20羽 負けイベ
この世界に来て命の危機は何度か経験してきた。
転生して初めて出会った肉食の魔獣や聖獣の試練の最中でだって何度も死ぬような思いをしてきた。
「ふゥん…見たところ、こっちのツィヤックを瀕死に追い込んだ方は転生者じゃないのかァ…本命は…うさぎとお姫様、であってるよね?」
この場所には三体の聖獣とその娘、そして転生者である王国の姫がいる。
雑に見込んでも大陸屈指の実力者が集まったこの大穴で、たった一人でそれらを凌駕する圧倒的存在感。
『うさぎ…他の奴らを連れて全力で逃げろ…!!』
スキルを介してドラの声が聞こえてくる。私のスキルを介しての会話なので向こうには聞こえていないはずだった。
「おいおい、いけずな龍だなァ?せっかくこうして無事に生きてる生徒たちと合流できたんだァ。再開を喜ぶ暇くらい与えてくれよ。聖獣、なんだろ?」
『チッ…!うさぎ、鈍いお前でも分かるだろうが…』
『うん…今のこいつには、私たちが束になっても勝てない…』
「安心してよ。今日の僕は君たちに危害を加えるつもりはない。こうして大森林までやってきたのもツィヤックの生命反応が一瞬にして大幅に削れたからさ。」
彼は横たわるツィヤックの肩を足先で数度小突く。
『…だったら、早い所立ち去ってもらえる?会長様がいらしたのに何のもてなしの準備も出来てないからさ…また準備が整ったらご招待するからさ。』
「んー、それも何かもったいないなって。ほら、わざわざ外出したんだし、何かお土産くらいほしいなって考えてさ。」
私と話していた目線がふとドラの方向を向いた。
この行動は本当に反射だった。
特にどう動こうとかそういったことを一切考える暇などなく、ただ体の動く通りに行動していた。
カワサキが動いたような素振りは見えない。周囲に何か攻撃系の魔法が発動したような痕跡も見えない。
ただ、私が彼とドラの間に割って入って全力の防御をしていなければ、間違いなくドラは死んでいたという事実が私へのダメージをもって証明された。
「お母様ぁぁぁッ!!!」
『うさぎッ!!?クソッ!!何が起きた!!?』
魔法でも武器でもない、おそらくスキル…
前方に展開した無数の防御系スキルを越えて来た、透明な無数の槍が私の体を貫く。
『大丈夫…!!見た目ほど重症じゃない…キュア、ドラ…二人を連れて逃げて…!!!』
「何言ってんのアンタ!!気づいてんでしょ!?そいつのスキル尋常じゃない…!!軽くアンタの倍以上は………」
『だから!脅威だからこそ、ルカに逃げ延びてほしい!!あなたなら伝えられる、あなたのスキルなら危険を伝えることが出来る!!!』
「うさぎ…」
【切断】を使用して体に刺さった透明な槍を切り離す。が、どういう理屈か体内に残った槍が空中に固定されたように私の体に残り続けている…
『ふぅ………【混沌の血流】』
【混沌の血流】
脈動する自身の血液に触れているあらゆる事象を任意に書き変える
「…ほォ!?事象の書き換え、それもかなり高位のものだね…!」
『今…ドラを殺そうとしたでしょ…なんのつもり?』
風邪ひいた時にウイルス殺す位にしか役立たないスキルだと思ってたけど、こういう使い方も出来るのか…
脈動する血液限定ってところが既に体内に何かぶち込まれた後っていうクソシチュエーションだけど。
「何のつもりって…単純なことさ。その龍のスキルが使える、欲しいと思った。だから殺して自分のものにしようとした。転生者なんだ。当然の感覚だと思うけどォ?」
『あっそ…もういいよ。』
【筋力超強化】【反射速度超向上】【全熱耐性向上】【衝撃緩和】【メガキュアラル】【飛行】【硬質化】
『正直聞きたい事アホみたいにあるけど…今は森の聖獣として警告する。』
【獣の支配者】【獣の覇気】
『森から立ち去れ…!!!』
「ふふふっ…君も転生者なら、実力行使でやりなよォ!?」
『端からそのつもりだよ会長ッ!!!』
【跳躍超強化】と【筋力超強化】の身体能力の強化に加えて【反射速度超向上】で自分の反応速度を底上げする。
