8羽 友好的な魔獣
国の国境線である関所から森までは行軍速度で行けば一日で着く。
それほど長くもない場所にあるので調査だけであれば比較的軽装で望むことも本来であれば可能だ。
だが今回は状況が状況。まして王である私が直接森に調査に向かうとあって編成は中隊規模と人一人の護衛にしては多すぎる気もする。
加えて人員も軍でもトップの成績を誇る者たちや王国を拠点とする名の知れた冒険者を前衛として、私の周りを十名の王室付魔導士で固めている。
何かが起きた時には彼らを置いて真っ先に逃げねばならない。もちろん彼らもそれを承諾しているし、何より今から向かう場所はその何かが簡単に起きてしまうような場所だ。
マルル大森林。
その歴史は大陸の歴史と言ってもいい。広大な領域に満遍なく危険度の高い魔獣が生息している。それぞれが単独で町一つ壊滅させるだけの脅威度な上に、この森にはさらにその上位の魔獣が存在している。
森の四聖獣と呼ばれる、ファントムタイガー、キャッスルタートル、インフェルノドラゴン、キュアラルフェニックス。それぞれが【支配者】系スキルを持ち、森の各方位に縄張りを持つ彼らは、その一挙手一投足が軍に壊滅的被害をもたらす存在。
せめてもの幸運は彼らが好戦的な種族ではなかったという事。こちらから手を出さなければ、干渉してくることはない。
そんな禁忌の巣くう禁忌の森に我々は今調査隊として向かっている。
「ロム王、見えてきました。森林の入り口です。」
長らく大森林において我が王国の最大の脅威であったファントムタイガーの群れの消失。これを喜べるほど楽観的な状況であったらどれだけよかっただろう。
入れ替わるようにして発生した【ロード】系スキル持ちのうさぎ。その新たな我が国の不安材料となりかねない草食動物の調査に向かうことになったのだ。
森が見えたことで一同に緊張感が走る。
「魔導士隊、結界用意…」
「よい。結界で視界が遮られては余のスキルでうさぎを観測できぬ。」
「し、しかし遠距離から攻撃されでもしたら…」
「何のための精鋭部隊だ。それにこの森の生き物はこちらから手を出さない限り危害を加えてくることは無かっただろう。」
結界を張らないということでこちらに敵意がないことを示す。
魔導士達は結界を張らないまでも、全員が各々小規模の迎撃魔法を用意し、前衛も武器を構えて速度を落として行軍する。
「...ふむ。」
馬が怯えている。やはりこの森に住む魔獣の匂いを嗅ぎ取っているのだろうか。
前衛が森に差し掛かったとき、全体に止まるよう指示が来た。
私は馬を降りて前衛の少し後ろまで歩く。
いた。
森林に浮かび上がるような鮮やかなピンク色。両の耳の先が藤紫色に発光する物体で覆われている。
明らかに異質なうさぎのお出ましだ。
こちらの様子を伺っているのか、じっと正対して動かない。
「...王よ。スキルを...!」
「まあ待て。相手は聖獣の可能性がある獣だ。絶対に刺激してはいけない。」
意味があるかは分からないが...あるいは。
私は兜を外し脇に抱え、うさぎに向かって一礼する。
「お初にお目にかかる。私はロム王国国王、カディア・ロムというものだ。」
「王よ...!?一体何を...!」
魔獣に頭を下げる王など、他から見ればよほど滑稽だろう。
だが、そんな必要のない威厳など既に持ち合わせてない。
私にあるのは命に変えても、我が尊厳に変えても国を守るという信念だけだ。
「失礼な質問になってしまうかもしれないことを許してほしい。まず...私の言葉、これは理解できるか?」
伝承にはマルル大森林に迷い込んだものが森の聖獣から森の出口を教えてもらったとある。
スキルによるものなのかは分からないが、聖獣にはこちらの言葉が分かっている可能性があるということ。
ここを外してもただうさぎに話しかける頭のおかしい国王というだけ。その程度の賭け金で聖獣と意思疎通できる可能性を獲得出来るなら安いものだ。
『...用件を伺いたいです。森に、何の御用でしょうか.. ?』
「っ!?」
「うさぎが喋った...!?」
「まさか本当に聖獣...!?」
違う…
確かに声は聞こえた。女性の、それもかなり若い声。だが耳に聞こえてきたというよりは脳に直接そういう音という情報だけが伝わってきたような感覚。
