表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/22

6羽 聖獣の試練

地響きを鳴らしながら巨大な土のカメが進む。

速度は自転車ほどの速さではあるが、思ったより座り心地の良い土で安いクッションより快適に過ごせる。

うさぎという生き物として土が落ち着くのもあるかも知れないが…

『単刀直入に申します。先のファントムタイガーの長の死亡でファントムタイガーは聖獣としての権利を六割程度失ったと言っていいでしょう。』

カメの上で御使いがキャッスルタートルからの伝言を伝えてくれている。

『他の聖獣は皆警戒しました。四種からなるマルル大森林の守護、一角でも崩れれば大きく規律が乱れるのではないかと。【獣の支配者(ビーストロード)】の持ち主が落ちれば、次代の支配者が生まれるまでのその空白の期間、聖獣三体だけでこの森を守護できるのかと。しかし【ビーストロード】が消失した直後、聖獣たちは新たな【ビーストロード】を確認した。』

『私が【ビーストロード】をトラが死ぬときに奪ったから…』

『奪った…ですか。詳細をお伺いしても?』

私は御使いにトラと話した時と同じように異世界から転生してきたこと、そして自分のスキル【グリーディキリング】のことを話した。

『………それで最後に、トラのお願いを聞いたって感じ。私みたいなうさぎが【ビーストロード】を持ってるのはそういう事だよ。』

『…なるほど。うさぎ様の説明でいくつかの不審な出来事に有力な仮説が生まれました。』

『不審な出来事って?』

『あくまで君主キャッスルタートル様から注意せよ、と言われているだけで私共御使いが異変を感じ取れたわけではないのですが…』

カメの表情変化は非常に分かりにくい。だが、スキルを通じて伝わってくる御使いの声色は深刻な様子だった。

『このところ、マルル大森林の外で不自然に強い生物的個体が情報として伝わっているそうなのです。それらは皆共通して、うさぎ様のように通常の成長過程では手にすることの出来ないスキルを所持しているそうです。』

『…それ、十中八九私の関係者とみて間違いないかも。』

『幸い、このマルル大森林ではうさぎ様以外に現状そういった種族は確認されていませんが、今後一切現れないという保証はありませんし、外部からやってくる可能性は十分にあり得ます。』

操られていたトラの息子も元々は普通のファントムタイガーだったのだ。この世界にしてみれば、私たち山越高校の人間は外来の危険因子でしかないだろう。

『話を戻します。本来であれば消失するはずだった【ビーストロード】は依然と遜色のない強さの反応を示しています。であれば、聖獣としての証もファントムタイガーから新たな【支配者(ロード)】の所有者に任せるべきだという結論になりました。ここまでが伝言になります。』

知らずに森の存続の危機だったようだ。それにしてもいくら群れで始めて聖獣認定とはいえ、一体でその聖獣要素の六割を背負っていただなんて、改めてトラの強さに驚いた。

『…そして、ここからが招待になります。』

カメの籠が停止した。

眼前に広がるのは中央に浮島の見える大きな湖。

美しく澄んだ水に湖畔の植物たちが鮮やかに咲き乱れている。

森にしては不自然なほどに奇麗すぎるその光景に思わず目を奪われた。

そして数秒後。

全く別の理由で目を奪われてしまった。

『うさぎ様、あなた様に聖獣の試練を受けていただきたく思います。』

浮島から手足が生え、首と尻尾のような物が現れる。

巨大とかそういうレベルじゃない。

もはや建物がそのまま動いているかのような振動とスケール。

『御使いとしての使命はここまでになります。これより先は我らが主、聖獣キャッスルタートルに引き継がせていただきます。』

御使いのカメが地面の中にゆっくりと沈んでいくと同時に、土のカメの手足や首もゆっくり甲羅に入っていき、そこに残ったのは土の山とその上に座る一匹のうさぎ。

『...彼の者から【ビーストロード】を継承したとの事で少し警戒していましたが、いやはや。本当に見れば見るほど、ただのうさぎにしか見えませんね。』

ゆったりとした初老の女性のような、だが確かな力強さのある意思が私の頭に流れてくる。

『初めまして、キャッスルタートル。私は...うさぎです。』

『これはこれは。うさぎに自己紹介をされたのは初めてです。こちらこそ、ご挨拶が遅れましたことお詫びいたします。ワタクシはキャッスルタートル。マルル大森林の聖獣の一角【城塞の支配者(フォートレスロード)】を冠するカメでございます。』

