俺のことは気にしないで。
「好きだよ」
「大好き」
「愛してる」
あと、どのくらい愛を注げば返ってくるのだろう
「別れてくれ、元々お前のことなんか好きじゃなかった」
あーぁ、結局は伝わらずに終わってしまった。
ずっとずっと、君のそばにいるだけじゃダメだったのだ。
どうすれば返してくれたのだろう、いや、諦めが悪かった俺が引き起こしたのだ。
しかし、好きな人から離縁されて実家に帰る途中で盗賊に遭うなんてついてない。損傷は酷く、息は絶え絶えだ。土の上に転がった身体は動かず、空を見ることしか出来ない。
暗い空には流れ星。今日は数年ぶりの流星が流れる日だったようで、見れてよかった。星を見ているのに思い浮かぶのは君の顔だ。アイツの目は星のようにキラキラと輝いている。
あいつに会いたい。あ、もう無理なんだった。
最後まで君を想っているなんて、我ながら諦めが悪い。
ルイスは流れ星にお願いをし、いつの間にか気を失っていた。
「…ス、…イス」
シャッという音と共に光が差した。
眩しい。
「ルイス!!起きなさい」
耳元の大きな声にルイスは飛び起きた。
「いつまで寝てるの!!もう!」
目に入ってきたのは最後に見た姿より数歳若い母親がいた。しかも自分は土の上ではなくベッドの上にいる。
「え、母さん…?!って寒っ」
「いつまでも寝ぼけてないでさっさと支度しなさい。
アカデミーに戻る日でしょう。」
…アカデミー?もう卒業して5年近く経ってるはずだが。
混乱しながらとりあえず、洗顔をしに行くと鏡に映るのは18歳の頃の自分だった。
「え…、これってもしかしなくても戻ってる…?」
ルイスは戸惑いはしたものの、元々大雑把な性格で深く考えないため、「ま、そういうこともあるよね」と流し、アカデミーに帰る準備を始める。
衣服を着込み、荷物をまとめ、馬車に乗ろうとすると、
「れ…おん」
離縁したはずのレオンがいた。
「来たか」
レオンは相変わらず口数が少ない。前まではレオンを見る度にドキドキと高鳴っていた。なのに不思議と今は冷静だ。
レオンに会った度に好き好きオーラを出していた自分は居なくなったみたいだ。
これはもしかして、もしかしなくてもあの流れ星のお陰なんじゃないか。不毛な恋を諦めるためのチャンスだ。
レオンに対して、いつもならマシンガントークで話しかけていたが、それを辞めた。今回はあまり関わらないようにしよう。馬車の窓を覗くと雪を被ってキラキラした草原が広がっていた。
「わぁ、こんなに綺麗だったんだ」
レオンとは幼なじみで、小さい頃から好きだった。そのため、彼が近くにいると彼ばかりを見つめていた。
あの頃は見えていなかった景色が見えるなんて。
アカデミーに着くと、馬車から先に降りたレオンが手を差し出す。ルイスは懐かしい気持ちになった。そうだ、レオンはおっちょこちょいな俺のために手を差し出してくれる優しい奴だ。そんな優しいレオンだから最後の最後に離縁を申し出たんだろう。俺がしつこくしたからレオンの人生も変えてしまったのだ。
ルイスは反省し、手を借りずに降りた。
「レオン、もうそういうことしなくていいよ。今までありがとう」
最後の挨拶のつもりでにっこりと微笑む。
スッキリとしたルイスは新たな気持ちでアカデミーに戻った。
アカデミーに通う学生は皆寮に住むと決まっている。部屋に戻るなり、ルイスは明日の準備を始め、早くに寝ることにした。よくわからない状況になったけど、今を楽しもう。そう決めて。
キーンコーンカーンコーン
始業のベルが鳴り響く。学生の頃は憂鬱だった音が今聞くと懐かしく、温かい気持ちになる。
淡々と授業を受けているとあっという間にお昼の時間になった。お昼は基本レオンと食べていたことを思い出す。レオンのことを一方的に好きなだけで、元々俺たちは友だちという関係だったのだ。
ルイスは今回は交流関係を広げようと、クラスの生徒に声を掛けた。目を丸くしながらも食べよう!と言ってくれたが、それくらい俺の行動が珍しかったのだろう。
そんなこんなで、1つずつレオンと共にしていたことを他の人とするよう行動していつの間にか1ヶ月がすぎた。1ヶ月過ぎてわかったこと、いや、分かってはいたけどやっぱりそうだったんだという気づきがある。
ルイスがレオンに話しかけない限りレオンとの接点はなかったということだ。
まあ、分かりきってはいたとはいえ悲しくなった。
もしかしたら友だちですらなかったのかもしれない。
自室で1人悲しくなってもお腹はすくので、食堂に向かうことにした。ドアを開けると、目の前には腕を組んだレオンがいたのだ。
「え、レオン?」
「………食堂行くぞ」
「え」
「早くしろ」
なぜこうなった?
