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2羽 どう考えたって合理的じゃないけど、知らん!私今うさぎだし!!

快晴、適温、実りの季節。

私が異世界で記憶を取り戻してから2週間が経過した。

さすがに2週間ともなればこの体の動き方にも慣れてきた。今となっては野生動物の全力疾走と元人間の頭脳である程度の獣であれば逃げ切れるくらいにはなって、心に余裕も出来てきた。

元々うさぎという動物の特徴上、音には敏感だったのでそれもあって今では危険に遭遇することの方が少ない。

また、余裕が出来たことによって適度に自分より格下の虫やネズミ、魚といった動物たちからスキルを獲得してきていたので、持っているスキルもかなり増えた。


【飛行 レベル1】【超音波 レベル1】【跳躍強化 レベル2】【遊泳 レベル1】【麻痺毒 レベル1】【神経毒 レベル1】【溶解液 レベル1】【穴掘り レベル1】【雑食 レベル3】【動物言語理解 レベル2】【自己再生 レベル1】【自然擬態 レベル2】【営巣 レベル2】


もはやうさぎというよりは虫のようなスキル構成になってしまったが、中でもこの雑食というスキルがかなり優秀で、このスキルのおかげで人間であった時以上に何を食べても平気になっている。生肉も植物も何を食べても死んだりすることは無くなった。雑食万歳!スキル万歳!

住処であった洞穴も自分の住みやすいように改造を施した。

巣を作るタイプの生き物から営巣のスキルを獲得したことで洞穴の壁に比較的安全な居住スペースを作ることが出来た。並みの獣では上ってこれないくらいの高さに作ることで、洞穴の安全性をさらに上げることに一役買っている。私自身はバッタ型の魔物から手に入れた跳躍強化のスキルで一飛びで巣に戻れるので、安全な住居を手に入れたということだ。

そして2週間で分かったことがいくつかある。

一つはこの世界には普通ゲームやこういった異世界で存在するレベルというものが存在しない。2週間である程度肉体が成長したことから、年齢や成体といった概念はあると思っていいだろう。

もっとも、この世界に転生してから今日まで人間や話の通じる生き物に遭遇していないので確認のしようがないんだけど…

せっかく他種族と意思の疎通が出来る動物言語理解のスキルも、基本的に本能で生きている野生の動物には効果がないんだよなぁ…建設的な会話がしたい。

二つ目にスキル【グリーディキリング】のこと。

奪えるスキルの制限はないみたいだけど、やっぱり生き物を殺した時にしか奪えないみたいだ。「生物の命を奪う」「スキルを欲する」その二つがそろって初めてスキルを獲得できる。

そして奪ったスキルは必ずレベル1で獲得され、既に所持しているスキルの場合は獲得が出来ないのも学んだ。蝙蝠から奪った【飛行】や魚の【遊泳】といった生物の生活に必要不可欠な身体能力もスキルとして獲得できることから、人間や二足歩行の生き物を殺せばそういったスキルも手に入るんだろうけど…ちょっとそれは苦しいよなぁ…精神的に。

そしてスキルは使用回数やスキルに関する理解でレベルが上がる。【雑食】だけレベル3なのは、手当たり次第に食べては動きを繰り返していたからだ。【跳躍強化】や【営巣】はこの洞穴の住処を作るときにかなりこだわって作ったがゆえにこのレベルになった。

しかし【飛行】や【遊泳】のようなそもそも生きる領域が違う生物のスキルは大幅に弱体化されている。


【飛行 レベル1】

空を飛べる。羽がない場合は落下速度に減少効果を与える。

【遊泳 レベル1】

水中を泳げる。ヒレが無い場合は効果が大幅に減少する。


どちらも特定の部位が無いとそもそも効力を最大限発揮しないスキルで、試してみたが飛行は高いところから落ちてもダメージを受けないくらいで、遊泳も溺れない程度にしか泳げなかった。