丁寧な物腰だが警戒心と殺気が全開でこちらに向いているのが分かる。

恐らく道中御使いに話していた内容は既にこのカメに割れている。殺してスキルを奪う外的要因など警戒するなと言うほうが無理だろう。

ものの一歩で私の最速の移動手段である【跳躍強化】10回分は歩けるであろうその大きさ。ただの歩行が森の生態系にとって災害となりかねない。

だから普段の守護は御使いに任せ、本人はこうして湖畔でじっと外敵に備えているのだろう。

御使いを通じてではない、直接の【フォートレスロード】との対峙に私の中の【ビーストロード】がより強く反応する。

『...【ビーストロード】...先代の所有者は誇り高くも同族と森を守るためであれば、そのプライドを地に置いてでもワタクシに頭を下げることが出来る、正真正銘の獣の王でした。そんな彼だから、あなたにそのスキルを託す選択をしたのでしょう。』

『...結局、私は彼を助けることはできなかった。あなたとその御使い達であれば状況はもっと変わっていたかもしれない。トラ...先代の【ビーストロード】はまだ生きていたかもしれない。』

『...先代、あなたがトラと呼んでいる彼の者は、最後に何と?』

全てを見通し、見透かすような優しい瞳がこちらをまっすぐ見つめている。

私はトラの言葉を、一言一言、噛み締めるように思い出した。

『残されたファントムタイガー達がキャッスルタートルと共に聖獣の使命を全うできるように取り合ってくれ、最後に、友の役に立って死なせてくれと...』

『友...そう。友ですか.........』

彼女の瞳が昔を懐かしむように遠くを見る。

『...ずっとずっと昔のことです。小さな捕食者がワタクシに勝負を挑んできました。』

その獣の爪は脆く、牙はまだ全て生えきってすらいない。

そんな未熟者の刃が悠久の時を生きたキャッスルタートルに届くはずもなく。

それでも獣は倒れても起き上がり、吹き飛ばされても舞い戻り、キャッスルタートルに挑み続けた。

『ワタクシは純粋な疑問から尋ねました。なぜ、そこまでして強くなければならないのかと。』

その獣は、少し悔しそうに、それでも確かな意志を向けてきた。

『彼の者は、自分の群れは群れでなくなった途端に脆くなる。横に立って戦ってくれるものがいない、だから群れをまとめる強さが必要なんだ、そのためであれば何度でも何年だって挑む、そう答えました。』