その初速は聖獣インフェルノドラゴンに匹敵する。
『【贋作の加速】!!!』
【硬質化】による強化もあり大砲を軽く凌駕する威力になった肉体による突進技。単純だが回避不能の速度ならこれが一番手っ取り早い。
だがしかし、瞬きの間にカワサキ目掛けて速度を上げた私の体はカワサキにほんの少し届かずに静止する。
「すさまじい威力だなァ…!当たっていればさすがの僕でも骨の何本かは持っていかれてたかもしれない…」
『くっ…!!【ファントムフレイム】!!!』
両耳の鬼火に最大出力で魔素を充填させ放つ。使用中は私も【メガキュアラル】を使えないのでこの威力に乗じて一度撤退、体勢を立て直し再度スキルの使用。
『【獣の鉤爪】!!!』
一撃の威力こそファントムタイガーに劣るがその体の小回りを生かして波状攻撃を仕掛ける。【万能毒】も混ぜているのでかすりでもすれば相手に治癒系のスキルが無ければ致命傷になるはずだが…油断はしない。
『【ファントムインパクト】!!!』
奴の周囲で燃やし続けていた鬼火の炎を爆裂させて私を巻き込みながらの追撃を狙う。ちらと視界に入ったキュアたちは先ほどの【ファントムフレイム】の拍子に離脱していたようだ。
だからこそ、私も巻き込まれるほどの威力で発動できた。
ドラが作ったこのクレーターの中なら最大出力で発動しても周辺被害は最小限に抑えられる。
「…本当にすごいスキルだ…何度も言うが、僕でなければ今の全てを耐えきることは出来ないよ…!!」
『耐えてくれなんて一言も言ってないんだけどなぁ…!!』
全くの無傷。
威力を手加減したつもりもない、本気で、聖獣の私の全てを使って殺す気でスキルを使った。
それでも届かない。
まずいな…これじゃさながらゲームの負けイベ…
ただあっちはどうにかできる展開が待ってるもんだけど、今の私にそれは期待できない…
「本当にすごい…これは本心だ。ネザーランドウサギなどという塵も同然の雑魚種族から【グリーディキリング】があるとはいえよくぞここまで、と言ったところだよ。」
『うさぎだってやれば出来るんだよ…あんたらみたいにいきなりチートスキルが無くたって、工夫でどうとでもやってやるさ。』
「ふふっ、勘違いしないでくれ。【グリーディキリング】は十分チートスキルさ。その有用性に甘んじるだけでも人を殺せば殺した分だけ強くなる…僕はほんの少し、昔から努力と根回しが得意でね…」
彼の掌が私に向けられる。
素人が見ても分かる何かが仕掛けられる前兆。
全ての防御系スキルを総動員で発動して備える。
「素晴らしいものを見せてくれた一般生徒に、会長自ら分かりやすく手ほどきをしてあげよう………【空間掌握】」
前方に構えた無数の防御魔法とスキル。
それら全てをまるで無視するかのように、再び私の体が貫かれる。
今度はご丁寧に両手両足、そして両の耳を拘束までしているのに全く何も見えない…!!
「あんまり僕はこのスキルは使わないんだけどねェ…使うと大体死んじゃうから。便利ではあるんだけど、せっかくの異世界だしエンジョイしなきゃなってさァ。」
『…皆の憧れの生徒会長様が…まさか実際はこんなサイコ野郎だったなんてね…!!』
「人聞き悪いなァ?僕は今でも皆の憧れさ。皆の憧れる強い存在って意味で。」
先ほどとは違い【ケイオスブラッド】で体に刺さった透明な槍の効果を上書き出来ない…
より強力な効果をスキルに付与させてきたのか…
まずいな…パサランごと耳を塞がれていて【メガキュアラル】で体の出血を抑え続けることしかできない。
抜け出すことも反撃に転じることも封じられてしまった。
「より強力なスキルを求めて、より強さを求めて、最後の一人になるまで生き続ける。それにどんな意味があるのか知ったこっちゃないけど、少なくとも僕が愉快で爽快で気分がいい。理由としては十分過ぎると思わない?」
『クズ会長…!』
奴の手が私の額に触れる。先ほどからどうやっているのかわからないが、防御系スキルを貫通してくるこいつの攻撃に為す術もなくやられている。
まだだ、まだ諦めるな…!