今世紀最大の出来事かもしれない。
あのレオンにご飯に誘われるなんて。
結婚生活ですら全部俺から「〜しよう」って誘っていたのに。目の前で黙々と食べているレオンに釘付けだ。どんな意図があって誘ってくるのか、それにしても綺麗な顔だ。結婚生活中の食事を思い出した。こうやって黙々と食べてたな、俺はずっと喋ってたっけ。
幸せだった思い出に心がポカポカとしてくる。
いや、非常にまずい。
早く食べ終わったレオンはずーーっと俺が食べ終わるのを見てくる。
「…レオン、先に戻ってていいんだよ」
「…いや」
気まずい。そうだ、彼はいつも俺が食べ終わるのを待ってくれるんだった。そういう所がほんとに。
いやいや、何を考えているんだ。ハッとし、ご飯をかきこんで完食した。
うーん、おかしい。
「風呂いくぞ」
だって。学生時代こんなこと無かったよな。
結婚していた時は、風呂入るぞってあったかもしれないが。
今日はなんだかおかしい日みたいだ。
ルイスはさっさと入り、上がる。
今日は早く寝ると決め、レオンと部屋まで戻った。
「………おはよう、レオン」
「おはよ」
どうしてだ???
なんかほんとにおかしい。朝が弱いレオンが俺の部屋の前で腕組みしながら待っているなんて。学生時代なんて俺がレオンの傍に行かない限りレオンと行動することなんてなかった。
「体調でも悪いのか?」
「は?」
あ、違うみたい。
クラスの前でまた腕組みをして立っていた。
誰かを待っていそうな風貌だったので心当たりがある人物を呼んであげることにした。
「サミエル呼ぼうか?」
「学食いく」
「…行ってらっしゃい」
「はあ?」
「え?」
「こい」
どうやら一緒に学食行こうとの事だ。
本当におかしい。変なキノコでも食べたのかもしれない。
授業が終わり、特に部活にも入っていないルイスは軽い足取りで自室へ戻ろうとするが、
「……」
教室を出たらまた居たのだ。
俺に用事では無いよな、と思い無視をすることにし通り過ぎようとした。ら、ガシッと腕を掴まれる。
「え、えと、え」
今までこんなことは無かった。というより、ルイスの一方通行だったのでルイスからずっとくっ付いていたからこんな状況になることは有り得なかった。
「帰る」
一緒に帰ろうってことだ。
本当におかしい。何があったのだろうか。
自問自答しながらなにか喋る訳でもなく、レオンの隣を歩く。ふと、横顔を見た時、結婚していた当時を思い出した。あの頃はこの幸せが続くんだろうと思っていたな。
ルイスとレオンは幼なじみで、ルイスは彼をずっと好きだった。最初の告白は最高学年の冬。
来る者拒まず去るもの追わずだったレオンが一目惚れをし、その状況に焦った俺は彼を連れ出し想いをぶつけたのだ。結果は惨敗だったけど。
次は、レオンが婚約破棄をされ、弱ったタイミングだった。レオン家の事業が失敗し借金を抱えたことで相手の家は婚約を破棄したのだ。破棄されて弱っていたレオンに「俺が幸せにするから、結婚してください」と漬け込み、ヤケになったレオンは俺と結婚した。俺は地位があり金もある家のいわゆるボンボン生まれで、あの時のレオンからしたら俺たちの関係はお金で結ばれた政略結婚だと思う。
結婚生活は幼馴染の関係と余り変わらず、変わったとすれば夜伽が増えたくらいだろう。あんな始まりだったが、何だかんだ穏やかだった。
「おい、ついた」
「え?あ、うん」
過去の思い出を思い出してたらいつの間にか寮に着いたみたいだ。そういえば、この頃ってレオンが婚約者に一目惚れした頃だ。レオンとレオンの婚約者は恋愛で結ばれたカップルで、レオンの家が傾かなければ順風満帆な結婚生活を築いていたと思う。
「ねぇ、レオン」
「なんだ」
「俺のことは気にしなくていいよ」