辛く、苦しいことも多かったであろうに、と。

あまりに大き過ぎて定かではないが、キャッスルタートルの瞳がわずかに潤んだように見えた。

『勇敢な挑戦者は最後に友と呼べる者を見つけたのですね...』

キャッスルタートルは首を上げ、鳴き声をあげる。

巨大な体から放たれるあまりに美しいその音は森の木々に響き渡り、遠く遠く、遥か彼方まで。

それは動物の鳴き声というよりは、弔いの歌のようなそんな風に私には聞こえた。

『...さて勇敢な挑戦者、その友よ。あなたはどのような覚悟を持って、彼の者のスキルを譲り受けたのですか?』

『私...私は...』

小さな体が身震いする。

決意を誰かに伝えるというのは、これほどまでに怖いことなのか。

思えばこの世界に来てから人間の時に生きた十数年で経験したことの無いことばかり起きている。

世界や理が違うという理由ではなく、うさぎとなって生まれてしまったこの身体は、人間だった時より生きることに執着している。

私の中に友が死んで涙を流す大きな感情があるなんて思いもしなかった。

それなら、私は。

『...私は、最期の時まで私の正しいと思ったことを貫く。そのために私のこの【ビーストロード】を使う...!!』

それは私の決意表明。スキルを使って覚悟を伝える。


獣の覇気ビーストディストラクション

獣王の覇気で相手を威圧する。耐性の低い相手であれば服従効果を付与することも出来る。


聖獣にこのスキルに対する耐性が無いはずがない。効くわけのないスキルでも、気持ちを伝えるにはこれが最適解だと私が思った。

私が思い、私が決めて、私が実行した。

『...良いスキルです。彼の者、トラの誇りと気高さの覇気ではない、覚悟と決意をワタクシに示してくれているのですね。』

キャッスルタートルがぐっと首を前に突き出し、私に顔を近づける。

『...っ!効かないとは思っていたけど、マジでなんとも無いの...!?』

『ワタクシは、聖獣ですから。』

たった一言。その一言で済ませられる程の納得力を得るために、どれだけの経験を積み重ねて来たのだろう...

分かる。トラも十分凄かった。

強さも想いも、聖獣としての覚悟も。

それでも目の前のこの聖獣は、格とかのレベルじゃない。

言うなれば、次元が違う。

それが分かってしまうのは、私の中の【ビーストロード】がスキル外の警報を鳴らしているからだ。

この生き物が本気で私を殺しに来たら、私は恐らく数秒と持たない。

怖い、けど逃げない。

『…あなたの覚悟、確かに受け取りました。マルル大森林四聖獣、キャッスルタートルの名のもとにこれより聖獣の試練を開始いたします。』

森がざわめき、巨大な浮島を背負う彼女の身体が大きく動く。

『聖獣の試練…?』

『ワタクシ達もこのような事態は初めてです。聖獣は死しても同族が受け継いでいくものとなっていましたから。他種族の、それも元は戦闘能力のない種族に【ロード】系のスキルが渡ったということ自体に我々聖獣たちが警戒していたというのは、あなたであればご理解いただけますね?』

『ま、まあ、そこは理解できるけど…』

『それに関して、我々聖獣の意見が一致し、まず初めにあなたが試練を受けるに足る生物かどうかを見るために、ワタクシがあなたの覚悟を確認させていただいたのです。』

彼女が話す間も、森が依然としてざわめいている。

感知を使わなくても分かる。強大な存在がこちらに向かって近づいてきている。

『そしてワタクシの判断であなたはこの試練を受けるに価するとし、ワタクシが彼らを呼びました。』

キャッスルタートルの圧がより一層強くなる。

私ごときにそこまでの圧が必要なのかと少し疑問に思った。まだ【ビーストディストラクション】のスキルは解除していないが、彼女の放つその圧はそれを更に何倍も凌駕するものだ。気圧された森の獣たちが気を失い、徐々に森が静まっていく。

私も【ビーストロード】のスキルが無ければ恐怖で気を失っていたかもしれない。

…待て。

近づいてきていた強大な存在、急激に圧を強めたキャッスルタートル、そして何より、その彼女がわざわざ呼ぶほどの存在。

『…おいおい。婆ちゃんが呼ぶから来てみれば、マジでうさぎじゃねえか。こいつがホントにあのわんちゃんを殺したってのかぁ?』

『同感だ。いくらファントムタイガーが群れでの聖獣だからと言ってこのうさぎに殺されるのは無理がある。タートル、本当にこのうさぎが?』

漆黒の逆鱗に身を包んだ龍と全身が焔に燃える巨大な鳥。

見た目でも分かるほどの存在感に、何より圧倒的な存在感。

この三体が揃っているこの地点だけ、この星の重力が数十倍にでもなっているかのような感覚だ。

『確認するまでもないでしょう。あなた達の中のスキルが答えを教えてくれているのですから。』

『…本気なんだな、タートル。』

『ったく…初めて過ぎて勝手が分かんねえ。あー、とりあえずうさぎ。会話は通じるんだよな?』

龍の問いかけにうなずいて返すと、彼は頭をかきながら膝をついて出来るだけ目線を合わせてくれようとした。

『だったら、まずは自己紹介からが筋ってもんだ。俺は【加速の支配者(アクセルロード)】種族はインフェルノドラゴン。まあ文字通りめっちゃ速いやつって認識で今は大丈夫だ。』