何はともあれ、生活の基盤を手にしたことで私の生活は一気に安定した。

だが、いつまでも虫やネズミを食べているだけでは、寿命が尽きておしまいなだけの人生、いや兎生になってしまう。

たが、今遠くに行くのは憚られるのだ。

私は住処の壁に付けた経過日数を記録する傷跡を見て、動物の血で赤く印を付けている場所に近づく。

丁度7日前だった。

この洞穴の同居人だった蝙蝠達が蜘蛛の子を散らすように飛び出していった。同族を手に掛けて...最期を看取った私にはただの野ウサギ程度の反応で何も逃げるようなことも無かった蝙蝠達だったが急にだ。

意思の疎通を図ってみたが確認できたのは最後の一匹で偶然うまくいっただけだった。


『バケモノ、コワイ、ナカマ、ニゲロ、バケモノ、コワイ、ナカマ、ニゲロ...』


ひたすらそれを繰り返すだけで、とても意思の疎通とは言えないが、明らかな異常。結局その最後に残った蝙蝠もその日の夜には洞穴を飛び去ってしまった。

もともと居住階が違ったので洞穴が広くなったとかは無いが、それでも数日一緒に過ごした生き物たちがいないのは少しの寂しさを感じる。

…まあ、奴らは夜型だったから夜中にキチキチキューキュー鳴かれるのは勘弁して欲しかったが。それに関しては私も急に天井近い壁に住処を拡張したのでお互い様だろう。

『魔物の認識するバケモノって何のことだろう...ただの捕食者であれば私はあまり怖がることもないんだけど...』

もしこの住処にやってくる事があっても、スキル【自然擬態】がある。


【自然擬態】

自然環境に擬態し対象を欺く。レベルが上がれば相手のスキル効果も一定値まで無効できる。


多少スキルを手に入れたからって雑魚種族は雑魚種族。そりゃあほぼ毎日肉食の魔物に追われますよ。

お陰でしっかりスキルのレベルも上がっておりますから、野生の肉食動物くらいなら大概私を見つけられはしませんとも!

高をくくっているのではない、逃げ隠れに関しては自信がある!

…自分で言ってて情けない気もするけど、命大事にが今の私の最優先事項だから!

そうこうしているうちに、洞穴に陽の光が届かなくなる時間になってきた。

基本的に私は日が落ちた時間にはこの洞穴から出ないように心がけている。

【超音波】のスキルがあるのでぼんやりと障害物は分かるが、夜行性の魔物には肉食のものが多い。

一度ほんの周辺を散策したことがあったが本当にひどい目に遭った。ありとあらゆる肉食魔物に追いかけ回され、住処まで追われるのも嫌なので一晩中逃げ続けた。

擬態の効かない相手もいて、もう夜には出歩かないと心に誓ったのだ。

【営巣】スキルで作った動物の羽や体毛で作ったベッドに横になり、瞳を閉じる。

とりあえず、今日も生き延びることができたがこのまま生き抜くだけでいいのだろうか。

靄の言っていたルールでは、転生者が最後の一人になるまでこのデスゲームは終了しない。

時間が経てば経つほど手のつけられなくなった怪物、靄の言うステキで強欲な怪物が私の命を狙ってくるだろう。

…ちっとも素敵じゃないだろそれ。

現実から目を背けるようにベッドに顔を埋め、眠りの世界に意識を飛ばす。

洞穴の外で大きな物音が聞こえた気がするが、どうせ目の前の森で大型の魔物たちがやり合って木でも倒したんだろう。

木材が手に入るなぁ、洞穴に玄関でも作ろうかなぁ、セキュリティバッチリになっちゃうなぁ、などと考えていると、 


いつの間にか眠ってしまっていたようで、外では鳥のさえずり、朝チュンが聞こえてくる。

早かったなぁ、ほとんど寝落ちじゃん。

ぼんやりと洞穴の入り口に向かう。何だか朝にしては随分と洞穴の中が暗い。天気でも悪いのか?

でも朝チュン聞こえてきたしなぁ。

考えながら外に出ようとしたとき、鼻先が思い切り何かにぶつかった。

『いったああぁぁぁ!!?』

普段は何もない場所に向かって普通に歩いていたので減速もできず思い切りぶつかってしまった。

ひとしきり痛みに悶えたところではっと冷静になる。

『入り口っ!塞がってる!?生き埋め!!?』

なんで!?崩落した!?それとも昨日の大きな物音ってこれ!?