心臓の止まる瞬間まで、心臓が止まっても脳が動いている限りは次の策を考え続けろ…!!
私が今死ねばヘビ子はどうなる?ルカは?帝国にこんなバケモノがいる以上王国も安全ではない。
何としてでも、最悪刺し違えてでもこの悪魔をどうにかしなければ。
「君のスキルを貰った後で、さっきの聖獣たちのスキルもいただこう。帝国はただ生まれたってだけの場所で何の思い入れも無いけど、帝国の行動範囲が広がれば僕も楽に強くなれるからね。」
考えろ…!!
思考を止めるな…!!!
考え続けろ…!!!
「それじゃあ、君のこの世界での転生デスゲームはここでゲームオーバーって事で。」
カワサキシュンがスキルを発動しようとした瞬間。
彼の背後の海面から巨大な水しぶきが上がる。天高く登る跳水は海洋の魔獣たちもろとも空中に散っていく。
「うさぎっ!!!」
上空から聞こえてきたのはルカの声。
どうにか視線だけ向けるとそこにはキュアの背中に載るルカの姿があった。
『ルカ…!?逃げろって言ったじゃん…!!』
「馬鹿言わないで!!そんなチート野郎相手に友達ほったらかして逃げられるわけないでしょ!!!」
「素晴らしい友情ごっこだけど、君たちの中で多分一番強いであろうこの愛玩動物は今から僕が殺す。その後君たちにどうにかできるのかなァ?」
「…そうだね。悔しいけどうさぎの倍以上のスキルを持ってるアンタに今の私じゃ勝ち目がない…」
『…非常に情けない話だが、私やドラでも、かの帝国のニンゲンには勝てぬであろう。』
「だから、連れてきたんだよ…!!!」
途端に私の周囲に何か層の様な、膜の様なものが発生する。
その発生と同時に透明な槍の感覚がまるで霧のように消えていく。
『【無限魔力供給】私のスキルを王国の姫に使い、彼女のスキルを最大化させた。』
「目には目を、歯には歯を、チートにはチートをぶつけてやる…!!!」
「…!!!」
奴の背後で跳水する水しぶきが晴れ、その原因が姿を現す。
さながら島そのものが動き出したかのような巨体。圧倒的存在感と実力。
聖獣最強、そして私の知る限り、生物最強
「………お目にかかれて光栄だよ【城塞の支配者】」
『これはご丁寧な侵略者だことで。ワタクシはキャッスルタートル。最近では、ターおば様、などと呼ばれています。』
彼の意識が完全にタートルに向かっている。それでも不意を衝くことは出来ないだろう。
それだけの力量差が今のカワサキと私の間にはある。
この膜はおそらくタートルが付与してくれたもの。この隙に【メガキュアラル】全開で回復に努める。
「ターおば様ァ?そんな親戚じみた呼び名なのか。少なくとも僕の国では絶望とか破滅だとかって言い表されてるけど?」
『それはショックですね。ワタクシとて一生物、それなりに呼ばれ方も気にするのですから。』
「だったら僕が殺してやる。僕に負けて殺されれば、無敗の不落城の異名も消えてカメ呼ばわりされるだろうさ!!」
『そうですか、それは親切にどうも…ですが残念です。帝国のニンゲン、あなたに勝ち目はありません。』
「随分な自信だねェ?あとで後悔しても知らないよォ?」
『後悔などいたしません。ただ普通にあなたにお帰り頂こうと思っているだけですから。ただ…』
トラ以外で私が初めて出会った聖獣。
キャッスルタートル。他の聖獣たちはもちろん、私も一度も手合わせで勝利したことは無い。
太古の昔からこの森を聖獣として守護する存在。
『殺してしまったら申し訳ありません。』
地面から隆起した岩がカワサキを上空へと飛ばす。
しかしどういう理屈かおそらくスキルで空中に留まる彼に、タートルはこれまたどういう理屈か浮遊する大岩を立て続けにぶつける。
「...どういうからくりだァ?僕のスキルで貫けない...」
『あなたもよくご存じのスキルですよ。ワタクシのスキルはそこで伸びているお仲間のスキルの延長ですから。』
目に見えない何かがカワサキを中心にタートルに放たれ、タートルに衝突するほんの一瞬前に何かにかき消され消滅させられている。