「はっ…?」
「ずっとゴメンな、じゃあね」
申し訳なさと過去の恋を成就して欲しい気持ちになったルイスは決別の意味を込めそう言って、自室へ戻った。
あの日からレオンが俺を待つことはなくなり、ほっとする反面、とてつもない寂しさに襲われた。
図書室に行こうとして、廊下を歩いているとレオンと女の子がいた。とても見覚えがある顔で、レオンの表情を確認すると蕩ける顔で彼女を見つめている。
(あの顔は、、、)
胸がズクズクと痛み出す、見覚えがある、ありすぎる。
嫌だ、どうしよう。
「レっ」
あの時のようにレオンを連れていこうと呼ぶ自分にハッとし、我に返ったルイスはその場から逃げるように去った。
ルイスはお気に入りの教室に逃げ蹲る。今回は彼に告げることなく、歯車を変えることが出来た。これでいいはずなのに息が苦しい。
ゼーハーと止まらない。なんで、なんで、今までなんとも思わなかったのに。
戻ってから初めてぐちゃぐちゃな感情になった。まるで、巻き戻りの前みたいに。
「もう、いやだ。。」
どうしていいのか、自分の感情も分からず心が押しつぶされそうだ。
突然ガラリと扉が開き、ルイスはびっくりし顔を上げると。
「おい、どうした?!」
必死の形相をしたレオンだった。
「な、、んで。」
なんでいるんだ、訳が分からない。
「さっき様子がおかしかったから」
いや、見えてなかったはずだ。前だってそうだ、なのになんで。涙が止まらなかった。
恋しくて仕方がなく、震える喉でルイスは伝えてしまった、あの時みたいに。
「レオンが好きなんだ。」
言ってしまった、言わないために逃げたのに。
「ル」
「言わなくていい!」
ハッとし冷静になろうとするも、戻る前の死んだあの日の感情がどんどん流れ込んでいる。冷静でいられない、もう一度振られたら死にたくなってしまう。自分を守るために言葉を制止し、もつれる足で彼から逃げた。
「待て!」
必死に走って逃げるが、教室を出る前に捕まった。
レオンはルイスよりもガタイはいいし、体力もある。なんなら剣術の腕前や俊敏さは学年上位だ。そんな彼相手に逃げれる訳がなかった。
「ごめん」
「な、なにが」
「本当にごめん」
「き、気持ちに応えられなくて?」
ルイスは口角を引っ張り上げ、引きつった笑みを浮かべる。こんなに笑えなかったのは初めてだ。最後に離縁された時も笑えたのに、もう無理だ。
「知ってるから離せ」
「ちがう、聞け」
違うってなにが違うんだ。
「嫌なんだ!もう、あの時みたいな想いはしたくない」
初めて声を荒らげ、レオンの前でみっともなく泣き喚いた。
「ルイス、あの時って」
「もう振られるのはわかってる、ごめん、俺が諦め悪いせいだ」
レオンは悪くない、自分が一方通行でもいいと思い結婚したにも関わらず、愛されたいと足掻いた俺の諦めの悪さなんだ。だから、
「離して」
「嫌だ、離さない。一生離さないって誓ったんだ。」
何の話か分からない。
「誰かとの話今関係ないだろ」
「お前との話だよ」
そんな話したことなんて1回もない。
「嘘言うな、本当に離してくれ」
力ない声だけが教室に響いた。
「俺と結婚して欲しい」
幻聴が聞こえ、とうとうルイスは可笑しくなったみたいだ。
「俺と結婚してください」
聞いた事のない泣きそうな声とは反対に、ルイスを抱きしめる腕は力を強めた。あ、現実だったのか。
「俺はずっと後悔した。あの時あんなことを言って、それがお前と交わした最後の言葉になるなんて。」
あの時って、まさか。
「ルイスと一生会えなくなるなんて思っても見なかったんだ。」
「レオンも、もしかして、戻ってきた?」
「ああ。ルイスもだろ」
