1 孤独な少女
その時、私は一人ぼっちだった。
私を愛してくれた人は、以前は確かにいた。まず、お母さんとお父さん。私たちは、三人で、この居心地が良い家に暮らしていた。お母さんは、家をきれいに、明るくすることが得意だった。壁に水色の紙をちょっとの隙間もなく貼って、誰が描いたとも知れない美しい絵を下げ、棚には小さな陶器の人形をいくつも置いた。テーブルにはいつも庭で摘んだ元気な花を飾り、ランプで料理の皿を暖かく照らした。お母さんの料理は、とてもおいしかった。たまねぎとじゃがいもをじっくりと煮込んだスープや、すっぱいザワークラウト。香料のきいたローストチキンに、安息日のパイ。
お母さんは、毎朝、私の髪を編んでくれた。手早く、けれど決して私が痛がらないように、優しい手つきで。いつもそのできばえは素晴らしいものだった。
お父さんは仕事でいつも忙しくしていたけれど、毎晩、私が眠るより前には帰ってきた。そして、三人で暖炉の前に座った。お母さんが聖書や絵本を読んでくれたり、お父さんと私がふざけ合いをした。穏やかで楽しいひとときだった。
けれど、私が九つの時__すなわち、一年ほど前に、お母さんは死んでしまった。町に出た時、事故にあったのだと、お父さんが私を抱きしめながら話してくれた。その時お父さんがぶるぶる震えていて、私にそっくりの青い瞳が凍ったように大きく開かれていたから、私は怖くなり、お父さんを抱きしめ返すことがとうとうできなかった。
お葬式の時、お父さんの側には、しらないきれいな女の人がぴったりついていた。それで、悲しんでいたお父さんは、いくらか元気が出たみたいだった。
お母さんが死んでしまってから一ヶ月ほど経って、お父さんはその女の人と結婚した。その女の人には娘が二人いた。お父さんは彼女たちの家で暮らすことになったけれど、私はお父さんについていかなかった。
三人で暮らした、この家。お母さんが作ってくれた温かい場所を出ていくのは、どうしても嫌だったのだ。まだ家中に、お母さんの気配が残っているのに。私までこの家を出て行ったら、お母さんの心はたった一人で取り残されてしまう。
毎朝、私の長い髪をブラシでとかし、三つ編みを作るのは、私自身の仕事になった。お母さんの手つきを思い出しながら髪を編んだけれど、最初は何度やっても不揃いになってしまった。やっとできた三つ編みを頭に巻きつけると、お母さんと同じ髪型になった。
私の一人暮らしが始まってから。お父さんは週に一度、食べ物を持って家に帰ってくる。その時、新しい奥さんや、その娘たちの話をよくしてくれた。お父さんが奥さんをとても愛していること、娘たちもお父さんを慕っていること。それを聞くと、私は悲しい気分になった。お父さんは、早々とお母さんを忘れ、私たちとは別の新しい家族を作ったのだ。
お父さんは何度も、この家を出るようにと私に言った。けれど、私は絶対にはいと言わなかった。
お母さんとお父さんが私の前からいなくなった後、私には不思議な友達ができた。毎晩、私の家の庭にやってくる、年老いた男。彼は、自分は砂男だと言った。
奇妙なことに、ある日を境に、私の家の庭に夜だけ砂丘が現れるようになった。砂男はその小高い砂の丘を昇り、持参した袋に砂を詰める。そして、集めた砂を眠れない子どもの目に落とし、夢の世界へと誘う。
その日あった嫌なことをいつまでもベッドの上で考え続け、泣き出しそうになっていた子も、明日が来るのが嫌で、いつまでも眠るまいと強情を張る子も、遅くまで勉強に励んでいる大人のような子どもも……みんなみんな、砂男の砂で眠ってしまう。砂男はそれを誇りに思っている。子どもには、眠りが必要だ。
私はそんな話を、砂男自身から聞いた。彼は私の家で、お茶を飲みながら私にいろいろな話を聞かせてくれた。そして、私もいろいろな話をした。
彼は本当のおじいさんみたいに優しかったけれど、一緒にいられた時間は短かった。
ある夜から、砂男は私の家には来なくなった。前の夜、彼は私に砂をかけ、眠らせた。朝ベッドで目を覚ますと彼はもうおらず、彼の仕事道具らしい銀色の砂が、ベッドのそばに少しだけ積もっていた。私はその砂を集め、ガラス瓶に入れて大事にとっておいた。砂男がまたやってきたら、返してあげようと思って。
けれども砂男はずっと姿を見せないのだ。魔法の砂丘は、いつまでも無人のままだった。私は待った。時計が十二時を打つまで外を見張っていた。砂男は来ない。その次の日も、そのまた次の日も。ある時は腹が立ち、ある時は悲しかった。
砂男が来なくなってから、一週間ほど経った夜、大雨が降った。雨は一晩中続いた。
私は気が気でなくって、窓を開けて夜空に叫んだ。やめて、そんなに降らないで。砂丘がみんな流れてしまう。私の友達が砂を集める場所が、なくなってしまう。砂男を私から奪わないで。
私の願いもむなしく、朝には砂は一粒残らず消えてなくなってしまった。瓶につめた。一つかみの砂以外は。
こうして、私はまた一人ぼっちの暮らしに戻った。お母さんも砂男も、もう帰ってはこないかもしれないと分かったのは、ある安息日の夜のことだった。聖書を開いた(ほとんどが難しくて読めなかったけれど)時、お母さんがよく読んでくれたお話を見つけた。
その話は、いつか砂男にも読んでもらったことがあった。気がつくと、私は泣いていた。どれだけ大声を張り上げても、私が今こうしていることは誰も知らない。誰も、彼も、消えてしまった。私を置き去りにして。
お父さんが来る日、私は朝から居間でぼうっとしていた。学校にもずっと行ってない。学校に行きたくなるような友達なんていなかったから。みんな、私やお母さんをのけ者にした。嫌い。大嫌い。
お父さんがやってきたのは、お昼を過ぎたころだった。新しい奥さんも一緒だった。お父さんは怒った顔で、私を椅子から引っ張り上げて言った。
この家を出るんだ、ツィラ。お父さん達と暮らそう。
私は嫌だと言った。その理由を、お父さんたちは知らない。私がずっと、いつかきっと帰ってくるはずのお母さんと、砂男を待ち続けていることなんて。
けれど、私はとうとうお父さんに言い聞かされて、ずっと暮らしたこの家を離れることになった。