「…そういうことか…まああの愛玩動物が限定的とはいえ理を書き変えるスキルを持っているんだ、お前が持っていないはずがないよなァ。」
タートルの浮遊させた岩石を用いた攻撃もカワサキに当たる前に砕け散っている。
互いの攻撃を互いに打ち消しあうにらみ合いが続いていた。
『さすがはうさぎの同郷。非常に強力なスキルですね。察するに、自信の認識範囲の空気に新たな理を与え攻防一体の武器とする、そういった類でしょう。』
「…その通り。君ら聖獣達のスキルのはるか先にあるスキル【酸素の支配者】選ばれた僕だけに扱える英雄のスキルさ。」
『はるか先、ですか………』
タートルの攻撃が止まり、それに合わせてカワサキも次の行動に備えているのか攻撃を中断しタートルをじっと睨みつけている。
『誰が、誰のはるか先なのですか?青二才。先ほどからワタクシに対してかすり傷の一つも与えられていないようですが?』
「それはお前がこんな子供だましみたいな攻撃しかしてこないからだろう?大体僕だって君に傷1つ付けられて…………」
喋っていた途中のカワサキが急速に何かに引っ張られるようにして地面にたたきつけられる。
まるでその場だけ重力が何十倍にもなったかのような目に見えない圧力が彼にのしかかり続け、彼を取り巻く透明な壁ごと圧し潰す。
『【完全無欠】ワタクシの持つ【フォートレスロード】としてのスキルの一つです。相手の攻撃に自分の理を干渉させその攻撃そのものを自分にとって無力なものへと変換させます。』
「…理を書き変えるスキルだろ?そんなもの僕もあのうさぎも持ってる…!!より強い理に上書きされるはずのそのスキルで、なんで僕のスキルを打ち破れる…!?」
『あなたがワタクシより劣っているという確固たる証拠でしょう?』
空気が重くのしかかる。
本当にタートルが味方で良かったと心の底から思った瞬間だ。
今この場を完全に掌握しているのはタートルだ。トラの時も思ったが、勝負の場所はより強い生き物が主導権を握る。
しかしこれはもう主導権とかいう可愛い部類じゃない。
次元を超えた強さによる支配、制圧。
この世界において圧倒的強者であるカワサキをまるで弄ぶかのように蹂躙するその姿。
これが聖獣最強。これが不落の無敵城。これが【城塞の支配者】キャッスルタートル本来の強さ。
私や他の聖獣たちと手合わせしているときは全く本気を出していなかったのだ。
その実力の半分も出さずに軽く私たちを超えていた。
「…チッ!!分が悪い…お前を相手にしながら他の聖獣の動きも多少は警戒しなきゃいけない状況っていうのが悪いな…ここは、撤退を優先しよう。」
カワサキはそういうと瞬く間に瀕死のツィヤックのそばに移動すると転移系のスキルを発動し始めた。
その一見無防備に思える状態で、タートルは一切の攻撃をしなかった。
「本当に気に食わない…!!こうしてみすみす僕を逃がしてくれるなんてねェ…!!?」
『深追いした隙をついてワタクシの友人を襲うつもりでしょう。一緒に転移してしまえばワタクシの妨害なくスキルを奪えるでしょうから。』
「全てお見通し、さながら君の手の平…いや、甲羅の上と言ったところか。まあいい。君に勝つには僕はもう少し努力を重ねなきゃいけないらしい。次はせいぜい、君に邪魔されないように他の連中を殺してやるさ。」
カワサキの目線が私に向かう。
【メガキュアラル】での回復は済んだが消耗が激しく、地面に倒れこんだまま奴を見上げる。
「また会いに来るよ、僕の生徒たち。それまでに出来ればもっとたくさんスキルを集めておいてほしいかな。」
そう言い残して彼とツィヤックの気配は完全に消えた。
『はぁ…はぁ…』
『…無事ですか、うさぎ。』
『何とかね………死にかけたけど…』
私にとって2回目の敵対意識のある転生者との遭遇。
それは何とも情けない、最強の味方が来たことによる相手の戦意の喪失というふがいない結果で幕を下ろしたのだった。
12月5日
本業多忙につき一時休載




