7羽 【支配者】系スキル
会議というのは物事を進める上で実に重要だ。
情報共有、対策、その他多くの有意義な情報が飛び交うので、知見を高める場所としても機能する。
だか、今日ばかりは少し疲労が出てきているな。
「ロム王、いかがされましたか?」
「ん...あぁ、何でもない。すまない、少し考え事をしていた。」
「頭を悩ませるのも分かります。それほどまでに事態は深刻な可能性がありますからな。」
盤上に広げられている世界地図。
我が国、ロム王国とその東に大きく広がる大森林を挟んだファディオス帝国。
両者は長きに渡り冷戦状態が続いている。
間のマルル大森林は世界的に有名な侵略禁忌領域であるがため、直接の戦火を交えることはないが、それでも時折大森林で大規模な衝突を起こす。
余が即位してから十五年、目立った衝突は起きていない。
それはつまり、近い内に衝突が起こってもおかしくはないということ。
あらゆる事態に即応できるように備えてはいるが、それはファディオス帝国だって同じことだろう。
「さて、王のおっしゃる通り、今一度状況を整理し考え直しましょう。」
宰相のファザークが地図に軍勢や魔物に見立てた駒を立てる。
「現在我らロム王国は隣国であるファディオス帝国の侵攻に備えている状況になります。五年がかりで軍の育成や地形の把握、その他様々な状況に対応できるよう備えを進めてきましたが…」
ファザークの駒が森の西側に置かれ、そのうちの一回り大きな駒が倒される。
「二年前、王室付魔導士のラドバが森林での異変を感知しました。」
「…余も報告書で確認した。【支配者】系スキルの消失を確認したのだったな。」
「左様でございます。そして、その消失の直後全く同じ【ロード】系スキルの発生を確認しています。」
「ふむ………」
【支配者】系スキル。
人や生物の領域をはるかに超越した上域スキルを超えるスキル。神話の怪物や大陸クラスの英雄譚でしか聞いたことが無いという人間がほとんどだろう。
だが、我が国ではそのスキルが非常に身近、かつ危険因子として存在している。
「それは、大森林の四聖獣が墜ちた、という認識でいいのか?」
「そちらも確認済みでございます。数百年にわたり国境沿いに縄張りを形成していた聖獣ファントムタイガーの群れがここ数か月観測されていません。恐らく【ロード】系スキルを所持していた個体が死んだことにより、群れが自然消滅したかと。」
「そして代わりに頻繁に見られるようになったのが、うさぎ、か...」
小さな木彫りのうさぎの駒が森と国境の間に置かれる。
人的脅威ではない、生物的な弱小種族。
それまでのファントムタイガーと比べるまでもなく危険度は低い。
「...観測の報告は?」
「はい。該当しているのは個体です。」
「個体?うさぎが単独であの森を生きているというのか?」
「恐らくは...観測によれば、該当個体は森林で生き抜くには到底不向きな鮮やかなピンク色。詳細な調査をしようと接近したところ、うさぎとは思えぬ速度で地面をえぐりながら森の奥へ消えた、とあります。」
「なるほど...突然変異に近い、群れとして生きる必要がなくなったほど強い個体なのかもしれないな。」
「その程度であればあの森林では多々あることですが、今回は場所が場所です。ファントムタイガーが消えてから観測され始めた、という点も気になります。」
「確かに...想定以上に深刻な状況だな。」
我が国の路線は、慎重。それに限る。
これまでのファディオス帝国との戦いでも記録にある限り、こちらから仕掛けたことは一度たりともない。
帝国に軍事力で劣る我が国は侵攻に対して森や国境を利用した防衛戦で都度退けている。
マルル大森林は資材や森の恵みは豊富にあるが、生息している魔獣のレベルが大陸でも屈指だ。
我が国も余程の資材不足や飢饉に襲われない限り森には手を出さない。
かつて帝国が森の北側に沿って侵攻するという情報があり、こちらも北側に注力して防衛戦を引いたが、結局侵攻は無かったという記録がある。
それには続きがあり、進行の際の『ついで』で北側の資材を根こそぎ刈り取った事により、森の聖獣の怒りを買うことになったようだ。
その結果、帝国部隊は我が国にたどり着く前に全滅。
それを受けて、帝国はもちろん我が国もいたずらに森林に手を出すことはなくなった。
マルル大森林は自然と魔獣の作り出す圧倒的不可侵領域なのだ。
しかし国境付近ともなればこちらの防衛戦に影響を与える可能性がある。
まして、それが彼の聖獣ファントムタイガーを凌ぐ可能性があるとなれば、いくら慎重と言えど動かないわけには行かない。
「詳細は分かった。国家の存続に関わる事案と判断、余が直接そのうさぎを観測しよう。」
「...やはり、それしかありませんか。」
