5羽 うさぎとカメ
トラからスキルを受け継いだ翌朝。私は森を駆けていた。【跳躍強化】を連続で使用し、うさぎの速度の限界を超えて走る。
『う、うさぎ殿ーっ!!!』
『お待ち下さいっ!!』
呼び止められたのでスキルの出力を徐々に落とし、速度を落として停止する。どれだけスキルを使っても全く疲労感が無い。これも【獣の支配者】の副次効果なのだろうか。
【ステータス開示】で見たところ【ビーストロード】と私の固有スキルが進化したスキル【思念共有】にはレベルの表記が無かった。
どうやら上域スキルと呼ばれる分類に区分されるこの2つのスキルはレベルの概念が無いようだ。つまり、獲得した時点で持ち主の力量と使い方次第で最大限発揮できるということ。
トラの持っていたスキルの約半数はこの【ビーストロード】に統合されたことで攻撃系スキルも最大レベルのレベル5で獲得している。
トラのように鋭い爪や牙を持っているわけではないので、私がトラの様に扱うことは出来ないが、それでもこのスキルを私なりに使いこなしてみせる。
『ハァ...ハァ...!』
『な、なんという速度...!我ら二人が引き離される速度を出せるなんて...』
しばらくして息を切らしたファントムタイガーが二匹、私の下へと到着した。
『あ、ごめん...!てっきり、これくらいの速度なら平気かと...』
『はは...まさかうさぎに気を使われる日が来るとは...』
『おい!不敬だぞ!!この方は【ビーストロード】を長より継承された方。つまるところは、我々ファントムタイガーが忠義を尽くす相手であって...』
『ちょ、いいってそういう、忠義とか...柄じゃないし...』
『いえ!【ビーストロード】は我らが忠義を尽くす先である証。長よりそれを受け取ったということは、今やあなた様が我々ファントムタイガーの群れの長と言って間違いではないでしょう!』
『私も失礼いたしました。正直このようなことは前例がなく、目が覚めてあなた様から、長も長の御子息も亡くなられたと聞いて、動揺してしまって...』
昨日、【ビーストロード】の前の所有者であったトラが聖獣の使命を全うし命の灯を消した。私はトラの願いを聞き入れ、私のスキル【グリーディキリング】で彼から【ビーストロード】と彼の想いを受け継いだ。
まずやらなければいけないこと。このマルル大森林の西側地域、人間の領域であるロム王国と面している、ファントムタイガーの縄張りに向かう事。
そこでトラとその息子が死んだこと、そして聖獣の群れとして同じ聖獣であるキャッスルタートルに強力を頼むことを伝えに行かなくてはならない。
恐らく、基盤が整うまで私も群れにいることになるだろう。うさぎとは言え【ビーストロード】を引き継ぐというのはそういう事だ。
私は【魔素操作】を使って周囲に危険が無いことを確認して、少し休むことを提言する。
どうやらこの体にはトラのスキルをもってしても魔力が蓄積されていかないらしい。それでもトラのスキルの中には魔力を扱うものがいくつかある。そこで、トラや他のファントムタイガーの魔力操作の特徴である鬼火を使って、大気中に漂う魔力の子供、魔素を直接操作することによって疑似的に魔法を扱えるようになったのだ。
最も、ファントムタイガーとの一番の違いは、出てくるものが鬼火のようなかっこいいものではなく、淡い紫色のふわふわの毛玉のような、パサランのような何かが浮遊して出てきているのだが…
そして魔素の流れによる危機感知を常時発動させるために、普段はこのパサラン…鬼火は耳の先に引っ付けて出しっぱなしにしている。こうすることで、パサラン鬼火に魔素を介して常時私のスキル【思念共有】を発動させ、意識しなくても周りの動物の声が聞こえるようになったのだ。