2人とも記憶がある状態で戻ってきていたと理解したと同時に、俺があの時死んでしまったからその時の償いとしてプロポーズをしているんだと悟ってしまった。
「本当にごめん、ルイスとやり直したい。」
レオンのことを俺が死んだがために追い詰めた、本当に結婚したかった彼女を差し置いて。
なんだか急に悲しくなった。
「いや、そこまでしなくていい」
「ちがっ、俺は本当にお前と居たいんだ」
レオンは無口で一見怖そうだがとてつもなく優しい、そんなところが好きだ。ルイスはある考えがよぎった。ほんの少し、ほんの少しだけ今回もレオンを縛っていいだろうか、と。
「……レオンが好き。」
ルイスは受け入れることにした。
「ほ、本当か!?」
その日からレオンはルイスといつも一緒にいるようになった。戻る前はルイスばかりが引っ付いていたが、今回はレオンからも来るようになった。しかし「好き」という言葉はいつもルイスだけが言う。そうしているうちに、いつの間にか春が目前まで来ていた、卒業式だ。
「ルイス、俺とずっと一緒にいて欲しい」
あの日と同じ言葉。涙ぐみ、ルイスは口角を上げた。
「………うん」
約束しあったふたりは、それぞれ実家に一旦帰り、必要なものを揃えて、戻る前に住んでいた新居で一緒に過ごす予定だ。
「…はっ」
レオンはウキウキとした気持ちで新居へ一足先に行き、リビングで座って待っていようとしたら、テーブルの上には白い紙が置いてあった。二つに折ってあり、嫌な予感がし開いて読んでみると。
『レオンへ
俺はこの家に住むつもりは無いです。
恋人関係も解消しよう。本当はあの時に断るべきだったんだが、遅くなった。もう俺に囚われなくていいんだよ。
俺が死んだことに罪悪感をもっているなら、それは間違いだ。俺は最後までお前を想うことができたんだから幸せだったよ。
好きな人と幸せになれ
ルイスより』
レオンは手紙を投げ捨て、ルイスの実家へ馬を飛ばした。
「じゃあ、お世話になりました。定期的に顔見せに帰るから」
家族と挨拶を終えたルイスは、新しく借りた家に行こうと馬車へ移動する。
「ルイス!!」
聞き覚えしかない男の声に振り返ると、鬼の形相をしたレオンがいた。
「わっ、早く行かなきゃっ」
馬車に乗り込もうとする間一髪のところで腕を引っ張られ地面に直撃。
「……いっ、た、くない?」
したと思ったが、ゴツゴツとした腕の中にいた。
「え、ちょっ、レオン」
「っどこ行く、」
「えっ、い、えだけど」
「-っ方向違うだろ」
「違くない」
「どうしてっ」
切ないレオンの声に胸がぎゅっとするが、甘えてはいけない。決めたんだから。
「レオンは好きな人と一緒になれ、」
真っ直ぐに見つめ、ずっと思っていたことを告げる。
「その様子だと手紙を読んだと思うが、もう一度言うよ。
レオンとの恋人関係は終わりだ。好きな人と最初から結婚した方がいい」
ぎゅうぎゅうと胸が締め付けられていたいが、最後まで泣かずに笑って言えた。
「………それがルイスだろ」
苦しげに眉をひそめる。
「何言ってるんだ、本当は好きじゃなかったと言っただろ。
これが君の本心だ。」
ルイスは笑顔を保つが、口角がだんだん重さに負けてきた。
「もういいだろ、じゃあな。元気で」
無言のレオンの腕を振り払う。
「……そんなことない、そんなこと無かったんだ。本当はずっと、ずっと」
「本当はずっとなんだよ、俺の事好きなんて1度も言ったことがない癖に!」
あまりにもカチンと来た、あの時も笑顔で離縁に応じたのにもう無理だった。たぶん、教室で告白した時点で限界が突破していたんだ。
えぐえぐと嗚咽が止まらない、愛されなかったからって八つ当たりするなんて最低だ。
「好きだ」
「え、」
「愛してるんだ」
だから、捨てないでくれ
大好きなレオンの体温がルイスを包んだ。