「大事な局面ほど、王に頼るしかない我々が不甲斐ないばかりです...」
「良い。これまでも、我が国は王家に伝わるこのスキルで様々な事態を乗り切ってきたのだ。」
我が一族に伝わる上域スキル【天啓眼】
生物無生物問わず、スキルを所持していればその全てと詳細、レベル、効力までを知ることができる。
例え敵将が初見殺しのスキルを持っていたとしても、これがあれば自軍に的確な指示を送ることができる。
「視界に収めるだけで良いのだ。前衛を十分に敷いた状態で森の領外から観測しよう。」
「では、すぐに精鋭の軍を用意いたします。」
「よし、10日後の夜明けと共に出立する。各位観測と言えど対象はあの大森林の獣だ。くれぐれも準備を怠るな。本日はここまで。皆ご苦労であった。」
各役職者が部屋から出るのを見て、大きくため息をつきながら椅子に深くもたれる。
「お茶をご用意いたしました。」
差し出されたティーカップから程よい香りの湯気が立ち上る。
「ああ、すまないファザーク。」
一口すすると、体の奥からゆっくりと温まる。
「…本当に頭を悩まされてばかりだな、あの森林には。」
「軍議には上がりませんでしたが、二年前の同じ時期に聖獣たちの反応が一か所に集まったのも気になりますな。」
「悩みの種を増やしてくれるな…ただでさえ訳の分からないうさぎ観察に行かなければならないというのに……」
「あまり悩まれては、王女も心配されますわよ。」
軍務室に似つかわしくない可憐な声が私の耳をすっと撫でる。
「リエル、ダメじゃないか。ここは軍務室だぞ…」
「申し訳ありません国王陛下。ですが姫が駄々をこねるもので。」
「リエル王妃、ご機嫌麗しゅう…おや、小さな女王陛下もご一緒でしたか。」
リエルの腕には幼き命が抱きかかえられている。純真無垢に私の鼻を叩ける女性はこの世界中探してもこの宝石しかいないだろう。
「ルカー、父上は公務の最中だぞー?」
「これはこれは…あの国王の悩みを一瞬で上書いてしまうとは。既にこの国のトップなのではありませんか?」
「そうですわね。この方ったら、寝室に戻っても私より先にルカの方へ行ってしまって…少し妬いてしまいますわ。」
「全く…許してくれリエル。だがこの子は本当に玉なんだ。神に選ばれ天から我らに遣わされた女神の生まれ変わりなのだ。」
スキルは親から子へ、そしてまたの子から子へ遺伝する。
私の【スルーシーイング】も王家に伝わるスキル。父上から授かったスキルだ。
私の父上は子宝に恵まれなかった。だから私はこのスキル以外のスキルを持ち合わせていないが王として育てられた。
ロム王国歴代国王として、私は相当な凡才だろう。だからこそ軍略や兵法といったこの国を最低限守り抜くための血のにじむような日々を過ごしてきたのだ。
次代の才にこの国の繁栄を託すのが私の使命だと信じて。
初めてこの子を見た時に、私はつい反射で【スルーシーイング】を使ってしまった。
この世界では十人に一人くらいは何かしらのスキルを持っている。戦闘に使えるものから日常生活を豊かにするものまでその種類は様々だ。
そして二つのスキルを持っていれば天才、それが効果的に作用する二つなら英雄として名を馳せるだろう。
三つも保持していれば歴史に名を残すことは確実とされる、それがスキルだ。
四つ。
初めて彼女を見た時、私はその部屋の人間のスキルが同時に視界に入ってしまったのかと勘違いした。
彼女の生まれつき保有していたスキルは四つ。しかもそのうち二つが上域スキルだったのだ。
一つは【スルーシーイング】で王家の物。しかしこれ以外にも状域スキルである【宝玉の転移門】という代物を所持していたのだ。
【宝玉の転移門】
自身の魔力を座標に固定し、視界に入った任意の場所に瞬時に移動する。魔力の座標固定を物質に付与すれば、自分以外の移動も可能。
瞬間移動のスキルなど選ばれし英雄のスキルに他ならない。自身の生存率を上げることはもちろんのこと、使いこなせるようになれば、自軍の生存率も格段にあげられるだろう。
そして残る二つも固有のスキル。まさにスキルの神に愛されたとしか思えない。
ただ、気がかりなのはその二つのスキルの効力。
二つのスキルは詳細を見ようとしたときに頭に霧がかかったかのように確認が出来なくなった。分かっているのはスキルの名前だけ。
【ステータス開示】そして【グリーディキリング】
多様なスキルを見てきた私だが、今までのどのスキルとも共通点が見つからない。やはり名前だけでは探るにも限度があるか。
ルカの頭を撫でると、嬉しそうに手を振って笑う。
どうであったっていい。この子が選ばれた子なのであれば、私はその父としてこの子を育てて見せよう。謎のスキルだってきっと悪いスキルでは無いはずだ。
「さて、ファザークよ。休憩は終わりだ。国家を上げた野うさぎ観察の作戦会議としよう。」