まあ、ビビットピンクに耳の先は薄紫のふわふわという原宿で売られている、もふもふのぬいぐるみの様な見た目になってしまったが、実際のところこれが己の生存確率を少しでも上げるための策なのだから仕方がない。
『しかし、うさぎ殿。本当に我らの縄張りに自ら向かわれるのですか?我らファントムタイガーの縄張りはマルル大森林の西の果て。御自ら向かわれなくとも、長とご子息の死は我々が…』
『んー、確かに自分でトラの死を伝えなきゃってのもあるけど、別に理由はそれだけじゃないんだよね…』
私は休憩するファントムタイガーたちに私が彼らの縄張りに向かう理由を伝える。
一つはトラに託された【ビーストロード】としての務め。
ファントムタイガーたちにキャッスルタートルの協力を要請、その後しばらく滞在の予定。
二つ目に人間の領地の視察。
トラの息子が操られていた山越高校の関係者はおそらく人間かそれに準ずる種族だ。今のところ一番いる確率が高いのはファントムタイガーの縄張りに面しているロム王国。
私たち転生者はこの世に肉体が生まれたタイミングは全員一律らしい。そしてある程度の肉体の成熟と靄は言っていたが、これは人間でいうところの物心の形成時期とみて間違いないだろう。つまり転生する種族によってそもそもの寿命はおろか、転生者として活動できる時期も違うのだ。
私たちが転生してからまだ二週間ちょっとしか経っていないから、人間に転生しているという説は考えにくい。となればもっと最悪の事態が待っている。
人間ではない言語を扱う種族。つまり生物的にもかなり高位の種族。
そんな危険な存在がファントムタイガー達の身近にいるとなれば、同じ転生者として見過ごすことは出来ない。
そして最後の理由。
【魔素操作 レベル5】を獲得
【魔力操作 レベル5】を獲得
【魔法操作 レベル5】を獲得
複数スキルを【魔法操作】に統合
【魔法操作】が【魔法使い】に進化
『お、丁度レベル上がった。』
心なしかスキルの進化に合わせてパサラン鬼火も大きくなったような気がする。
最後の理由はスキルの強化と進化。
昨日の戦いでは、私は結局囮としてしか役に立てなかった。
私もちゃんと一人で戦う術を身に着けなきゃ、これから生き残ることは出来ない。
昨日の転生者の中身が誰だったのかは分からなかったが、たった2週間でしっかりと殺傷能力のあるスキルを扱えるようになっていた。
今後あれよりももっと凶悪な転生者が現れるかもしれない。
そのためにも戦えなければいけない。
【ビーストロード】にはどうやらスキルの成長を加速させる効果もあるようだ。
おかげで今の獲得で私が所持している上域スキルは、
【思念共有】【獣の支配者】【魔法使い】の三つになった。
明確に戦闘に使えると推測できるのは【ウィザード】だろうか。
正直【治癒】以外の魔法系スキルは使ったことがないし、攻撃系の魔法スキルは少し難しい。
魔力を保持できない体で魔法を扱うには、魔素を魔力に変換、変換した魔力を魔法という形にして放出しなければいけない。
土台のない場所で折り紙を折るような感覚だろうか。慣れればどうということはないはずなのだが、折り紙と違うのは少しのほつれやズレが魔法の威力に直結すること。
だから私はこの道中、対のパサラン鬼火のもう一つに魔法系スキルを常時発動させ続けていた。
スキルのレベルが上がれば、ある程度はレベルによる補助で私の不慣れをカバーできるからだ。
もちろん、補助なしでも使えるに越したことはないのだが...