どうしよう、このままじゃ食べられて死ぬんじゃなくて食べられなくて死んじゃう!!!

焦って洞穴の中をわたわたと動いていると、埋まった入り口の上の方に微かに光が見える。

正確な大きさは分からないが、多分私一匹がぎりぎり通れる隙間...

ええい!迷ってる場合じゃない!何で埋まってるか知らないが、飢えて死ぬくらいなら快適な住処を捨てるほうが百倍マシだ!

『【跳躍強化】ァ!!!』

頭に思い浮かべることができれば別にスキルを口に出す必要はないのだが、危機的状況にある自分の状態で冷静にスキルを思い浮かべられる訳がないと考え、発することでそのスキルを確実に発動させる。

強化された跳躍はうさぎとは思えないレベルの飛距離を誇る。

このスキルはここ数日で何度も使ってるから使用感にも慣れている。ピンポイントで光の漏れ出す場所に首を突っ込む。

数時間ぶりの日光に一瞬目がくらむ。体を捩って手足をバタつかせ、全身を出したところで勢いのまま洞穴をふさいでいた物体から転がり落ちる。

『くっそぉ...いったい何なんだよっ!?私の住処を塞いでる...の、は.........』

目を引いたのは全身に生える藤紫色の美しい毛並み。荒い呼吸でその体がゆっくりと上下している。エメラルドグリーンの一本角が輝くその獣は明らかな生物的強者。

『な、何この生き物...!』

前の世界の生き物基準で見るなら、ネコ科の大型、トラのような生き物だが、体毛の色といい角といい、各部が私の知っているトラとは異なっているし、何より大きい。大型トラックの大きさは優に超えているであろう。

…って、冷静に観察している場合ではない!

経験上、こういう大型の獣は【自然擬態】が効きにくい。まして目の前のこのトラはどう考えてもファンタジーな力を持っている。魔力ゼロの私にとって魔法なんか使われようものなら、ただ雑食で虫のスキルを使えるだけのうさぎなんて秒で殺される。

すぐさまこの場から逃げるべきだった。

…逃げるべきなのに。

『…ねえ、怪我してんの?』

あーもう馬鹿野郎!私の馬鹿野郎!!

声めっちゃ震えてるじゃん、怖いなら逃げればいいじゃん!なのに何で、この獣の怪我とか、かなり危ない出血量だとかが目に入っちゃうかなぁ!?

『………驚いたな。喋るうさぎか。』

声ひっく!!そんでイケボ!!!そんなイケボで脳内に直接話かけないで!いろいろと危なくなってしまう!!全年齢対象じゃ無くなっちゃう!!

いや、そうじゃなくて…

『私の言葉、分かるの?』

会話が成立する…?ということはこのトラ、それなりに知能がある?ネコ科の動物は賢いっていうけど、会話が出来るのは聞いたことがない。

『…奇妙なうさぎだ。私が今まで食べてきたネザーランドウサギに喋るやつはいなかった。』

『喋っては無いけどね。あなたの言葉をスキルを使って理解して、私の言葉を送ってるだけ。』

『全く…死ぬ間際でこんな珍妙なうさぎに出会うとはな。』

『やっぱり…その出血量、普通じゃないよ。』

辺りはこのトラの血でまみれていた。その巨体を引きずってここに来たのか道中の木々がいくつもなぎ倒されている。

『…ここから離れた方が良いぞ、うさぎ。そのうち私の同族たちが私の死を確認しに来る。今の私ではお前は食えんが、同族はお前のことを餌としか思わんだろう。』

『それは…困るな…』

『…分かったらさっさと行け。』

そう言ってトラは瞳を閉じた。まだ息はしているが、これは死を受け入れたということなのだろうか?

