
「妖精の世界では、そう悪いことではないんだよ」
「ゴブリンって言ったわね。いたずらとかもするの?」
「ああ。彼らは誰かを困らせるのが好きだ。人間や、他の妖精達に対しても」
「妖精って他にもいっぱいいるの?」
「そうだね。いろんな者がいる。人間とよく似た姿の者も、体の大きい者も、空や水の中で暮らす者も。草木から生まれた者もいる」
だがね、と砂男は付け加えた。
「彼らと関わろうとしてはいけないよ。中には、子どもをさらって、自分の国に連れて行こうとする邪悪な妖精もいるからね」
「私、別の砂男さんに会ったわ。いけなかった?」
「別の?」
砂男は眉を上げた。
「男の子みたいな若い人だった。砂男さんが忘れていった砂に、月の光をあててみたらって教えてくれたの。優しい人だったわ」
「……そうか」
私はくしゃみをした。もう寝る時間だと砂男が言い、私もそれに賛成した。
「あの子たちと仲直りはできたかね?」
私は首を振る。
「土曜日までには仲直りしたいんだけど……」
「おや、どうして?」
私は照れた。
「その日は私の誕生日なの」
砂男は目を瞠った。
「そうだったのか。その日はクリスマス・イブでもあるが」
「えへへ」
砂男はちょっとの間何かを考えていたが、微笑んで私に言った。
「じゃあ、その日もし君に用事がなければ、お芝居でも観に行こうか」
街に出るということだ。私はちょっと迷ったけれど、楽しい期待の方が勝った。
「行きたい!」
「ただし、必ずあの子達と仲直りはするんだよ」
「頑張る!」
私は拳を握った。わくわくして、眠気や寒さが吹き飛んでしまった。
「それじゃ、おやすみ。もうしばらく雪が降るようだから、温かくして寝るんだよ」
「うん、砂男さんもね。これから子どもの家を回るの?」
「ああ。だが、その前に砂を集めに行かなくては」
「気をつけて。悪い妖精に出会ったりとか、しないよね?」
「大丈夫だよ」
砂男は、小径を歩いて行った。足跡が、新雪の上に残っていた。