『...うん、やっぱりレベルが上がったからって急に上手く扱えるわけじゃないか。』
パサラン鬼火の肩代わりと私の意識を向けても、やはり小さな火の粉を出すので精一杯だ。
『魔法もスキルですからね。見たこともないものはやはり難しいですよ。』
『...あ、そういえば!』
私は昨日の戦闘で一番印象に残っている魔法のことを思い出す。
『トラに唯一ダメージを与えられてた魔法!あれ教えてよ!』
『【ファントムフレイム】ですか?教えるも何も、長からスキルを受け継いでいるのであれば...』
『あれか!』
私はパサラン鬼火を2つ使ってスキルの発動を宣言する。
【ファントムフレイム】
ファントムタイガー固有のスキル。魔力を鬼火に纏わせる。
『なんともシンプルな内容だね。』
『このスキルはファントムタイガーの魔法系スキルの基礎中の基礎ですから。子が狩りに出る頃合いには皆必ず教える決まりになっています。』
『遠近両攻撃、魔法、物理に対する防御、シンプル故に非常に多様な使い方が出来るのです。』
魔力を纏わせたパサラン鬼火は青白い光を放って浮遊している。やっと鬼火らしくなってきた。
『込められる魔力に個体差はありますが、大体は肉体に蓄積されている魔力内であらば好きなように威力を調節できます。』
『へー…ねえ私って体内に魔力が溜まらない体質で、今のこのパサラン鬼火も大気中の魔素から直接魔力を供給してるんだけどさ…』
パサランが光を増しながら、どんどんと大きくなっていく。
『大気中の魔素って…どうすれば枯渇するの…?』
『き、基本的に魔素は我々魔獣や魔力を持つものから溢れて出てくるので、そういった類が世界から絶滅しない限りほぼ無限に………』
『これ…どうやって止めるの………?』
私は目の前で大きくなり続けるパサランを指さしてファントムタイガーたちに助けを求める。
『こ、コントロールできないのに魔力供給べた踏みでやっちゃったぁ!!!』
『お、落ち着いてください!スキルを!スキルを止めれば…!』
『とっくに止めてるんだよぉ!でも魔力に変わった魔素が新しく魔素を吸収して、その連鎖が止まらないんだよぉ!!!』
『こ、こうなったら我々の【ファントムフレイム】をぶつけて…!』
『い、いや、既に我々のどうにかできる域を越えている…!!』
『う、うさぎ殿!お逃げくださいッ!!』
『でもこれ放置するの絶対やばいよね!?』
『ですが今はあなたの命が最優先です!!』
コントロール出来ないスキルを扱ったが故に大惨事となってしまった。
どんどん肥大化していく鬼火から離れるようにファントムタイガー達に連れて行かれる直前だった。
『【キャッスルガーデン】』
『!!』
ファントムタイガーの彼らのスキルでも、当然私のスキルでもない。
巨大になった鬼火はそれよりもさらに巨大なドーム状になった岩石に囲まれ、一気に圧縮されて爆発音と共に砕けたドームの中から元の大きさのパサランになって現れた。
『た、助かった...?』
『流石うさぎ殿...とっさに別のスキルでスキルを相殺したのですね...!』
『いや、今の私じゃない...』
あたりを見渡してスキルの使用者を探すとそこにいたのは。
『危ないところでしたね、小さき獣の王よ。』
小さな亀。いや、小さいと言っても私と同じくらいのサイズ感ではあるのだが、このところファントムタイガーとばかり接してきていたからサイズを測る物差しがバグってしまっているんだ。
『今の、君が助けてくれたの?』
『はい。勝手な自己判断ながら、あのままではこのあたりの生物たちに壊滅的被害が及ぶと思いまして。君主より預かったスキルで対処させていただきました。』
私はゆっくりとその亀の下へ向かう。
うさぎとカメが並んだその様子を巨大な虎が見守る。
しかし先程から二匹は頭を垂れて直視はしようとしていない。
私も先程からこの亀になぜか今まで感じたことのない感覚を覚えている。
胸の奥がざわつくような、目が離せないような。
『...あなたは?』
『私自身は名乗るほどのものではありません。ただの御使いでございます。』
頭を下げて、亀は身を明かす。
『我が君主【城塞の支配者】キャッスルタートル様より、小さき獣の王をお迎えに上がるように仰せつかっております。』
『あなたが、キャッスルタートルの...』
この小さなうさぎの身で言うのもなんだが、先ほどのスキルをこの小さな亀が扱ったのか?
それにしてはスキルを使ったあとの魔素の流れが私のスキルでは感知できない...