…今この状況で私がこのトラを殺せば、持っているスキルを奪える。どう考えても圧倒的強者。虫やネズミなんかとは比較にならないほど良いスキルが獲得できるだろう。

だが…

『おい、トラ。まだ口は動くね?』

『…?』

私は辺りから回復効果のある薬草をかき集めてトラの口の前に置く。

『食え!そんなところで死んでもらったら困る。』

『…何を、している?』

『アンタのそのデカい図体の後ろに私の住処があるの!』

『…私が死ねばその肉をやがて鳥やお前たちのような小動物が食らい…』

『それまで宿なしですごせっての!?絶対イヤ!!それにアンタの同族がアンタにとどめを刺しに来た時中途半端に生きてたらここら一体めちゃくちゃになるでしょうが。だったらある程度回復してここを離れて。』

トラはこちらを少し見て、苦しそうに首を伸ばして薬草をかじる。体格的に圧倒的に足りていない量だが、無いよりはましだろう。

『…傷の具合はどの程度なの?』

『…少しすれば歩ける程度には回復する。最も、適切にエネルギーを補充出来て、外敵に襲われなければだが…』

『おっけ、エネルギーね!』

私は今度は川へと向かう。跳躍強化を水平方向に指定して発動することで通常の全力疾走よりも早く駆け抜けることが出来る。

ここの川には大きめの止水域があり、そこには大小さまざまな魚がやってくる。

普段は必要に応じて一匹二匹を【遊泳】と【神経毒】を使って捕獲しているが、今回ばかりは量が必要だ。

最大火力の超音波をぶつけて、一気に気絶させる!

『出力最大【超音波】ァァァ!!!』


【超音波 レベル2】を獲得


水中に口をつけてスキルの超音波を発動する。有効範囲はこの止水域の一割ほどが限界でそこより外の魚は水面を揺らすほどの超音波に驚いて逃げてしまった。

しかし、ざっと確認できただけでも十数匹は気絶して浮いてきた。

私は【遊泳】でその魚を回収し、手近な木の枝に突き刺し、背負って再びトラの元へ戻る。

トラの口の前に魚を置き、トラの倒した木に食らいつく。

『…何をしている。うさぎは木など食べないだろう。』

『伸びすぎた前歯を削るのにたまに嚙むよ!良いからさっさとその魚食べて!ネズミに盗られる前に!』

通常であればこのサイズの木はうさぎの力では持ち上げられない。だが【営巣】は対象が巣材として適切な場合、レベルに応じて高い自由度で扱うことが出来る。

細かな建築のようなことは出来ないけど、このトラの周りを囲む位ならできる!

私は【営巣】でぎりぎり運べる大きさ、ぎりぎり積み上げられる形に木材を噛み砕き、加工してトラの周りを私の巣ごと囲む。

間に合うかどうかはギリギリだ。夜になれば、弱っているこのトラ位の相手なら襲ってくる魔物も増える。このトラのサイズを他の動物が手出しできないレベルまで囲むとなると、相当の木材が必要になるだろう。

だが、かなりの距離をフラつきながら歩いてきたのだろう。血まみれではあるが辺りはたくさんの木々がなぎ倒されている。

切り倒す手間が省けるので、ぶっ通しで動き続ければ日暮れには間に合う。

正直どうしてここまでやっているのか分からない。

人間だった時の理性が残っている?そりゃ残ってはいるだろうが、命の危機を感じてまで動物を助けはしない。

元気になったら食われてしまうだろうし、この弱ってる間に【神経毒】で殺してスキルを奪うほうが理にかなってる。

でも、人間ってのはいつでも合理的決断が出来るわけじゃないし、合理的決断が正しいとも限らない。

どう考えたって合理的じゃないけど、知らん!私今うさぎだし!!


洞穴の前は木々が捌けて、夜空がよく見えるようになった。思えばあまり空を見上げることは無かったなぁ。

『ハァ...ハァ......』

私は息を荒げ、仰向けに横たわる。

結局起きてからずっと動き続けていた。だが、どうにか間に合った。

巣というよりはバリケードだが、それでも魔物が簡単には超えてこられないようにはなっているはずだ。

『すまない...礼を言うぞ、うさぎ。』

『うる...さいなぁ。アンタの為じゃない...ほら、あれだ...住処に玄関が欲しいと思ってたところだったんだよ...』

『そうか...では、素晴らしい玄関だな。』

『ボケにボケで返すなぁ...突っ込む体力も残ってないっての...』

柵に囲まれた夜空の下、二匹の獣のやりとりだけが響く。

被捕食者のビビッドピンクと手負いの藤紫色。

これが私達の出会いだった。



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