『よろしく…見かけによらずしっかりしてるんですね。』

『うるせえ。婆ちゃんに言われたんじゃあんたも候補とは言え聖獣の一員だ。俺たち聖獣は対等って決まりなんだよ。』

『実力に差異はあるがな。こいつは三番目。』

龍、インフェルノドラゴンの横に降り立った焔の鳥は羽を整えながらインフェルノドラゴンを尾でからかう。

『うるせえ!!大体、お前も二番手だし、俺とどっこいだろうが!!』

『ほう?私の勝率が八割を越えていたと思うが、お前の中ではそれがどっこいなのか、そうかそうか。』

『よぉし決めた!!悪いがちょっと待ってろうさぎ!先にこいつをぶっ殺してからだ!!』

『この新入りがお前より強かったら名実ともにお前が四番手になってしまうから焦っているんだよなぁ?』

『止めましょう、二人とも。キュア、自己紹介を。』

キャッスルタートルの制止で大人しくなった二人。

龍が三番、鳥が二番、トラが自分のことを聖獣で一番未熟と言っていたから、そうなるとキャッスルタートルが聖獣の中で一番強いということになるのか。

『見苦しいところを見せた。私はキュアラルフェニックス、呼びにくいからキュアで構わない。スキルは…』

『【不死の支配者(オーバーロード)】!!アンデッドー!!』

『………だ。』

震えながら俯き、尻尾の炎でインフェルノドラゴンの皮膚を焼いていた。

バタバタと走り回って消化する彼を睨みつけるキュア。

『【オーバーロード】なのに、鳥...フェニックスか。死を司るって言うよりは命という広義で司るって感じなの?』

『おお、そうだとも!不死であることはなにも体が朽ち果てぬという意味だけではない。命を巡らせ続けるのもまた不死だと、私は考えている。』

『じゃあ、別にキュアが不死身ってわけじゃないんだ...』

『そうだ。普通に死ぬし怪我もするし痛みもある。ただ他よりは治りも早いがな。』

『さ、アンデッドの話はこれくらいにして、本題に入ろうぜ!』

インフェルノドラゴンが自分についた火を消化し会話に割り込んで本題に戻す。

『うさぎ!お前はこれから、俺たち三匹を認めさせてみせろ!』

『認めさせる...って言われても。戦って勝てとかですか?』

『それも考えたが、それだとそなたがどれだけ研鑽を積んでも不可能だ。私やこいつは倒せても、タートルだけは倒せない。』

『婆ちゃんだけは強さの物差しが違いすぎる。ぶっちゃけ四聖獣ってのも、元々聖獣だった婆ちゃんの負担を減らすためだからな。』

『そんな事はありません。ワタクシに出来ないことを二人はできる。共存というのは補い合って初めて...』

『あーはいはい!補い合って初めて共に生きることができる、だろ?いい加減聞き飽きたぜ。』

まるで孫と祖母のようなやりとり。このやりとりができるのも相応の信頼関係を築けている証だろう。

『だから、うさぎには俺たちの強さを探ってもらう。少し時間は掛かるが、お前に確実に聖獣としての力や戦い方を身に着けてもらうためだ。』

『研鑽の日々になるでしょう。ですがワタクシは確信しています。ワタクシ達を認めさせたとき、あなたはトラ以上に【ビーストロード】を扱える。あなたにはそのための知恵と覚悟が備わっている。』

『さあ、来るかどうかは自分で決めるのだ。』

三匹の聖獣、森を守護する番人達に問われる。

私は大きく深呼吸をして応える。

『やります。私が次代の【ビーストロード】だと、認めさせます...!!』

迷いなど無い。

私にとっては迷うことこそが自分の信念に反する。

私が決めたことを私が曲げないための戦いは、もうすでに始まっていたんだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