『...魔素の行方が気になりますか?』
『あ、えっと...はい。』
『正直なお方ですね。被捕食者でありながら、その素直さは本当に珍しい...まあ、広義で言えば私も食べられる側なのですが。』
亀は続けて話す。亀の知能がどれだけのものなのかは知らないが、少なくとも私とこうしてスキルを介してでも会話が成立しているということは、この亀はかなりの知能があるのだろう。
『我々御使いは全て、キャッスルタートル様の庇護下にあります。君主から御力をお借りし行使する権利をいただき、小さく弱い我が一族を守れています。代償としてマルル大森林の北部、キャッスルタートル様の縄張りを守ることを命じられています。』
『御力をお借りしってことは、キャッスルタートルは他者にスキルを分け与えることが出来るの?』
『左様でございます。我が君のスキルが及ぶ範囲...おおよそマルル大森林の九割ほどであれば、我々御使いはキャッスルタートル様のスキルを限定的に使用可能です。【フォートレスロード】のスキルもほんの一部ではありますが使えますので、先程からあなたが感じている違和感は、私を介して【獣の支配者】と【城塞の支配者】が共鳴しているからかと。』
彼の中に感じる【フォートレスロード】に私の【ビーストロード】が反応している。
分かる。
御使いの彼を介してでも十分に。
スキルが雄弁に語ってくれている。
『...強いね、キャッスルタートル。そりゃ一匹で聖獣な訳だ。』
『あなた様も。とても昨日に聖獣になったとは思えません。君主のスキルが無ければ、私など足元にも及ばないでしょう。』
『...要件は?キャッスルタートルが私のところに御使いさんを来させた理由は何?』
『...伝言と、招待でございます。』
亀はそう言って後ろの二匹を見る。席を外せ、ということだろうか。私的にはこの二匹が居てくれている方が何かと都合がいいのだが、森の守護者の頼みとあっては無下には出来ない。
『二人共、先に縄張りに戻ってて。私は後から二人の匂いを【嗅覚探知】で追いかけるから。』
『し、しかし...』
『うさぎ殿の身にもしもがあっては...』
『ご安心を。君主の下へは私が責任を持ってお連れいたします。』
二匹は迷っているように見えた。
リーダー不在の群れというのは統率が取れずに崩壊していく例が多々ある。
ここは簡易的にでも統率を取らせるべきだ。
『よし。』
私は二匹のうち、メスのほうの手に自分の手を重ねた。
『命令する。私が戻るまで、お前がファントムタイガーを指揮しろ。くれぐれも無理はするな。群れにとっても自分にとっても危険と判断したらすぐに逃げろ。』
私はスキル【統治】を使って一匹に命令を与えた。
【統治】
群れを束ねることが出来るスキル。命令や群れの意思決定権の大部分を担うことが出来る。
『…承知しました。うさぎ殿も、ご自身の身を最優先に考えてくださいませ。』
『ん、ありがと。群れに合流したら私が後から合流することと、トラが死んで私が【ビーストロード】を引き継いだことを知らせてほしい。』
『お任せを。』
ファントムタイガーたちは数回吠えるとすぐに姿が見えなくなるほど駆け抜けていった。
『…それじゃあ、詳しく話して欲しい。伝言と招待、だっけ。伝言はともかく、招待って何のこと?』
『そちらは道中話すとしましょう。まずはあなた様をキャッスルタートル様の元へご案内いたします。』
『道中って…』
ああ、童話のうさぎとカメのうさぎってこういう気持ちだったんだろうな…
どう考えても生物的に動く速度に差があると思うのだが…
『今、乗り物をご用意いたします。』
『…乗り物?』
『【ソイルクラフト】』
スキルが発動されると周囲の土が盛り上がり、瞬く間に巨大なカメの様な形を形成していく。甲羅の頂点が10メートルはあろうかというサイズになった土の乗り物は、私たちを乗せるためか首を下げた。
御使いの亀は足元の土を盛り上げてその首の上に乗ると、土で出来たカメの背中に平らな場所を作った。
『さあどうぞ。あなたやファントムタイガーの皆様程速くはありませんが、籠をご用意しました。』
『は、はい…』
私は恐る恐る、用意された土の籠に乗り込んだ。