自分の意思を相手に伝えるスキルか何かを使ったのだろうか。
私はうさぎの気を損ねないように慎重に語り掛ける。
「ここは少し前までファントムタイガーと呼ばれる聖獣の住処だったはず。彼らはどこへ行ったのだ?」
『ここからそう遠く離れていないところで暮らしています。聖獣の任は私が代わりに。』
「それは…あなたがファントムタイガーに代わる次代の聖獣だということか?」
『…はい。聖獣の試練を越えて、新たな聖獣としてこの森の守護に着きました。』
うさぎはほんの少したりとも警戒は緩める様子はない。
私と話している今も、声色こそ落ち着いているが目線がしきりに前衛や私の後ろの魔導士に向かっている。
「そうか…聖獣殿に大変失礼な質問をした。」
『あの、用件はそれだけでしょうか?であれば部隊を引き下げてください。森の弱い種族は人間が近づくだけで怯えます。』
「まあもう少し待ってほしい。本題はここからだ。」
私は直接この獣に用件を伝えることにした。
「あなたのスキルを、見せていただきたい。」
『スキルを見る…?保有しているスキル、情報的アドバンテージを自ら開示しろと?』
「やけに人間臭い言い回しだな…じっとそこにいてくれるだけで構わない。何もしなくても、私のスキルで見ることが出来る。私の前では、そもそもスキルの秘匿は出来ないのだよ。」
『スキルを見るスキル、か。そういったスキルもあるんだな…』
「…?何か言ったか?」
『あ、いえ。分かりました。そういったことであれば私は抵抗しません。ただここにいるだけでいいんですね?』
「ああ。すまないが、あなたが我が国にとってどれだけの脅威になり得るかを調べたいだけだ。最も、ここまで友好的な魔獣は私も初めてではあるがね。」
『どうぞお好きにお調べになってください。』
うさぎは一歩引いてその場に座った。相変わらず怪しく発光している毛玉の様なものを見る限り警戒はしているようだが、こちらの要求は素直に飲んでくれた。
もし、【ロード】系スキルの他に所持しているスキルが強力なものであれば、彼女と誓いを結ぶのもありかもしれない。
意思疎通が出来る聖獣、しかもこちらの要求を飲んでくれるともなれば利用しない手はない。
すべては我が国の栄光と発展の為。利用できるのであれば魔獣でも聖獣でもありがたく利用させてもらおう。
「【天啓眼】」
視界に順に部隊のスキルが見えてくる。さすが精鋭、スキルを2つ所持しているものも何人か見られる。
さあ、見せて貰おう。聖獣のスキルを。
【獣の支配者】
【魔法使い】
【思念共有】
【跳躍超強化】
【】【】【】
【超速再生】
【超探知】
【万能毒】
【】【】
【グリーディキリング】
【ステータス開示】
【】【】【】
【ファントムインパクト レベル5】
【ファントムフレイム レベル5】
【幻影の咆哮 レベル5】
【万能耐性】
【】【】【】【】【】【】
「うッ…!!!!ぐッ!!!」
尋常ではない情報量が脳になだれ込んで来る。
頭が、割れる…!!!
過去にも強大なスキルを持っている人間のスキルをのぞいた時に目がくらむような感覚はあった。我が最愛の娘のスキルを目撃したときも、嬉しさが勝っていなければ悶えそうなほどの痛みではあった。
今回のこの観測も【ロード】系スキルを観測するとあってそれなりのダメージは覚悟してはいた。
だが、この衝撃は全くの想定外だ…!!!
思わず倒れこむ。臣下や部隊の者が駆け寄ってくるが、何を言っているのかが分からない。耳鳴りがする。内臓が裏表逆になったみたいだ。呼吸が落ち着かない。
立て直せ…!すでにここは危険地帯、こんなところで倒れてはいけない…
それにうさぎに訪ねたいことが山ほどある。
うさぎ?いやこいつはうさぎなどではない。
バケモノがうさぎの体で動いている!!!
そんなバケモノがどうして…
「………どう、して…グリーディキリングを…!?それは…我が宝のスキル…」
『…!?』
意識が遠のく。
うさぎが何かを語り掛けてきているが、まるで言葉ではないかのように聞き取れない。
ああ、クソ…!
こんなことなら、ファントムタイガーの方が数倍マシな脅威であった。
コイツの、このうさぎの強さは…
世界の理を崩しかねない。